[第17話]~帰還
 巡屋さんのあの件からだいぶ月は過ぎ、もうすぐ春になろうとしていた。
庭には、早咲きの小さな花がぽつんと咲いている。

 あれから巡屋さんがどうなったのか、私は知らない。
連は知っているだろうが、私が聞きたくない。

 長い冬の間に、少し色々な事があった。
まず、霧岐屋さんが前のものとはまた別の、縁談がまとまったそうだ。

 そして、めい子さんとかいとさんが祝言をあげた。
二人で小さな小間物でも、商っていくそうだ。

 めい子さんが鏡屋から居なくなって、連には少し元気がない。

 連の部屋で、霧岐屋さんから頂いた大福餅を、二人で食べながら
不意に連が訊く。

 「りんは、何処へも行ったりしないかい?」

 ふわりと風が通り抜ける。
私は、一寸言葉に戸惑ってから
 「行かないよ。」
と、笑って言った。

 それを見て、連は悲しそうに笑った。

 「もうすぐ春だ。」
庭に目をやった、連が、遠くを見て言った。

 「桜が咲いたら、花見に行こうか。」
静かにそう私に、投げかける。

 「夏になったら、花火を見に行こう。」

 私が言葉を選んでいる間に、どんどん連が言葉を続ける。

 「秋になったら、紅葉を見に行こう。」
 「うん、行こう。」

 戸惑った末、ありふれた言葉しか言えなかった。
 「めい子さんたちと、霧岐屋さんも呼んで。」

 そんな私を見て、連は初めて会った時のように、無邪気に笑った。

 
 ずっとここに居られるのだと思っていた。
私の居場所は此処なのだと。


 夜になると、空には雲がかかり、雨が降り始めていた。
その夜は、何故だか簪を握ったまま不思議な程、ぐっすりと眠った。




    *    *    *    *    *    *    *    * 

 目が覚めると、私は見知らぬところに居た。
白い壁に、白い天井。
横の神棚など無くて、床には畳も敷かれていない。

 甲高い機械音が、耳に煩い。

 一寸、首を動かし辺りを見ると、視界に一人の人影が入った。

 「連……?」

 その人は、こちらを向いたと思うと、涙を流しながら私の頬に手をあてた。

 「リン、分かる?お母さんよ!」

 おか……さ…ん…?

 それにしても、此処は何処だろう?
嗚呼、早く起きないと鏡屋が開店する。
きっと、連は私を捜している筈だ。

 ……違う……。
此処は、鏡屋ではない。
辺りを見回してもそれは、機械ばかり。

 「連、連?」

 どうしたの、とお母さんは訊いてくるけれど、今はそれどころでない。

 「連、何処に居るの?」

 様子がおかしいのを見て、お母さんは私の枕元にあった、小さな機械を押した。

 「連!!私は此処に居るよ!!!!」

 無理やり体を起して、部屋から私は出ようとする。
けれどもそれは、駆け付けた看護師によって阻まれた。


 ここはもう江戸の世ではない。

 戻ってきた…。

 
 戻ってきてしまった…。


 
 「連!!!!」




 私はその場に座り込んで、初めて、大声をあげて泣いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

緋色花簪

帰ってきてしまいました。

予定ではあと、3話で終わります。
長かったですねえwww

閲覧数:143

投稿日:2012/04/28 09:38:24

文字数:1,296文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • しるる

    しるる

    ご意見・ご感想

    もどってきた!

    え…あれか…
    もうリンはいらない…(口を噤む


    めーちゃんは幸せになれたかな?w

    2012/05/01 14:48:12

    • イズミ草

      イズミ草

      もどってきました!!

      いやいや、今からが、今からの方が
      りんが連にとっては、必要だったんですがねえ…。

      めい子は、幸せいっぱいでしょうね!!

      末永くお幸せに!!

      2012/05/02 18:32:07

  • 将君@とっち

    将君@とっち

    ご意見・ご感想

    すげえタイミングでタイムスリップするなw

    2012/04/30 03:52:10

    • イズミ草

      イズミ草

      そこは指摘しないでおくれ…。

      自分も誰も知らない間に戻らせたかったんだよ…。

      2012/04/30 08:07:32

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