あの出来事から二月経ちこの街にも短い春がやってこようとしていた。
けれど今年も花が咲くのが遅い。
ふと頭をよぎるのはあの後姉さんから聞いたこの街に伝わるというおとぎ話だ。

『雪深い山の奥、普通の人間では絶対に辿り着けないそんな場所に氷の女王の住まう城はあるそうなの。
彼女は数え切れない程の雪の精霊を従え栄華を極めた偉大な冬の長。
その身を切るような冷たく美しい歌声が新たな雪を…冬を呼ぶのよ。』

『冬を…呼ぶ?』

『そうよ。彼女たち四人の長の歌声がそれぞれの配下の精霊を使役し季節が移り変わっていくの』

『…それ本当の話なの?リンのやつあの子が氷の女王だなんてさ』

『ふふ、どうかしらね?私にも分からないわ。ねぇ、レン。あなたはどう思う?』

『僕は──』

ヒュゥゥゥー…

「え?」

回想に沈んでいた僕を引き戻すように一瞬吹いた身も凍るような冷たい風。
こんな風が今の季節に吹くのはおかしすぎる。

「何だ…?」

辺りを見回すが特に変化はない。
気のせいだったのかと目を伏せたその時吹雪を纏った風に包まれる。

「どうしてこんな…」

ほんの一瞬、目を閉じただけだ。
そんな少しの間で人も物も街の全てが氷づけになってしまった。
その中で僕だけが無事…その事実に震えが走る。

『…を……して…』

「…っ!」

微かな声音に振り返る前に後ろから伸びてきた腕に抱きしめられる。

その白く冷たい指先が喉元を滑り言葉を封じるように唇に触れ

「…やっと見つけたわ。ねぇ?私の王子様」

冷たい情熱…相反する物を秘めたその美しい声音はいつか聞いたことがある。
そう、あの雪の日僕を助けた少女…。

『ねぇ、レンを助けてくれたその人って氷の女王だったりして』

ずっと心の隅に引っかかっていたリンの言葉が、姉さんから聞いた話が蘇る。
あれはおとぎ話そのはずなのに…。

「君が本当に氷の女王なのか…?」

問いに答えず小さく笑うと僕の耳元に唇を寄せ

「あなたと出逢ったあの日のこと忘れた事なんて無かったわ。だから私迎えにきたの」

愛しい…焦がれてたまらない。
そう告げる彼女の腕から逃れ首を振る。
応えるわけにはいかない。
街をこんなふうにしたのが彼女ならなおさら。
僕の否定に気づいたのか緩く首を傾げる彼女が伸ばした指先から距離をとろうと後ずさったとき

「レンっ!」

「姉さん!」

桃色の髪を揺らし駆けてきた姉さんに庇われた僕は女王が軽く目を見開き次いで不愉快そうに眉を顰めたのを見てしまった。
ゆっくりと上がった腕が姉さんを指し示すように向けられる。

「…っ!」

「姉さん!?」

足元から徐々に凍り付いていく姉さんに驚きその手に触れると

「…駄目よ。いいから私の後ろに居なさい」

「でも!」

やりとりを見ていた女王がゆっくりと歩き出し再び僕の背に腕を絡める。

「その女(ヒト)が大事?私よりも…」

女王の瞳に暗い色が宿る。
「彼女がいなくなれば私を選んでくれる?」

「…なっ!?」

「大切なものが無くなる前に…ねぇ、王子様──選んで」

「僕は…」

「…駄目よ!レンを…離しなさい…」

腰の辺りまで凍り付きながら僕の心配をして護ろうとしてくれる姉さんをもう見ていられなくなった。
本当に僕が彼女のモノになれば姉さんは助かる…?

「レンっ!」

ああ、やっぱり聡い。
僕の考えていることが分かるんだ。
そういうところが憧れで大好きだった一人ぼっちの僕の姉代わりになってくれた人。
僕は…。
浮かぶのは自嘲の笑み。女王を自分から抱き寄せ、その耳元でささやくのはきっと彼女が望む言葉。
「キミを、選ぶよ」

「本当?」

「…ああ、本当だよ。君が望むなら何だって受け入れる。この身が凍り付いたって構いはしない」

「私もよ。愛しているの。あなたが手に入るならこの身が溶けても構いはしないわ」

姉さんが僕を呼ぶ声も女王が起こす吹雪にかき消されていく。
きっともう会えない憧れの人。
もう少しだけ声を聞いていたかったのに。

「こんな無理強いしたって人の心は手に入らない…」

思わずこぼれた言葉に返るのは微笑。

「愛なんて…「無いとしても構わないわ。だってもうあなたは私のモノだもの」

「君は…」

続けようとした言葉は彼女の僕だけを求める強い瞳に行き場を失ってしまう。
囚われた。
逃げ場はない。
心だけは渡す気はないけれど僕はもう彼女のモノ。
胸に去来するのは諦め。
彼女の冷たい体温を感じながら僕はそっと目を閉じた…。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【小説】氷の女王【第一幕】2

氷の女王・第一幕の2話です

イラストは流さんに書いていただきました!
…素敵絵過ぎる!

閲覧数:525

投稿日:2011/01/01 18:47:08

文字数:1,887文字

カテゴリ:小説

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