毎年のことながら年末寒波が日本列島を覆っている。ショッピングモールの屋上駐車場から見える街並みには薄っすらと雪が降り積もっており、まるで粉砂糖をまぶしたようだと考えたのは空腹のせいだろうか。
大晦日の日の入りが近付いた頃。やっと大学が冬期休暇に入り、バイトも納めたがくぽとルカは、最近話題の映画を観に郊外の大規模商業施設へと足を運んでいた。飲み物と某やめられない止まらないスナックの味をしたポップコーンを抱え意気揚々と第3スクリーンへと消えていった彼らは、2時間後にズビズビのべしょべしょに泣き腫らした姿で無事発見された。
一度顔を洗いにそれぞれがお手洗いに入った後、気を取り直して晩ご飯を考えようとしたが、双方まだ頭が回りきっておらず面倒になり、結局大晦日だし蕎麦で良いじゃんということで少し混雑したうどん屋に入店した。お出汁のいい匂いが漂い、映画館でポップコーンを食べたばかりであるにも関わらず腹の虫がぐぅと鳴いたので二人は苦笑いすることとなった。
「にしんそば定食をひとつ」
「わたしは天ぷらそば定食で」
暫く待つとホカホカと湯気を立てた蕎麦が運ばれてきた。ニシンが独特の香ばしさを放ち、海老の天ぷらがじゅわりと汁を吸っている。一口啜れば蕎麦の香りが鼻に抜けていき、年末であることをなんとなく実感させた。なおこの店の定食には五目ご飯がついているため、炭水化物on炭水化物という正真正銘の犯罪セットである。しかしバイト終わりで元から空腹だった上に泣きつかれていた二人は、黙々と蕎麦をすすり、米を食べ、漬物を齧った。あと今は喋ると映画の感想(ネタバレ)しか出てこなさそうだったこともある。そうして結構なボリュームがあったはずの食事をぺろりと平らげ、外に列ができた店を早々に立ち去った。
時刻は午後8時。まだ少し時間に余裕があったので、モールの中を少し散策することにした。普段の生活圏からは少し離れていて滅多に来ない場所だ。面白いお店があるといいね、ときょろきょろ左右を見まわそうとしたルカは、いて、と声をあげた。
「大丈夫か?」
「最近髪が長くなってきたから、リュックの金具に絡まってこう、プチっと……」
「地味に痛い奴だ」
切ろうとは思わないのかとがくぽが問いかけると、がっくんの長さと同じくらいにしたいと返事が返ってきた。そしたらお揃いの髪形に一度してみたいと追撃を受け、健全な大学生男子は耳を真っ赤にして撃沈した。俺の彼女がこんなにも可愛い。
がくぽは照れを胡麻化すために近くの雑貨屋に入店した。可愛らしい猫模様をあしらった調理器具や、流行りの漫画をモチーフにしたハンカチなどが所狭しと並んでいる。好きなシリーズの雑貨を見つけたらしいルカを放牧してアクセサリー売り場へ向かう。会計を済ませると、いつの間にか店の外に出ていた彼女が何を買ったのか聞いてきた。簡易包装をしてもらっていたのでそのまま渡すと、へ?という間抜けな声が返ってきた。
「ぷれぜんとふぉーゆー」
「あっそういうことか! 開けてもいい?」
「いいよ」
シールを丁寧に外して袋を開けると、紫色のシュシュが入っていた。そこそこ上品な色合いで普段使いもできそうなデザインのものが選ばれている。彼の妹が鬼教官となって叩き込んだセンスが無事活かされた瞬間だった。贈った本人は大丈夫かどうか不安でいっぱいだったが。
「がっくん」
「……はい」
「ありがとう」
花が綻ぶような笑顔でそう言ったルカは、控えめに言って世界一可愛かったと思う。後に彼女の兄にそう告げると、うちの妹なんだから当たり前だろ何言ってんだこいつ、と返答された。とにかく今はどういたしましてを絞り出すことでもう精いっぱいだった。
途中から少し雪が小降りになっていたらしく、道路が凍ることなく家に帰ることができた。グミはルカの家で年を越すらしい。スマホにルカの弟妹たちと一緒に某ぶっ飛ばし合いゲームで盛り上がっている動画が送られてきた。楽しそうで何より。
こたつでアイスと蜜柑を食べつつ年末特番を見る。実家のような安心感。いやここが俺の実家なんだが。と脳内でひとり漫才をしているがくぽ。向かいのルカはテレビを見てぷるぷる震えていた。笑いすぎで喉が死にかけている。そう判断した彼は、急須に茶葉を突っ込むと、少し温度を低めに設定したポットからお湯を注ぎ、湯呑を二つ用意した。猫舌な彼女のために氷を片方に入れて、こたつに戻った。案の定せき込んでいたルカは、ぬるめのお茶を慌てて飲もうとしてむせていた。落ち着け。
そうしてのんびり過ごしているうちに、除夜の鐘が聞こえてきた。そろそろ年越しか、と初詣に出かける支度を始めた。と言っても、とりあえず蜜柑の皮やアイスの箱を捨てるだけだが。コートを着ると、年越しのカウントダウンがテレビから聞こえてきたので、ルカと顔を見合わせた。3、2、1。手をつないでジャンプする。0。
「「あけおめ!」」
着地してハイタッチ。パン、と乾いた音が響く。二人してちょっとはしゃぎながら、雪がちらつく街へと繰り出した。
桃色の髪を、紫色がひとつにまとめていた。
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