『世界が終わる日の少年少女について』



B、少女のはなし




 三階の離れ校舎の一番奥に理科室がある。その廊下から本校舎へ向かう廊下の途中に移動教室以外じゃめったに使わないトイレがあって、そこはとても汚いことをする場所にうってつけだった。
 ピンク色のタイルが色褪せて濁った色になっている。扉を開けるとそこには数人の女子が一番奥のトイレに群がっているのが見えた。
「ねえ、なにしてんの。次体育なんだけど」
「わ、姫花。驚かせないでよー」
「ちょっと遊んでただけだって。なんでもないよ」
 一瞬気まずそうな空気が流れた。でもすぐにきゃはは、と耳障りな笑い声をあげながらみんなトイレを出ていった。一番奥のトイレからは、嗚咽が静かに響いていた。
「さち、大丈夫?」
「ひめちゃん……」
 埃や泥で汚れたタイルに座りこんでびしょ濡れになっている私の幼なじみ。さちの後ろにバケツが転がっていた。たぶん、水をかけられたのだろう。小学生ながらに、ベタないじめかたをする。
「保健室行こう。風邪引いちゃうよ」
「いいって、ひめちゃん、私と一緒にいたら何言われるか……」
「そんなの私の勝手でしょ。お腹痛いの、着いてきて」
「なんで……?」
「生理。先月から」
「ひ、ひめちゃんもう来たの? まだ四年生なのに」
「発育がいいってことでしょ」
 西条姫乃の名前を知らない十代は居ない。私の歳の離れた姉だ。十八歳でモデルデビューをして、今では若い女の子の憧れ。
 その妹の西条姫花を、悪く言う者なんて誰もいない。みんなが私を姉と同じように美しく可愛いと媚びるし、取り入ろうとしてきた。それも、姉が有名になった途端、目の色が変わったように。
 だから人を寄せ付けないように、傲慢で高飛車で鼻につくキャラを演じてきた。偉そうに、我が儘に。有名モデルの妹というポジションを有効活用して、クラスの女子のリーダー的存在になった。
 それでも、変わらないでいてくれたのが、さちだった。
 幼稚園から一緒で、本当はとても人見知りだった私の横に座って「ひめかちゃん、え、じょうずだね」って褒めてくれた。嬉しかった。絵を描くのが好きなことは、クレヨンをねだるのが申し訳なくて幼稚園でしか描けず、お母さんにも言えなかったことだったから。
 さちはいろんな人のいろんな良いところに気付いてあげられる子だった。もちろん、私も例外じゃなくて、「ひめちゃんは本当に頑張り屋さんですごい」ってその度に言ってくれる。さちのそういうときのへにゃっとした笑顔がかわいくて、大好き。
 だからさちをいじめる人は許さない。
「失礼します」
「し、しつれいします……」
 保健室の扉に「せんせいはいまここにいます」というルーレットが貼られていて、先生の顔のスタンプマグネットが職員室の文字にくっついていた。授業が始まったばかりで、すぐには帰ってこないだろう。
「はい、タオル。脱いで拭いて。私の体操服貸してあげる」
「えっいいよ、悪いもん」
「さち、あんたその濡れた服で体育のあとも授業受ける気?」
「で、でも……」
「どうせ体育着もビリビリに切り刻まれてるんでしょ。先生には適当に言っとくから着なさいよ」
「あ、ありがとう」
タオルと体操着を渡して保健室のベッドの上にさちを追いやってから、カーテンを引いてあげる。窓から差し込むあたたかい太陽の光は遮られて、ベッドの上野狭い空間に私とさちだけになった。目の前で着替える湿ってさちを見ると、まとまった髪の隙間からまつげが濡れているのが分かった。
 さちは、実はとてもかわいい。だけど引っ込み思案でときどきどもってうまくコミュニケーションがとれない。だから下を向いて、人の顔を見ないようになった。声もぼそぼそと喋るようになったし、もったいない。
「ねえ、ひめちゃん」
「ん?」
意識的に見ていたわけではないけれど、ぼーっとさちの下着姿を見ていたことに気付いた。姉と同じように出るところは出て締まるとこは締まった私の身体と違って、さちは小学四年生らしいゆるやかなラインの肉付きのいい線をしていた。抱きしめたくなるかんじ。
「こんどの、二十一日。世界が終わるってやつ知ってる?」
「ああ、なんだっけ。なんとか文明ってやつでしょ」
「あはは、そう、それ」
「それがなんだって言うの」
「……うん、あのね。どうせ世界が終わっちゃうなら、一回くらいあの子たち、見返したかったなあって今思って。世界が終わっちゃったら、あの子たちの中で私ってずっといじめられっこのままなんだよね。やだなあ……」
 ずっ、と鼻水をすする音がした。また、泣いてる。さちは私に背を向けて泣き出した。白いスポーツブラが背中に食い込んでいる。その肩はぶるぶる震えていて、なんだか無性に悔しくなった。
「さち!」
「……っ、な、なに」
「さち!こっち向いて!」
 さちの震える肩を掴んで、むりやりこっちを向かせて額に思いきりデコピンをかました。「いたい!」とさちが小さく叫んでおでこを押さえる。指の隙間から見えるおでこは、すこし赤くなっていた。
「そんなんねえ、世界が終わんなくたってできるの! この姫花さまが保証してんだからさちはもっと堂々としてればいいの。五年生になっても六年生になっても、中学生になっても、大人になっても。……私はずっと、さちの友達なんだから」
 最後の言葉は、なんだか照れくさくて小さな声になってしまった。さちの反応が見れない。ぎゅっと目をつぶってから、さちを見る。
 へにゃっと笑って、「ひめちゃんのデコピン、いたいよ」と言った。相変わらず、さちの笑った顔は可愛かったから私は明日からもさちを守っていこうと思った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

『世界が終わる日の少年少女について』Pat.B

パターンB、少女×少女の話。
小学四年生設定。はやい子って生理四年生くらいに来ますよね…!!!?

閲覧数:131

投稿日:2012/12/28 23:49:04

文字数:2,346文字

カテゴリ:小説

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