その眼光は、たとえ片目であろうと鋭利な刃物の如く鋭く俺を突き刺し、引き金に掛かった人差し指さえも動くことは叶わない。
俺はただ、目の前にいるアンドロイドがどのような行動に出るかを待つしかない。
だが、おおよその見当はついている。
彼の紫の瞳が示すものは、俺に対する憤怒。
彼が胸に抱く赤髪の少女を、恐らくシックスにとって大切なものを撃った俺に対する憤怒だ。
「デル・・・・・・よくもキクを・・・・・・!」
その言葉にも、今にでも俺に向けられるかも知れない憤りが感じられた。
俺は何をどう答えたらいいか、見当がつかない。
誰かの大切なものを傷つけたとき、その持ち主の叱責にどう応答すればいいかなど、訓練でやるわけがない。
「・・・・・・ぅ・・・・・・ん・・・・・・。」
シックスに抱き上げられた少女が目を開け、瞳だけで周囲を見渡した。
「ああ、キク。どこか痛むのか?」
その一瞬でシックスの顔から憤りの形相が消え、完全に俺の存在を忘れたようだ。
「ううん・・・・・・だいじょうぶ・・・・・・。」
「さぁ、行こう。みんなが待ってる。早く帰ろう。」
「うん・・・・・・ねぇ、キクどうしてたの・・・・・・?ここはどこ?」
「悪い夢を見ていたんだ。でももう大丈夫だ。」
「うん。」
何だこの会話は・・・・・。
もはやシックスの口調からは冷淡も憤怒もどこかへ吹き飛び、ただ少女の問いに優しく答えるだけだ。
シックスは無線機を取り出した。
「博貴博士。こちらへヘリを下ろしてください。」
それと同時に、先程から俺の窮地をただ眺めていただけのブラックホークが半壊したヘリポートに舞い降りた。
シックスは背を向け、ヘリの中にいるワラへ赤髪の少女を手渡した。
「少しの間だけキクを頼む。」
「え、タイトさんは?」
タイト・・・・・・?
「少し用がある。」
ヘリは再び上空に舞い上がり、ヘリポートには俺と、タイトと呼ばれたシックスのみとなった。
「デル・・・・・・!」
シックスが一歩、俺に向かい踏み出した。
「タイト!」
「?!」
不意に、背後から合成音声交じりの声が上がった。
振り向くと、そこには黒いツインテールに黒いコートの、FA-1の姿がある。
「デルは悪くない。」
FA-1はシックスの目の前まで歩み寄り、バイザーのこめかみに当たる部分のボタンを押した。
小さなモーター音をたててバイザーのセンサーとマスクが左右に開かれ、シックスに自分の素顔を明かした。
だが、俺に見えるのは彼女の後頭部だ。
「ミク・・・・・・これは俺とデルの問題だ・・・・・・下がっていてくれ。」
シックスは静かに言った。
あくまでも冷静に、しかし憤りを必死に押し殺していると分かる声で。
全く動じないところを見ると、恐らくシックス自身も彼女の存在に気付いていたのだろう。
「仕方なかったんだ・・・・・・タイトも分かっていただろう。キクは敵に操られていたんだ。だから・・・。」
彼女の声には幼さがあるが、大人びたはっきりとした発声で、全く澱みがない、透き通ったような声だ。
「分かっている。洗脳を掛けられた上、ノイズを聞かされていたんだ。」
「じゃあ・・・・・・。」
「だが、デルはキクを傷つけた。それだけは許せない。」
「でも!」
「ミク!君から見れば、博貴博士を傷つけられたようなものなんだぞ!!君だって、博貴博士のためにここに来たんだろう!」
そこまで言われて、彼女は頭を下げた。
それでも、すぐに顔を上げ、シックスを見つめ返した。
「でも・・・・・・それもみんな、敵が悪いんだろう?!こうなったものみんな、敵が悪いんだろう?!だったら、デルをうらむことはないじゃないか!!」
彼女の悲痛なほどの言葉で、俺は胸が締め付けられた。
「・・・・・・。」
シックスは顔を逸らし、沈黙した。
「やめてくれ・・・・・・誰かを責めるのは・・・・・・わたしだって博貴を連れ去った敵が憎い・・・・・・だけど絶対に殺したりはしない。それに、せっかくまた会えたんだ。なのにいきなり、そんなこと・・・・・・。」
彼女はか細い声で、悲願するように言った。
もう・・・・・・俺には耐えられない・・・・・・。
俺のせいで、また彼女の心を傷つけているじゃないか。
俺は唇をかみ締めた。
「シックス。」
「・・・・・・。」
「すまない・・・・・。」
「デル・・・・・・侘びはいらないミクの言うとおりだ。俺こそすまなかった。」
今、シックスと俺は完全に和解しあった。
もはや、互いに対する疑問も恨みのないだろう。
「・・・・・・。」
FA-1、いやミクと呼ばれた少女の顔は何も語らず、微笑んでいた。
まるで女神のように美しく、慈愛に満ちた微笑だ・・・・・・。
「ミクー!タイトさーん!!そろそろ時間だよー!!」
ヘリの中からワラが声を張り上げ、再びヘリが舞い降りた。
「ああ。」
俺はシックス、そしてミクと共にヘリに近づいた。
『よおーし、動くなぁー!!』
「!?」
今度は拡声器越しの男の声が響き渡った。
振り向くと、そこには異様な姿の男と、数対の、シックスと最初に出会ったときに襲い掛かってきたアンドロイド達が構えている。
その中の中央に、その男は拡声器片手にたたずんでいる。
赤いボディスーツに身を包んで。
見ただけでは、俺のスニーキングスーツと同じ技術で作られたようにも思える。
『お前達は完全に包囲されている!命が惜しけりゃ大人しく俺の言うことを聞け!!』
茶髪であることもそうだが、見た目どおりふざけたような口調で話す若者だ。
だが、彼の言うことも嘘ではない。
彼を取り巻くアンドロイド達の手には大型ナイフのような接近武器ではなく、サブマシンガンと思える銃器が装着されている。
アンドロイドの数は二十体ほど。この数から一斉射撃を受けたらどうなるか。
『まずは武器を棄てろー!!』
茶髪の若者が叫ぶ。
「デル・・・・・・タイト・・・・・ヘリに乗ってくれ。」
ミクは茶髪の男を見つめながら言った。
「それは出来ない。」
「俺もだ。」
俺とシックスは同意見だ。
この場でミクだけを取り残すことは、俺に数々の助言をくれた上、シックスとの諍いを引き止めてくれた彼女に対しての無礼だ。
俺は、最後まで戦わなくてはならない。
ミクのためにも、タイトのためにも。
「ワラ!シク!銃をよこしてくれ!!それと援護を頼む!!」
ヘリの中にいる二人の部下がうなずき、シックスにXM8を投げ渡した。
『なんだテメェら、死にてぇのか?じゃしょうがねー。アディオス!』
男は最高にふざけた棄て台詞を残すと、その場から大きく跳躍し、ヘリポートの外へ姿を消した。
そして、アンドロイドの銃口が全て俺達三人に向けられた。
「デル、タイト。準備はいいか。」
俺の前に立ったミクのバイザーが自動的に顔を覆い、センサーに真紅の輝きが宿った。
それを見て俺はタイトと顔を見合わせ、口許に笑みを浮かべた。
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