あれから数週間。どうにか本社にその存在を認めてもらえたタイトとキクの二人。だが、僕と鈴木君の仕事はそれで終わったわけではない。
これからたった二人の、しかもロクに子供と接したことすら無い男二人でタイトとキクの面倒を見ていなければならなかった。しかも、これがまた意外と過酷な作業で・・・・・・。
◆◇◆◇◆◇
「・・・・・・両足生やして、アッーという間にシテヤンヨ~♪」
「できたぁ!
鈴木君の膝の上に乗り、キクは画用紙に色鉛筆を走らせ十匹目のシテヤンヨを完成させていた。モノは試しとキクに色鉛筆と画用紙を与えたところ、やはり物覚えが早く、鈴木君が適当に考えた絵描き歌を共に復唱しながらシテヤンヨを描き続けた。対して僕はと言うと・・・・・・。
「ヤンヨ、ヤンヨ、シテヤンヨ♪」
「よーし!」
やっぱりタイトを膝に乗せ、適当に考えた絵描き歌で画用紙の上にシテヤンヨを描きまくっていた。現在十二匹目。キクより若干スピードが早く、枚数を重ねる度に絵が上達して良く。
今日は絵を描こうと言い出したのは鈴木君だった。日々何もせず寝転がっている訳にもいかず、かと言って本などの教育に使えそうな物もなかったので、鈴木君が二人分の画材を用意してくれた。
まるで幼稚園児かと思うが、実際二人の知能は今小学生程度であるし、色々な物事を何度も繰り返し、体で覚え、上達させていくということは立派な教育でもあると考え、僕は鈴木君の意見に賛成した。
「タイトー今何匹描いた?」
「今十二匹。キクは?」
「十匹! すぐおいつくねー!」
と、いつの間にやら妙な競争にすらなっている。でも、こうしてタイトやキクと一緒に楽しく過ごしていることが、普通に幸せに思えて、つい仕事であることを忘れてしまうのだ。
しかしそうも行かなかった。この一見普通の家庭のリビングに見えるこの部屋、実は至る所にカメラが隠されている。それだけなら別にどうでも良いことなのだが、おそらく今カメラの映像を眺めているのは、紛れもなくあの軍人の青年だからだ。
本社の人間が来訪した後、あの男がこの施設に来て僕達の行動を監視するようになった。なぜ軍人がクリプトンなどの計画に参加し、現場の監督などと言う任を任されなければならないのか、本当に嫌な予感しかしない。
その上、あの男は本社に対して対等の発言力を持っていると聞いたこともあり、僕はあの跪坐な口許から良からぬ言葉が出ないよう祈るばかりだ。
「できた。博士、できました。」
その時、膝の上のタイトが、また一匹のシテヤンヨを完成させた。
◆◇◆◇◆◇
「なんか随分とのほほんとした雰囲気だな。幸せそうで羨ましいぜ。こっちはお前ら二匹を飼うのにどれほどの労力と資金を消費してると思ってんだ。」
モニターに映る研究員二人とアンドロイド達に向かって皮肉らしく捨て台詞を吐いたランスは、手にしていたマグカップの中身を一気に飲み干し、モニター前の操作盤に両手をついた。
「なにやら不機嫌そうだね。ランス。」
対して私はいつもより穏やかな態度で、彼をなだめるように告げ、その隣に立った。
この施設で開発現場の監督役となった私は、それからと言うもの、たった一人で一日中この暗く狭いモニタールームで彼らの動向を監視していた。
一日中硬い椅子に腰掛け幾つものモニターを凝視するのは意外にハードワークであり、もう仕事のことも計画のこともどうでもいいぐらいにストレスが溜り、気怠くなってしまう。だが友人の一人でも居れば、そんなことはなかった。
「いや、別にいいさ。ただ来週の『アレ』の日まで自由にさせてもいいし。」
「・・・・・・ランス。そっちの方はどこまで言ったんだい?」
そう尋ねた瞬間、彼は先程までと打って変わった表情で振り返り、ニタニタといやらしい笑みを浮かべた。
「順調だよ・・・・・・! 笑いが止まらんぐらいにな! そうだ。今日はそいつのことをたっぷり自慢したかったんだ。」
あんまり彼が上機嫌になるので、私もその話の内容が気になって仕方なくなる。私の仕事と並行して、彼もまた軍部で大層な計画を進めているようだ。
「ほう。 話してみてくれ。」
「こちらでの計画・・・・・・実はもう残すところ実験のみになった。軍の協力も積極的で、実験施設や人員の手配まで済んでいる。」
「そこまで進んだのかい。」
「ああ。早いとこあんたにも完成した品々を見せたいところだ。」
「それは結構。」
「ただ、あとは被験体になるんだがなぁ・・・・・・。」
鋭いランスの視線が、モニターの向こうで仲睦まじく絵を描いている二人に向けられた。
「・・・・・・どーせこっちの計画が進めば本社の連中も大喜びなんだ。ゴリ押しすれば応じないことも無い・・・・・・。」
私は、その言葉の意味を即座に理解した。
「ランス! いくらなんでも勝手が過ぎる・・・・・・。」
「分かってる。分かってるが・・・・・・あの二人、欲しい。」
ランスの異様な視線が二人に突き刺さる。玩具を欲しがる子供か、それとも獲物を狙う捕食者か。どちらにしろ、彼の悪乗りは今回ばかりは止めなければならないと、私は思った。
あの時のように・・・・・・
◆◇◆◇◆◇
「ヤンヨ、ヤンヨ♪ たいとーいま何匹できたー?」
「120匹できた。」
「ちょっ・・・・・・・もう休ませて・・・・・・。」(×2)
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