【メイコ】


「よいっしょー、っと」
 畑で育てた大根を渾身の力で引っこ抜く。うん、太くて瑞々しくて美味しそうだ。
 これならきっと、カイトの父さんにも高く買ってもらえるだろう。
 今は丁度収穫の時期で、いつもこのくらいの時期になるとカイトとカイトの父さんがうちの野菜を買い取りに来る。今ではそのおかげで生活が成り立っていると言ってもいいくらいだ。
 二年前、黄の国の国王が亡くなってから、この国は随分変わってしまった。我侭王女がこの国を動かし、国民から税金を巻き上げていく。たった十四歳の王女が、この国を動かしているなんて事実が全く信じられない。そうしてその王女の我侭を叶えるために、あたしたちの生活は滅茶苦茶にされていく。あの王女の贅沢のために。
 あたしたちは、生きていくのも必死だっていうのに。
 そう思いながら、次の大根を思いっきり引っこ抜く。
「こらー!メイコ!!もっと優しく扱え!!」
「はあい!」
 違う畑で別の野菜を収穫していた父さんが怒鳴ってくる。ほんと、よく見てるなあ。背中に目でもついてるんじゃないかしら。
 そんなことを思いつつも、乱暴に引き抜いたことは事実で、さっきの大根を思わず撫でる。
「ごめんね」
 大根に罪は無いよね。それどころか、あたしたちの生活の糧になってくれるんだから、大事に扱わないと。
 気を入れなおして次の大根にかかった。

 収穫作業を終えて家に帰れば、母さんがお茶を入れてくれる。
「ビールの方が良いなあ」
「贅沢言わないの!」
 怒られた。
 まあ、確かに最近はビールも値上がりしてなかなか手に入らない。贅沢は言えないのは解かっているけれど、ちょっと悲しい。あたしの生き甲斐なのに。こうして畑仕事の後にビールをぐーっと一杯いけたら幸せなのになあ。
 うちで作っているのが麦だったら自家製のビールとか作れるのになー、とか言ったら父さんにまた怒鳴られるから口にしたりはしないけど。
「そういえば聞いた、メイコ?」
「何を」
 聞いた?だけで解かったら凄いよ、母さん。
「リン王女がカイトくんにご執心だって話よ」
「あー、うん」
 前に来た時に、カイトから直接聞いたな。というか、あいつはモテすぎだと思うんだけど。そういえば一年ばかり前から怖い小姑も一緒に来ていた。美人なのに、仏頂面ばかりだと勿体無いよね、あれ。その仏頂面は主にあたしに向けてだったけど。
「なんだ、知ってたの」
「随分前かららしいよ、それ。ていうか、何で今更?」
「そうなの?もう、最近母さん噂に疎くて嫌になるわ。カイトくんも言ってくれれば良いのに」
「何で母さんに言う必要があるの」
 そんな必要は全く無いだろうに。
 まあ、カイトも母さんに弱い所があるから仕方無いのかも知れない。子供の頃にお母さんを亡くしている所為か母親というものに弱いだけかも知れないけれど。
「大体、それが一体どうしたっていうのよ」
「あら、あんたは良いの?」
「良いの、って何が」
「カイトくんと付き合ってるんじゃないの?」
「ぶっ!」
 思わず飲んでいたお茶を噴出した。
「あら、汚いわね」
「母さんが変なこと言うからでしょ!」
「変って何よ。だって前からあんたたち随分仲が良かったじゃない。だからあたしはてっきり…」
「勘違いもいいとこだわ」
 思わず溜息を吐く。
 あたしとカイトなんて、そもそも全然似合わない。農家の娘と豪商の息子って、もう、全然釣り合ってないし。この家だってきっとカイトの家と比べたら掘っ立て小屋みたいなものに違いない。
「大体、カイトなんてそれこそあっちこっちでモテモテらしいし、綺麗なお嬢さん選び放題でしょ、あたしなんか選ぶ訳ないじゃん」
「そんなこと無いわよ。メイコはこの辺の子の中じゃ一番の器量良しなんだから」
「この辺に他に年頃の女の子が居ないだけでしょ」
 何か母さんと話していると頭が痛くなってきた。実際、こんな小さな農村では子供も少ない。周りに居る同年代のやつと言えば男ばっかりで、そのおかげか私も随分男勝りな性格になったんだと思う。遊び相手が野郎ばっかりだし。
「まあ、確かにカイトくんってば最近見違えるように格好良くなったし、優しいし、頭も良いし、それこそ王女様にも貴族のお嬢さんにもモテてるんだから、メイコじゃ釣り合わないわよね」
「…母さん、さっきと言ってる事が全然違うわよ」
「ところでメイコ、さっきから自分がカイトくんと付き合うのは嫌だってことは、一言も言ってないわよね?」
「………」
 これだから、母親って苦手だ。
 妙なところで鋭い。
「気のせいよ、そんなの」
 言ってはみたけど、説得力が全く無いっていうのも、解かっていた。



 この季節の収穫も一区切り終えて畑の傍で休んでいると、声を掛けられた。
「メイコ、久しぶり」
 振り返れば、空と同じ、いや、より深い鮮やかな青色が私に近づいてくる。
「あら、カイト、久しぶりね。また仕入れに来たの?」
「うん、今父さんがメイコのお父さんと話してる」
 買取の値段の相談だろう。こういうのは父親たちに任せておくに限る。
「ふーん、で、あんたはまたあの王女様のお守りをしてきたの?」
「お守りって…」
「実際そうでしょ。噂はこっちにまで来てるわよ。あの王女様、あんたにべた惚れらしいじゃない。王女様だけじゃないわね、あちこちに王族や貴族のお嬢さんたちがこぞってあんたにぞっこんだってもっぱらの噂よ」
 あたしの言葉に、カイトの表情が沈む。ああ、まずったかな。カイトが望んでお嬢さんたちの相手をしている訳ではないことぐらい、知っている。
 案外カイトは気持ちが顔に出やすい。
「俺の何処がいいんだか」
「顔じゃない?」
「えー…」
 軽口で返してみれば、カイトは拗ねたような顔をする。沈んだ表情よりは、そっちの方がよっぽどいい。
 何より、そういう顔をしたカイトは、ちょっと可愛い。あと、顔が良いのは事実なんだよね、昔から綺麗な顔をしてるから。
「あんたは誰にでも優しいからね。この辺のやつらの中じゃ軟弱にしか見えないけど、貴族のお嬢さんにしてみればそういうところが良いんじゃないの?」
「軟弱って…」
 カイトが苦笑いを浮かべる。
 まあ、軟弱って言うのは、あくまでも見た目だけの話だ。実際は結構男らしいところもあるというのは、長い付き合いで知っているし。
「で、あんた、本命はいないの?」
 ふと気になって尋ねてみる。これだけモテてるんだから、本命の一人や二人居たっていいただろう。いや、二人はまずいけど。
「…いないよ」
「まさか、今まで誰も好きになったことが無いとは言わないわよね?」
「流石に、この年でそれはないよ」
 ふにゃりと、軟弱そうな顔で笑う。あたしと話す時だけ、こんな子供っぽい顔をするのだと思えば、ちょっとした優越感がある。馬鹿みたいだ、と自分でも思うけど。
「ふーん、気になるわね、あんたが好きになった子って誰?」
「そんなこと知りたいの?」
「そりゃ、気になるじゃない、三国一のモテ男の好きになる子っていうのが、どんな子か」
「…メイコだよ」
「え?」
 一瞬、何を言っているのか解からなかった。
 カイトは優しくあたしに笑いかける。ああもう、こいつは何だってこんな顔をするんだろう。
「俺の初恋、メイコだよ。まあ、随分前の話だけど」
「嘘」
「本当。メイコはね、俺の憧れだったから」
 信じられない、という気分だ。随分前っていつ頃だろう。
 あたしに笑いかけるカイトの表情に嘘は見られない。どうして、こいつはさらっとこんなことが言えてしまうんだろう。
「だから、俺はメイコが好きだったんだよ」
「…だから、あんたはモテるのよね」
「え?」
「何でもないわ」
 きょとん、とした顔をするカイトは、きっと全く解かっていないんだろう。カイトの浮かべる笑顔は、何でもかんでも包んでしまう。カイトの言葉は真っ直ぐ人の心に入り込む。気障な台詞も、ただ本心で語っているだけなのだ。
 本人は、全然意識しちゃいないんだろうけど。
 ふと、カイトが表情を改める。
「…最近はどう?」
「うちは、うん、まだ大丈夫。あんたのお父さんが高くうちのもの買ってくれてるから。ただ、他の所は大変みたい。次の冬が越せるかどうか…」
「そう…」
「全く、あの我侭王女にも困ったもんだわ」
「メイコ」
「何よ、ほんとのことじゃない」
 嗜めようとするカイトを睨み付ける。カイトは誰にでも優しい。そう、あのリン王女にさえ。けれど、あたしはそんな事は言っていられない。あの王女のせいで、どれだけ生活が大変か。
「あの子だって、ちゃんと優しさを持ってるよ」
「だったらそれをあたしたちにも向けて欲しいわね」
「……」
 あたしの言葉に沈んだ表情を浮かべるカイトに慌てる。ああもう、落ち込ませたい訳じゃないんだけどな。
「別に、あんたを落ち込ますために言ってる訳じゃないんだから、そんな顔しないでよ。カイトが悪いわけじゃないんだし」
 そう言ってみても、カイトの表情は暗いままだ。
 カイトの表情から段々と笑顔が失われていったのは、いつ頃からだろう。色んな貴族のお嬢さんの相手をさせられるようになった頃からだろうか。カイトが望んでそうしている訳では無いことぐらい解かっている。だから何も言えない。
 ふいに人の気配を感じてそちらを見れば、小難しい顔をしたルカが立っていた。
「兄さん、お父さんが呼んでるわ」
「ルカ」
「その人と話してないで、行きましょう」
 いきなりやってきた妹に睨み付けられた。嫉妬を隠そうともしない彼女の様子に思わず苦笑いが漏れる。
「ルカ!」
 カイトがルカを嗜めようとするが、何事か呟いて結局聞き入れた様子は無かった。
 そのままカイトの腕を引いて行ってしまうのを見送って、溜息を吐く。あの妹も、報われないことをしているな、と思う。まあ、このままカイトに好きな人が出来なければ、ルカと結婚する可能性が無いわけじゃない。
 いや、むしろ最有力候補と言ってもいいだろう。
 カイトは養子だと、随分前に本人から聞いた。だから、血は繋がっていないから、問題は無い。誰か一人に絞るよりは今まで通りで居られるだろうし。
 そして養子だからこそ、養父の欲のために色んな貴族の子女の相手をさせられていても、それが正しくないと心の中で理解していても、強く出られない。
 カイトに好きな人でも出来れば、話はまた違うのだろうけれど。

 初めてカイトに会ったのは、あたしが七歳の時だったから、カイトはまだ五歳だった筈だ。父親――あの当時は未だ養子では無かったらしいが――に連れられて、この村にやってきた。
 初めて見た時は女の子かと思った。大人しげな雰囲気があったし、造作の整った綺麗な顔をしていたから余計に。
 カイトは控えめに笑って、
「よろしくね」
 と言って手を差し出した。その頃はあたしより背が小さくて、乱暴にしたら壊れてしまうんじゃ無いかと思ったけど、意外と運動神経も良いし、力も強いと知ったのはその次にカイトが来た時だったと思う。
 それでも、外で動き回るよりは本を読んでいる方が好きな子供で、男勝りなあたしとは全く正反対だった。父さんなんかはよくふざけて、
「お前たちは生まれてくる性別を間違えたんじゃないか?」
 と笑って言っていたぐらいだ。
 いつも無邪気に笑いかけてくるカイトは、滅多に会える訳でもないのに、村の子供たちの人気者だった。あちこち旅した場所のことを色々聞かせて貰うのも楽しかったし、かけっこは誰よりも、あたしよりも早かった。
 そうして、無邪気に笑っていたのに、いつ頃からかカイトの表情は曇っていった。憂いを帯びた眼差しで、会うたびに笑顔が減っていく。
 色々なものに束縛されて、籠の中の鳥のように窮屈に。この世界の至る所を旅していても、結局は父親の檻の中に戻らなければならない。
 カイトは、もっと自由に生きていくのが似合うのに。
 青空の下を、誰よりも早く駆けて、誰よりも楽しげに笑っているのが似合うのに。
「あたしだって、あんたのことが好きだったんだから」
 誰よりも優しく、穏やかな笑顔であたしを包み込んでくれたから。誰よりもちゃんと、あたしを女の子扱いしてくれてたから。
 本当に過去形にするには、もう少し時間が必要かも知れないけれど。
 きっと、あたしではあいつを、もうちゃんと笑わせてあげることは出来ないから。いつか、誰かが、カイトをちゃんと笑わせてくれたらいい。
 いつか、カイトが好きになる人が。
 あの笑顔が、いつか戻ってきてくれることを、あたしは何より望んでいるんだから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【悪ノ派生小説】比翼ノ鳥 第三話【カイミクメイン】

メイコ視点です。
めーちゃんは元気の良さが一番いいと思います。
カイト→メイコはもう終わってしまった恋。
メイコ→カイトは終わりかけの恋。
そんな感じ。

閲覧数:564

投稿日:2009/03/16 22:53:17

文字数:5,212文字

カテゴリ:小説

  • コメント4

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  • 甘音

    甘音

    その他

    ユーザーのブックマーク、確かに便利ですね。
    お知らせ機能有難うという感じです。ブクマ有難う御座います。

    そして毎回感想も有難う御座います。
    多数視点で同じ場面を繰り返すのは、飽きられないかなあという想いもあるのですが、それぞれに違う想いを抱えているんだということが伝わればなあと思って採用しました。
    勿論、視点が回ってくる回数が多い人、少ない人というのが居ますが。
    メイコと結ばれるのが幸せだったんじゃ…ということですが、うーん…今の状態で言えばリンがカイトを好きな限り、結末は変わらなかったんじゃないかと思います、ごめんなさい。まあ、今後の展開も原曲の通りのもの、と考えていただいて問題はないので、決してハッピーエンドとは言えないですが。
    それでも、お付き合いくだされば嬉しいです。

    2009/03/19 08:49:25

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    ユーザーのブックマークって便利ですよね、見落としが無くなるから。
    あ、ご報告が遅れました、ユーザーブクマさせて頂きました~。

    さて、2日出遅れて読ませて頂きました。
    同じシーンを、登場人物ごとに視点を変えて書くという手法の面白さが、ようやく分かってきました。甘音さんはキャラ1人1人を大事にして書かれてるんだな~と思います。
    今回はメイコ視点でしたが……ん~、これは何ともほろ苦いお話でした。もう終わってしまった恋と終わりかけの恋、なるほど言葉にするとそういう状態なんですね。とても上手い言い回しだと思います。
    読んだ後に思ったのは、「ひょっとしてカイトは、メイコと結ばれるのが一番幸せだったんじゃないか?」って事でした。いや、まだミクと出会ってもいない状態ですけど、原曲から考えて天下無敵のハッピーエンドは望めそうにないので。
    メイコと一緒になるのが、一番平凡だけど一番幸せな選択肢だったんじゃないか、とか考えてしまいます。あ~……もったいないw
    ともかく、今回も楽しませて頂きました。この次も期待しています。

    2009/03/18 20:00:57

  • 甘音

    甘音

    その他

    どうもお待たせしました。
    文章が上手いと言っていただけると照れますねw

    メイコはそうなんですよね、どうしても気の強いお姉さまみたいなイメージが。
    カイメイが特に好きという訳ではなく、何故かこういう展開になりましたが、この二人がくっつけなかったのには、それなりの訳もあったりするので、それも書いていきたいと思います。

    カイトの憂いの理由は、まあ色んなものが複合的に重なって、という感じですねえ。
    人の気持ちに敏感だからっていうのも勿論ありますし。
    エメルさんもそういう所があるのなら、大事にして欲しいと思います。何よりそれはエメルさんが優しい人だからだと思いますので。
    でもあんまり共感しすぎて傷つかないで欲しいな、とも思います。
    メイコ視点でも一応主役はカイトなので、全然構いませんよ。こうして感想を頂けるだけで嬉しいです。

    確かに、悪ノシリーズはレンミク応援派が多いですね。それも無理は無いんですけど。悪ノ召使はそもそもレンの物語で、終わりがあんな風だったから少しでも報われて欲しいって気持ちも、解かるんです。
    だからって他の人の意見を叩いていい訳ではないでしょうが。
    でも、よく考えたら青い人だって凄くかわいそうだよ、と思うんですよね。そんな青い人をちゃんと書ければ言いと思います。

    それでは、今後も頑張りますので、暖かく見守ってくださると嬉しいです。

    2009/03/17 08:23:12

  • エメル

    エメル

    ご意見・ご感想

    わぁ、待っていましたよ~
    相変わらず文章が上手いですね。見習わなくちゃ。

    メイコは確かに元気が良いほうが似合ってますね。どうしても姉御肌のイメージが抜けないw
    この二人はすれ違っちゃったんですね。メイコは素直になれそうにないし、カイトは自分から告白しそうにない。
    カイトがメイコに好き「だった」と言ったのはすでに終っちゃった恋だから言えたんでしょうね。

    カイトが鬱々してきたのは貴族相手をさせられた頃から・・・やっぱり貴族と庶民の差に憂いたからなんでしょうね。
    本当に優しいから人々の、国の痛みを自らの痛みのように感じてしまう。そんな気がしました。
    実は自分も似たような性格してるんですよね。あ、このカイトほどすごくはないですが。
    他者の辛いところを知ると共感?感応?してしまって鬱になるなんてしょっちゅうですからw
    だからこのカイトはとても共感するところが多いです。
    あぁ、メイコ視点なのにカイトのことばかり書いて・・・すみません。前回言いそびれたことがあって。

    ニコニコ動画で悪ノ派生をカイミクに解釈した動画を見たんですがすごく叩かれていたんですよね。
    すごく悲しくなりました。なんでカイミクじゃいけないのって。レンミク(ミクレン?)ばかり・・・

    続きとても楽しみにしています!がんばってください。

    2009/03/16 23:37:02

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