わたしを創り出してくれたマスター。
マスターの創り出した音、言葉達。
それを紡ぐわたし。

わたしの世界。








「今日はね、砂漠のお城の歌を作ったんだよ」


ふんわり。
そんな音が似合うマスターの微笑み。

マスターは、窓から時々見えるお月さまに似ている。
わたしに見せてくれる笑顔が、あの銀色の星を連想させる。
優しくて暖かくて、見ていると自然と頬が上がる。
太陽みたいに強くないこの人が、わたしは好き。


「早く一緒に歌いたいな」

「ミクならすぐに覚えられるよ。この間の珊瑚の歌ももう覚えちゃったし」

「マスターの歌は綺麗だから、早く覚えたくなるの」

「ありがとう」


一番最近覚えた珊瑚の歌。
海に沈んだ亡骸が、やわらかな陽の光を夢見て漂う、子守唄だった。


「――明日が今日より輝いていたら
 いつか願いも叶うでしょう」

「ミク?」

「わたしね、珊瑚の歌でここがいちばん好きなの」


明日が今日より輝いていたら
いつか願いも叶うでしょう
地平線に隠れてしまう前に
私はあなたに会いに行きたい


わたしのひそやかな願いを知っているような言葉で。
諦めなくていいんだよって、頑張れって言われているようで。

だけど、心のどこかで囁きが聞こえる。
この歌はわたしじゃない。ひとが創ったひとの為の歌よ。
嗚呼、まるでわたしがわたしを嘲笑うかのように。




いくら季節が巡ろうと、わたしはにんげんにはなれないのだと。


















機械音。
わたしの電源が入る音。
充電を終えたら自動で作動するように、マスターが設定してくれた。

瞳が開く。
光を灯さない、鉛の眼球。
写すものは、変わってしまった世界。


「…夢?」


呟いてから首を振る。馬鹿だ。
私は夢なんて見ない。
けれど、酷く懐かしい記憶が呼び起こされたような気がする。
毎日歌っていたあの日の記憶。



幸せだったあの頃のわたし。
マスターとずっと一緒にいられるのだと信じていたかった、あの頃。

マスターの記憶と、部屋に残されたマスターの思い出たち。
それ以外、もうわたしには何もない。



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「ある雨の日砂漠に咲いた
 黄色い双子の花の名は
 遠い昔にやってきた
 緋い旅人が付けていった」



きっとわたしはこれからも独り。
寂しさという感情はよくわからないけど、吹き抜ける風は何時もより肌寒かった。
こんな風が吹くときは、決まって満月の夜。


「乾いた風に揺られてた
 決して侵されることは無かった
 何も知らない蒼の王子が
 それを摘み取ってしまうまでは」


小さな窓を開けて雲が晴れるのを待てば、やっぱり満月だった。
――あなたはあの星になってしまったのですか、マスター。
満ちては欠ける、あの星に。

流れることなどない涙が、頬を伝ったような気がした。
風が撫ぜただけだと思いたくなくて、頬に触れることはしなかったけれど。

いつか、わたしの願いが叶うなら
あなたの傍に寄り添う、小さな星になりたいです。




月に向かって目を細めてみた。
わたしはちゃんと笑えてたかな?

少しだけ、月が揺れたように見えた。



















わたしを創り出してくれたマスター。
マスターの創り出した音、言葉達。
それを紡ぐわたし。

わたしを見守る月。
月だけが知る、わたしの願い。

わたしの世界。





†……†……†……†

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

優しい月のうた

何も考えずにとにかくつなげたものなのでぐだぐだですが、頑張りました。

戻らないと知ってても、願わずにはいられない。
わたしは人間(ひと)ではないけれど、願うなら、どうか。


そんなお話です。短いです。

閲覧数:111

投稿日:2009/05/17 20:43:24

文字数:1,481文字

カテゴリ:小説

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