バタバタバタバタ…!!
「はぁ、はぁ…」
〈廊下でぶつかってから、まだそんなに時間経ってないし、海斗先生、近くにいるはず…!〉
凛が中等部の廊下を走ってると、向こうから、明衣子先生が歩いてきた。
明衣子先生は、中等部の体育を担当している先生で、その美しいルックスからは、想像出来ない程厳しい。
生徒の間では、「鬼」と評されている。
しかし普段は優しいので、凛はわりと好きな方だったりする。
それに、赴任してきた去年、そして今年と、先生達の歓迎会で、他の先生達が酔いつぶれたにも関わらず、明衣子先生は、たった一人で飲み続けたという、お茶目な酒豪伝説も残っているのが、また可愛い所だ。
「コラ!廊下を走ったら危ないでしょう!」
「あっ、明衣子先生!丁度良かった!」
凛が、明衣子先生の前で立ち止まる。
「?」
「あの、海斗先生見てませんか?」
「海斗先生?あぁ…さっき、帰っていくのを見たわ。」
「えぇ~~~!?」
凛は、廊下に反響する程に叫んだ。
「しー!」
明衣子先生が、唇に指を当てて、「静かに」のジェスチャー。
「あっ、ごめんなさい…」
「で?海斗先生に何か急ぎの用だったの?」
「さっき廊下でぶつかった時、海斗先生がハンカチ落としたので、届けようと思って…」
「なるほど。私、届けておこうか?」
「いっ、いいえ!私が、責任持って届けます!」
「そう?分かった。じゃあ、明日海斗先生に会ったら、中等部の女生徒がハンカチを拾ったって、伝えておくわね。」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、気を付けて帰るのよ。」
「はい。」
明衣子先生は、そのまま階段の方に向かって、歩いていった。
「一旦、未来姉ちゃんの所に帰るか…」
凛は、しょんぼりと肩を落として、高等部の校舎に帰っていった。
*****
「凛、どうしたの?」
「明衣子先生が居たから聞いたんだけど、海斗先生、帰っちゃったって…」
「そっか。じゃあ返すの明日だね。」
「うん…」
「…何でそんなにしょんぼりしてるの?」
優しく未来が聞く。
「早く届けなきゃ、海斗先生、困ってるだろうなぁ、って…」
「凛は優しいね。」
微笑みながら、未来が凛の頭を撫でる。
「そうかな?」
「普通なら、『会話のきっかけが出来た、ラッキー♪』って、むしろ嬉しくなるもんでしょ?でも、凛は『困ってるだろうなぁ、早く届けなきゃ』が第一じゃない。相手の立場に立って考えられる所、私も尊敬しちゃう。」
「えへへ。」
「よし!じゃあ、帰ろっか!」
「うんっ!」
*****
ガチャ。
「ただいま~」
「おかえり、凛。」
凛が自宅に帰ると、中から、凛とよく似た少年が現れた。
彼は鏡音蓮と言って、凛の双子の弟だ。
彼もまた、歩歌呂学園に通う、中等部2年の生徒である。
「蓮、もう帰ってたの?」
「だって、終わってから教室覗いたら、凛は居ないし、未来姉ちゃんの所にも来てないっぽいから、先に帰った。」
「そうだったんだ。」
「どうした?何かあったの?いつもは凛から『帰ろう』って来るのに…」
蓮が、2人分のココアを入れながら聞いた。
「未来姉ちゃんの落とし物を届けに、高等部の校舎に行ってたの。途中でちょっと迷ったけど…」
「…凛って、方向音痴だよな。」
「そうかな?」
凛自身は、そういう自覚は無いらしい。
「自覚の無い方向音痴が、一番性質(タチ)悪いっつーの…」
蓮が小声で文句を言う。
「?何か言った?」
「別に。はい、ココア。」
「ありがとう、蓮。」
2人はソファーに座り、テレビ鑑賞を始める。
ピッ、ピッ、ピッ…
「ぐ……どのチャンネルも、ニュースばっかり!面白くねーっ!!」
蓮がチャンネルを変えながら、テレビに向かって叫ぶ。
「じゃあ、宿題したら?」
凛が、宥めるように提案する。
「えーっ!?面倒い!」
「じゃあ料理。」
「無理。作れない。」
「洗濯。」
「洗濯物乾いてない。」
「掃除。」
「昨日、母さんがやってた。」
「洗い物。」
「無い。」
「…じゃあ、部屋で本でも読んでろ!」
凛が自分の部屋に入る。
バタン!
「………はぁ。早く明日にならないかなぁ…」
海斗先生のハンカチを握りしめ、凛は呟いた。
翌日…
「未来姉ちゃん!おはよう!」
「おはよう、凛。じゃ、行こうか。」
「うんっ!」
朝の通学路を、未来と凛は並んで歩く。
因みに、この時間帯、蓮はまだ寝ている。
「凛、今日は海斗先生の授業あるの?」
「あるよ!」
「じゃあ、その時に渡せると良いね。」
「うんっ!」
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