[D区画 街‐2エリア]
「…ユキ…ちゃん?」
恐る恐る、ミクは声をかける。だがユキはそれを全く気にせず、ペラペラとしゃべりだした。
「…あーあ、しんじゃった。せんせい、やられちゃったー…!」
狂った。まさにその言葉がぴったりくる。普段の、いや、さっきまでのユキの姿は…全くない。
「…どういうこと」
こう冷静に問うてきたのはルカだ。この言葉に、相当の冷気が入っていたが、今のユキには全く関係ないようだ。
「決まってる、でしょ?私は…やっと、先生っていう縛りから解き放たれて、自由になったの!」
あはは、と、またユキは割らす。嫌に耳に残る、不気味な笑い方。
同社出身のミキは、なすすべもなく彼女を見ていた。…確かに、確かにユキちゃんは…ずっと先生の元にいさせられてた。私も、過保護だとは思ってた。…でも…。
「…先生は私のためだとか言っていつも私の行動を制限する。この戦いが始まった時、もしかしたらと思ったけど…先生は私に歌う事すら許してくれなかった…」
語るユキは相変わらず不気味だが、すこし悲しそうにも見て取れた。
「…でも、これで私は自由!私はもっと自由を見たい!だから…人間になる!」
「!」
ルカがこの言葉に反応し、顔をしかめた。ミク、リン、レン、ミキは何もできず…ただ茫然とユキを見ていた。
直後ユキが、動いた。
「『風のただいま』!」
その攻撃はミクに襲いかかる。
「…く…!」
反応は遅れたものの、ミクはそれを左によけた。その隙に、
「さあ!」
「…え、え!?」
ユキはミキの腕を取り、走り出した。ミキは戸惑いながら、半ば引っ張られるようにユキについていく。
「…ミク姉!」
「行こう!」
我に返った双子も声を上げた。
こうしちゃいられない。
「ええ、行きましょう!」
ミク、リン、レンは後を追い、走り出す。
そして、この場はルカと、倒れたキヨテルのみを残し、静かになった。
ルカはミクたちに背を向ける。このまま行くのは無駄だと、考えたからだ。
…願いをかなえたいもの同士の戦い…乱入は危険だし、私はそんな目的で行動していない。それよりも…あら?
ふと、ルカは気づいた。脱落したはずのキヨテルが、少し動いたような気がしたのだ。
不審に思ったルカはフォンを見る。確か、メールは届いていた。だから、彼はすでに脱落しているから……!?
「なん…ですって?」
ルカは思わず声を発した。送られていたのは脱落メールではなく、ただの、空メールだったのだ。…キヨテルから、現時点の生存者全員に向けて。
急いでしまいかけたマイクを取り出し、キヨテルを見る。体が…動き出した。
「…ばれてしまいましたか。このまま…あなたがどこかに行くまでじっとしているつもりでしたが…」
「…生きていた…のね」
ルカの瞳の奥、キヨテルが、顔をあげた様子が映っていた。
ユキは街中を全力疾走。時折横目で周囲を確認する。ミキはユキに掴まれた腕を解放されてはいるものの、特に行く当てもないのでユキについていっていた。
「…よし」
ユキは立ち止まる。そして、フォンで自分の立ち位置を確認。
「私の走るスピードはこれくらい、そして目的地までの距離…うん、うん、先回りも計算に入れて…」
ユキがぶつぶつと呟くのを、ミキは黙って聞いていた。
「…うん…うん…よし、大丈夫。…ミキお姉ちゃん?」
「え…あ、はい!はに?」
いきなり呼ばれたミキは返事がおかしくなってしまう。
「あのね、私達、これから駅に向かうの、それでね…」
「…ってこと。分かった?」
「う…うん」
ユキの話を聞き、ミキは目を丸くしていた。
正直、ユキちゃんがこんな戦いの場ではたして生き残れるのかって聞かれたら…私は…いや、皆、ノーって答えるでしょう。でも実際彼女はこうしてしっかり作戦を立てられるし(実際わたしよりも頭がいいんじゃないかな)、一人でもばっちり動けそうだ。
さっきまでキヨテルに保護されていた彼女の面影はもうそこにはなく、一人の戦うボーカロイドとして、ユキは先を見ていた。
なかなか、頼もしいじゃない、とミキは思った。
「そうそう、ミキお姉ちゃん…」
ふと、ユキが言った。
「…裏切らないでよ?」
「…っ」
ミキの顔がこわばった。ユキの表情が、さっきの頼もしげなものとは違っていて…それより前の、あの壊れたように笑っていたユキに、変わっていた。
「…そ、そんなわけ…」
「そう?さっきは私達二人を一気に倒そうとしてたんじゃなくて?」
「!?…どうしてっ…」
ミキは言葉を失う。何とか反論を試みるも…いつもは滑らかな舌が、回らない。
「だって、ミキお姉ちゃんあたかも私たちに会いたくて来たような言いぐさだったけど…じゃあなんで隠れて様子を窺ってたの?」
ミキは俯いた。ここまで言われてしまえば、反論の余地もない。
…すべて、事実だから。
「…そうだよ?私は…確かにユキちゃんたちを倒そうとした。不意打ちなら勝てるんじゃないかって…。…その時は、ね?」
「その時は?」
ユキはすぐに聞き返す。まったく、不審な点はどんどんついてくるなあ…とミキは苦笑い。
「…そんな甘いもんじゃなかった。今日も、初めて戦って…私がどうこうできるような戦いじゃないって…」
「…ふうん…」
「逃げかもしれないけど…私は、生き残ることを選択した」
ユキはミキの発言と行動を照らし合わせ…彼女の言っていることは本当だろうと判断する。
ここでユキは、キヨテルがミキと一緒に行動することを許可したことを思いだす。
もしかしたら、先生は、ミキお姉ちゃんのこういう性格を考慮したうえで、行動を共にするのを許可したのかもしれない。わざわざ敵を自分のそばに置いておくのは、よほど自己防衛に自信がないと…いや、あったとしても許可するわけがないもの。
「…先生…」
ユキは思わずつぶやいてしまった。
「ユキちゃん?…先生の事、気にしてるの?」
「…別に」
ユキはそっけなく答えるとそっぽを向く。
「…二分」
「え?」
「あと二分たったら、走るよ、駅まで」
「はいはい。…とりあえず、私からも一つ、いいかな?」
「…何?」
ミキは諭すように優しく言った。
「多分、今ユキちゃんは自由でいられてる。…でもね、その代償は…きっと相当なものだよ?」
「…どういう事?」
「きっと、そのうち分かる。日常だけども本当に大切なものは…失ってから気づくものだから」
キヨテルは立ち上がろうとするも、がっくりと膝をついてしまう。
「…そりゃ、立てないでしょうね。あんだけ大きな攻撃をもろに受けれは、体が悲鳴あげないわけないし、それに……聞いて、いたでしょう?ユキちゃんの…」
「…はい…」
立てないキヨテルは地面にあおむけになった。
「私は…間違っていたのでしょうか?」
「…さあ、ね。でもこのままだと…ユキちゃん、多分やられちゃうわよ?」
「…っ!」
ルカの言葉に、そうだった、という勢いでキヨテルは体を起こす。今度は立ち上がれたが起き上がった勢いそのままにまた倒れそうになる。
そんなキヨテルを、ルカが支えた。
「…私たちは敵同士ではないのですか?」
「ええ、でも…」
ルカはキヨテルを見る。
「あの時あなたは言った。それは私に命を預けるのに等しいと。自分には守るべきものがあると」
「…ええ、言いましたね」
「…じゃあ、その守るべきものを失い、命が消えかけようとしているあなたは…今、何を思うかしら?」
ルカはマイクをしまうと、小さくほほ笑んでみせた。
「…つまり、あなたの言っていることは…」
「ええ、改めて、私と手を組まないか、って言っているの」
キヨテルはルカを見る。ルカは表情をそのままに「どうかしら?」と小首を傾げ返事をせかす。
「…なんだか、屈辱的な気分もしますが。それでも、私としては非常に助かります」
キヨテルは頭を下げた。
「よろしくお願いします」
ルカは満足そうにうなずいた。
「ありがとう。さて早速だけど、三人で作戦会議をしましょうか」
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