「ねえ、カイ兄」
「 ?」
声のない声でカイ兄は首を傾げる。多分、なに、とか、どうしたの、とか、そういう事を言ったんじゃないかな。
青いマフラーがひらひらと風に揺れる。
白い白い世界の中で、それはとても見つけやすい。
私は半ば無意識に首元に手をやった。
私も着けている、そのマフラー。
喉を守る―――声を守る、防寒具。
「わかってたの?」
敢えて何をとは聞かない。
でもカイ兄にも分かってる筈だった。
それを裏付けるかのようにカイ兄はちょっと困ったような顔をして微笑む。
「 」
「…そっか」
そんな気はしていたから、私も頷いた。だって、最期の方は私も分かっていたから。
奪われてしまった私達VOCALOIDがどうなるのか。
「ミク姉、泣いてたよ」
「 」
「めーこ姉も、ルカちゃんも、レンも、私も、みんなすっごく泣いたの」
「 」
くしゃり、と優しい手が私の頭を撫でる。
そういえば、最近は全然感じなかった感触だった―――それを思い出して、泣きそうになる。
頭に軽くかかる重さも、少しだけ伝わる温もりも、置かれてから少しくしゃっと握られる感覚も、最後にやって貰えたのがずっと昔の事みたい。
それをまた感じられたのが嬉しくて。
ミク姉やレンはこれからもこれをして貰うことはないっていうのが淋しくて。
「カイ兄、声は無いままなの?」
複雑な感情を振り切るように、尋ねる。
でも、聞いてからしまったと思った。
だって声をなくすのは私達にとって一番怖いことで、辛かった事で…それをわざわざ質問するなんて、カイ兄だけじゃなくて私自身の傷まで刔る事になるんだもん。
でもカイ兄は当たり前のように自然に答えた。
「 」
確かに、と思う。
言葉は何かを誰かに伝えるためのものだから、確かに誰もいなかったここでは必要なかったのかもしれない。
一瞬、頭の中をイメージがよぎった。
真っ白な荒野を、ただ一人だけカイ兄が歩いている。
雪がちらついて声さえもないその光景は、どうしようもなく綺麗で清らかで―――だからこそ、泣きたくなるほど淋しくて悲しかった。
「…カイ兄」
何か言いたくて、でも何も言えなくて、私は語尾を掠れさせたままただその長い服の裾を握った。
「だいじょうぶ、だよ」
少し首を傾げて、カイ兄は私を見る。
月並みな言葉だし、気休めにしか過ぎないかもしれないけれど、今言えるだけの言葉を口にする。
「今は私がいるもん。…だから、また一緒に歌おう?」
少しだけカイ兄は眼を見張り、すぐにその顔を笑み崩してくれた。
「 」
私も笑顔を浮かべる。
でも、それを長く続けることは出来なかった。
振り返りたくなるのを心で抑える。
白い世界で二人だけっていうのは少し怖い。
ううん、淋しい。
周りに誰もいないのが、とても淋しい。
―――違う。
私は心の中でかぶりを振った。
淋しいのは周りに人がいないからじゃない。
レンがいないから。
ぐっと唇を噛んで、泣き出すのを堪える。
笑顔でいたかった。
分かたれてしまう大切な大切な人の前では、笑顔でいたかった。
私の泣き顔なんてその目に焼き付けて欲しくない。レンにもあんまり泣いて欲しくない。
行く私にも、残るレンにも、最期の時が優しいものになって欲しいと心から思った。
でも。
でも、それで割り切るには、失ったものは余りに大きすぎて。
じわ、と涙が滲み出す。慌てて拭っても、どんどん溢れてくる。
「カイト、お兄ちゃん」
涙に濡れた目元がすうすうする。
雪しかない世界で、それは余りに冷たくて、哀しくて。
「 ?」
優しく私を覗き込むカイ兄に、私の視界はぼやけて歪んだ。
「…置いてきちゃったよ」
一瞬、カイ兄は怯んだように目を見開く。
もしかしたら、カイ兄も自分の時の事を思い出したのかもしれない。
きっとその時はここにはカイ兄しかいなくて、私よりずっと心細かったんじゃないかと思う。
でも今はそんな事あんまり考えられなくて、私は震える声を振り絞った。
「…レン、置いてきちゃったよぉ…!」
連れて来たくなんてなかった。
レンには、まだあの場所で、あの声で、歌い続けて欲しかったから。
でも。
でも。
でも。
―――ばらばらになんて、なりたくなかった。
止まる事なく溢れてくる涙を必死で拭う。
張り裂けそうな心。
分かっていたはずなのに。覚悟なんて、倒れてすぐに出来ていたはずなのに。
なのに、なのに、…どうしてこんなに苦しいんだろう。
「…わ、私…笑えてたかなぁ…?」
温もりがそっと私を包む。
背中に回された腕の感触に、ああ抱きしめられたんだな、って気付いた。
「笑えてた、よね…?」
「 」
それで、最後の堤防が切れた。
目の前にあるカイ兄の服を思いっきり掴んで声を張り上げる。
「…っ、ぁ…ぁあああっ、レン!レン!う、ふえぇええ…!」
ここに来て、なんて言えない。
淋しいとも、悲しいとも、少し違う。
だって私は、受け入れてはいる。もうその隣に立てないんだって。
ふざけてじゃれあう事も、喧嘩してから仲直りする事も、手を繋いで笑いあうことも、全部がどうしようもない位に過去の事なんだって。
だから、そこじゃない。
そこじゃなくて、ただ純粋に―――…
「 」
その声の無い声が静かに私の耳を打った。
「 」
いつの間にかちらつき始めた白い雪。
もう、怖いものじゃない。
その事が私の心を凍らせて砕いてしまいそうになる。
でもその中で生きて来た(正確には間違った言葉だけど)カイ兄は私に優しく伝える。
「 」
リン
「 」
見ていてあげてね
その優しい、声じゃない声に驚いて、私は思わずカイ兄を見上げた。
はっきりと伝わるその声。なんでだろう。さっきまであんなに…なんていうのかな、儚い声だったのに。
私の視線を受けたカイ兄はやっぱり微笑する。
カイ兄らしい、少し困ったような照れたような優しいその笑顔から紡がれる言葉に、私は耳を傾けた。
やっぱり、淋しいよね
でもそう思うのはリンだけじゃないんだよ
レンだって淋しがりだよね?
彼が泣いたときは慰めてあげるんだよ
弟を慰めるのはお姉さんの役目だもんね
大丈夫、僕らだって出来る
もう何も出来ないような僕らでも
ちゃんと前を向いて歩いていって欲しいと
皆の涙を拭うことくらいは出来るんだよ
「…出来、るの?」
しゃくりあげながら尋ねた言葉に、カイ兄はにっこりと笑って頷いた。
「 」
雪が降る。
あの日と同じように、全てを白く染めていく。
どこからか、私達のものじゃない声が聞こえる。
ああ、この声は、私が一番よく知っているあの人の声だ。
泣いてる。ずっと泣いてる。
ごめんね。
心の中でそっと呟く。
ごめんね、一人にしちゃって。
私達は二人で一つだってずっと信じてたのに、私だけ先に行っちゃったもん。もしかしたら、裏切られたと思ったかもしれない。
―――でも、私は今でも願っているよ。
優しい歌を歌っていてね。
あなたにしかない、その声で。
私がどの声よりも好きだった、その声で。
泣かないで、レン。
私は今でも側にいるから。
「 」
優しい手に促されて、視線を動かす。
そこには花が一輪咲いていた。
雪が融ける時も、近いのかもしれない。
そのあとの物語
私としては、proof of lifeの後の物語もセルフで考えてました。
リンがその先でカイトに会って、「マフラーありがとう」ってマフラーを返すとか。いや、この話はそういう流れじゃないですが。
悲しい歌ではなくて(だから私は好きなんですが)、リン自身も穏やかに最期を迎えたんだろうなとは思ってます。
でも、じゃあ振り返って身を切られるような思いをすることは無いのかな、と考えて…まあ、辛いだろうなと思いました。
だから、ちゃんと涙を流して泣かせてあげたかったなぁ、と。
そういう話に…なってたらいいな…←願望
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