『セカイ』が消えるらしい。

マスターからそう聞いた時、俺はいったいどうしたんだったろうか。
確か、適当に流して「それより今日の夕飯なんにします?」なんて言って、マスターも「そうだな…昨日カレーだったから今日はなんかあっさりしたやつがいいかな」と答えて何事もなかったかのように普段通り過ごした。

別にマスターの言ったことを冗談だと思って信じなかった訳ではない。
マスターがそんな冗談を言うような人ではないのは解っていたし、『セカイ』が終わることはマスターに言われる前からネット経由で知っていた。
ただ、俺もマスターもそのことを大した問題だとは思っていなかっただけ。
だって、それは変えようのないことであり俺にもマスターにもどうしようもないことだから。



この『セカイ』は一年後に消える。

政府からその情報が正式に発表された当初は各地でパニックや暴動なんかも起きた。
「どうせ全て消えてしまうのだから」とおさえていた欲求を解放する人や自暴自棄になる人がいる一方、「消えるからといってそれまでに何が変わる訳でもない」と何事もなかったかのように以前と変わらぬ暮らしを続ける者もいて。
要するに俺とマスターは後者だった。

幸い且つ意外なことに、『セカイ』が消えとなった後もる電気・水道・ガス等のライフラインが途切れることはなかった。
聞いた話では、それらに携わりその仕事に誇りを持つ一部の人達が、最後までそれらを提供し続けることが自分達の使命だとして働き続けることを決意したのだとか。
勿論、停止してしまった施設もかなりの数あったのだが、普段通り生活しようとした人達が少なかったからか、需要の方も少なくなっていたためそれでも充分だった。




そうして、『セカイ』が消えるまで残すところ数週間となったある日。

「KAITO」

「んむっ…なんです?マスター」

テーブルをはさんで俺の向かいに座ったマスターが珍しく神妙な声で呼ぶので、俺は食べていたアイスの残り一口を口に押し込みマスターの方を向いた。

「KAITOは…『セカイ』が消えても、歌い続けたいと思うか?」

「へ?」

俺はマスターの質問の意図がわからず首を傾げる。
それを見て自分の言いたいことが伝わってないと解ったのだろう、マスターはこう言い直した。

「率直に言う。お前、シェルターに入る気はないか?」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

それでも僕らは歌い続ける 2:『回想』

毎回視点が変わりますが、一応これは前話の「再動」で登場したKAITOの話のつもり。
次はおそらく「再動」の続きになります。

前のバージョンで続きます。

閲覧数:212

投稿日:2010/05/12 22:25:54

文字数:988文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

  • 関連動画0

  • オボロン

    オボロン

    ご意見・ご感想

    こんばんは、スコっちさん。
    以前にも一度お邪魔したオボロンです。

    今回も拝見いたしました。
    いよいよ、物語の核心に迫る場面に入ってきましたね。
    歌うために作られた存在が、人のいなくなった世界でどのような行動をとるのかは、
    ボーカロイドの存在意義を問う本当に大きなテーマだと思います。
    それこそ「なんのために」ですね。(またデPが・・・)

    これからどのような展開を見せるのか本当に楽しみです。
    次回作期待しています。がんばってください。

    追伸 
    前編の中盤の終わりあたりの「普段通り生活しようとした人達が少なかったからか、
    供給の方も少なくなっていたためそれでも充分だった。」とありますが、「供給」ではなく
    「需要」ではないでしょうか?
    粗探しのようなことばかりしてごめんなさい。

    2010/05/12 21:55:12

    • スコっち

      スコっち

      こんばんは、オボロンさん。
      再びのコメント、ありがとうございます。

      うぉわぁー!本当、この場合「供給」じゃなくて「需要」ですね!
      今回は「シェルター」は間違えてないと思ったのに…恥ずかしい限りです。即刻修正しました。
      粗探しなんてそんな謝らないで下さい!
      むしろ指摘して下さりありがとうございます。

      次こそ気をつけねば…。

      内容については…そうですね、次はまた前の世界での話もちらっと入る予定ですが、やっと本格的に人間のいない世界での話に入ります。

      ボーカロイドが元々人間の作った歌を歌う為のプログラムとして作られたことを考えると、人間の存在とボーカロイドの存在意義は切っても切れない関係ですよね。
      今更ながら自分には大きすぎるテーマだったようにも思うのですが、せっかく期待してもらったので頑張ろうと思います。

      感想ありがとうございました。

      2010/05/12 22:54:36

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    こんばんは、すでに思いきり出遅れておりますが(汗)、読ませて頂きました。
    これはもしかしなくても、スコっちさん初の長編ですか!? 以前から書かれてるヤンデレ風味のカイミクも短編連作の形を取ってはいましたが、正式な長編は初ですよね!? うわー、これは先が楽しみだw

    人のいない世界で、ボーカロイド達が歌い続ける理由ですか。う~ん、すごく難しいテーマですね。
    それぞれに色んな葛藤がありそうです。特に、何も知らなかったミクはすごく苦しみそうですね。
    最初に登場したルカはマスターと一緒に消える道を選びましたが、確かにそれも1つの選択肢。シェルターの中で生き延びたボーカロイド達の中からは、やっぱり自分のマスターの後を追おうとする者も現れるんじゃなかろうかと思われます。うわ~、辛そうだなぁ……。(´・ω・`)

    ヘビーな設定ではありますが、その分、読む方としましては読み応えがありそうです。
    執筆、頑張ってください。次回を楽しみにしています。

    2010/05/08 00:42:40

    • スコっち

      スコっち

      こんばんは、時給310円さん。
      感想ありがとうございます。

      そうです、初長編です。
      私は文を書く時ほとんどの場合ふとした思い付きやその時の勢いで書くので大体短編になるのですが、今回はまず一つの世界観が浮かんでそこから書きたい場面がいくつか断片的に浮かんだので、それらをどう繋ぎ合わせたとこで全部書くには短編では無理だろうと思いこうなりました。
      しかしあまり根気がある方でないのでちゃんと最後まで書けるかは怪しかったり…いやいや頑張ります!

      人のいない世界でボーカロイドが歌うということは、真面目に考えると本当に色々な意味が見いだせますよね。
      人がそれぞれに考えて違う答えを出すようにボーカロイド達も歌やマスター、もう終わってしまった世界に対してそれぞれに自分の考えを持っているということ、そしてその考えの内容について、これから話を展開させる中で書いていければと思っています。

      では、応援ありがとうございました。
      頑張って続きを書いていきたいと思います。

      2010/05/09 00:06:08

クリップボードにコピーしました