「廉さん」
その声に目を開けると、襖の隙間からもれる朝日に目がくらむ。
静かに部屋に入ってきた凜は、優しく微笑んだ。
「おはようございます。」
ああそうだ、凜と一緒に住み始めたんだっけ・・・。
まだぼうっとする頭で記憶を探りながら、布団から立ち上がる。
「おはよう。」
「朝ご飯、出来ていますよ。顔を洗ってきてくださいね。」
「ああ、分かった。」
廊下の足音が徐々に小さくなってゆく。
俺は大きな欠伸をすると、冷たい水で眠気を覚ます。
「今日はいい天気じゃ。」
なんとなく独り言を言いながら晴れ渡った青空を仰いだ。
流れてくる味噌汁の匂いにつられ、俺は足早に台所へと向かった。
「おお、旨そうじゃな。」
嬉しそうに朝飯をお膳に並べる凜にそう声を掛ける。
「ありがとうございます。たいしたものではないですが・・・。」
「いやいや、俺ではここまで旨そうなものはできん。それにしても、随分嬉しそうじゃな。」
俺がそう言うと、ええ、と凜は頷いた。
「ずっと1人だったので、こうして誰かの朝ご飯を作ったりするのが凄く嬉しいのです。」
とびきりの笑顔を向ける凜に、俺も笑顔を見せる。
「そうか。じゃぁ、さっそく2人で食おう。」
「はい!」
凜の料理は凄く旨かった。
腹一杯になった俺と凜は、2人で町へと出かけた。
「今日は何時にも増して賑わっているな。」
「そ、そうですね・・・。な、な、何かあったのでしょうか?」
顔を赤くして動揺する凜。
人混みを掻き分けながら進む俺は、無意識に凜の手を握っていた。
「うあっすまん、凜!」
ばっと手を離すと、かああっと耳まで熱くなるのが分かる。
それを隠すように前を向いた俺の手に、小さな凜の手が重なった。
「り、凜!?」
あまりの衝撃に声が裏返った俺に、凜は俺よりも顔を赤くさせて言った。
「このままでいちゃ・・・だめ、ですか?」
「だ、駄目ってことはねぇけど、あの・・・。」
言葉が詰まる。
俺は声にならない言葉の代わりに、ぎゅっと凜の手を握り返した。
そのまま町を歩いてゆくと、人混みの中でも一際大きな人だかりがあった。
俺と凜は人の隙間からその人だかりの中心を覗く。
その瞬間、俺は息をのんだ。
「おい、お前、日本人じゃないな!」
「わ、私は確かに日本人じゃありませんが、だから何なのですか!」
「外国人には用はない!即刻出て行って貰おう!」
「そんな・・・!きゃああ!」
幕府の役人らしき格好をした男が、金髪の少女の髪を刀で乱暴に切る。
「おいお前ら、よく見ておけ!この忌まわしき髪の色を!」
足が動くまで、そう時間はかからなかった。
引き留める気持ちもなかったし、殺される恐怖もなかった。
ただ1つ、凜の声だけがはっきりと聞こえた。
「廉さん!」
俺は少女の前に立ちふさがり、幕府の役人を睨んでいた。
「なんだぁ?お前も外国人かぁ?幕府の役人に逆らうなんざ、命を捨てたと同然だぞ?」
にやにやと下卑た笑いを浮かべる役人を、俺は思い切り殴り飛ばした。
「お前・・・、何をする!」
怒り狂った役人が、腰の刀を構える。
きゃああっと人だかりから悲鳴が零れる。
「やめて・・・やめてください!」
「凜!?」
かたかたと震えながら、凜は俺と役人の間に割って入っていた。
「どけ!お前も斬り殺されたいか!」
怒りの収まらない役人は、凄い剣幕で凜に詰め寄る。
「すみません!・・・でも、どうか許してください!」
深く頭を下げる凜。
「ちっ・・・。まぁいい、今回はこいつに免じて許してやろう。だがな、またこんなことが起きたら、今度はお前を本気で斬り殺すからな!」
役人はそう言うと、人混みの中に紛れていった。
「廉さん!大丈夫ですか?」
凜は瞳に涙を溜めて俺を見た。
「ああ、大丈夫じゃ。・・・ありがとう。」
俺は無理矢理笑顔を作ると、凜の頬に伝う涙を拭ってやった。
と、そんな俺に、か細い声が掛かる。
「あの・・・、助けてくださって、ありがとうございました。」
美しい金髪をざっくりと切られてしまった少女だった。
「いや、礼には及ばん。・・・それより、大丈夫か?」
「ええ、迫害されることには慣れていますので。・・・それでは、失礼します。」
寂しく笑うと、少女は去っていった。
その夜、俺はぽつりと言った。
「強いな。どうしてあんなに強くなれるのか、俺には分からん。もしもあの子が俺だったら、俺はあの役人のことを殺していたかもしれん。」
凜は何も言わずに、ただ俺の話を聞いていた。
「外国人だって人間なんじゃ。同じように感情があるし、心がある。それを分かろうとしない幕府の考えは、間違っていると思う。」
「私も・・・、私もそう思います。」
凜を見ると、真っ直ぐに俺を見つめていた。
「・・・ありがとう。」
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