現代の科学の発展は様々なアンドロイドを生み出した。 工場、医療現場、交通現場、災害救助、等々。世界は確かに豊かになったが、逆に人間の働き口は格段に減った。ミスの多い「人間」を雇うよりも、アンドロイドを買い揃え作業させた方がはるかに安価でリスクも少ないのだ。 故に世界には失業した人間が溢れ、各国でアンドロイド雇用反対デモを巻き起こった。
アンドロイドは全面回収。隠れてアンドロイドを所持した者は目も飛び出るような罰金が科され、通報者には謝礼金が払われるようになったため、アンドロイド回収は数年の後に全て回収しつくされた、と報道された。
* *
「…って聞いてたんだけどさァ案外そうでもないみたいね…」
「大丈夫?」
ぜえぜえ肩で息をする私に、冷えた麦茶を差し出しながら言う友人(名前はシーマス。機械類の修理屋を営んでいる)。彼の手から麦茶のグラスを引ったくり、一気に喉奥に流し込む。 長いため息をついて背後のソファに座り込もうとして―――そうできないことに気がつき仕方なく床に座り込む。
振り返ったソファにいる先客。片腕と両足がもげ、ついでに頭部までもげてる不気味な先客。膝の上に転がした頭部は安らかに眠っているような表情をしている。青い艶やかな髪、柔らかく閉じられた形のいい唇、閉じた目蓋にかかる髪と同じ青色をした長い睫。 ―――憎たらしいくらい不気味で美しいアンドロイド。
「で? 何。オレに罰金払わせる気? 持ち込むなよこんな危なげな代物」
「いや…本当はさ、その場で業者に連絡して謝礼金ウッハウハの予定だったんだけど、思いがけない事実に気がついてしまって、慌てて来たのよ」
言って、ソファに背中を寄せてのけぞる形でアンドロイドの頭部を拾い上げる。だらんと垂れた内線と、首に密集した機械構造がシーマスによく見えるよう持ちながら、説明を始める。
「…これ、喉辺りの構造、格段に複雑でしょ? 見るからに。 だからさ、これ、もしかして―――」
「………ああ、間違いない。 なんだ、これ、ボーカロイドじゃないか」
シーマスが興味深げにアンドロイドの頭部の中身を見つめる姿に、やっぱりかと静かにため息をついた。 …とんでもないことになってしまった、まさか路上にホイホイ転がっていたのがまさか、ボーカロイドだったとは。
…アンドロイドの全面回収が発表された際、ただひとつ例外となっていたのが、「VOCALOID(ボーカロイド)」―――つまり、歌を歌うアンドロイド、だった。彼らは人が作った歌を歌うだけの存在であったため、それほど回収の必要はないと国は説明したが、実際の所ボーカロイドを愛する人間=享楽を愛する権力者や金持ち連中であったため、圧力がかかったのだと揶揄する声も少なくなかった。
人が作った歌を歌う。ただそれだけのことだが、そこには他の技術よりも群を抜く精密さ複雑さが必要とされたため、数も少なく、回収リストから外れているとは言えアンドロイドには厳しい世の中なので国への報告・登録も必須だ。現在世界全体に存在するボーカロイドの数を数えるのは恐らく両手で足りるだろう。
「…そのボーカロイドが何だって路上で分解?」
「さあ。でもこれで罰金かかる心配は無いってわけだ。それにこいつの持ち主探すのもぐっと楽になった」
小首を傾げた私に、シーマスは首の回線を避けて内部の金属を見せた。レーザーで細く掘り込まれていた文字は、はっきりとこう書いてあった。
――― 商品コード [ 27720 ]
VOCALOID NAME ――― [ KAITO ]
To Be Next .
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ご意見・ご感想
雨鳴
その他
こんにちわ、雨鳴です。
今回も読んでいただけて感無量です。
何と言ってもピアプロですので、ボーカロイドの設定は熱入れました…!
このような感じで他のボーカロイドも登場させられたらと思ってますので、
どうぞお付き合いくださいませ。
長さ、これで大丈夫ですか?
小説はそのあたりが難しいですよね…。
宿命と思って毎度泣く泣く文章をカットしています…
2009/07/24 16:40:03
ヘルケロ
ご意見・ご感想
こんにちは
ヘルフィヨトルです。
楽しく読ませていただきました。
分かりやすい説明があって、ポーカロイドをあまり知らない私にもよく分かりました^^
長さ的には読みやすいと思いますよ。
次回楽しみにしています。
私の今アップしている小説なんか5つに分かれてはいるが、総量は
「 B5 縦書き 二段 文字8.5 20枚 」
ですから^^;
2009/07/24 07:47:02