「は?」
単刀直入、俺は目の前にたたずむ女にそう問いかけた。
女はわざとらしく大きな溜息を吐くと、なんの感情も抱いていないかのような声で、話を続ける。
「はあぁ・・・。まったく、君程物わかりの乏しい奴は初めてだよ。僕の話をちゃんと聞いているのかい?そこまで理解力がないとむしろ凄いと僕は考え、君を崇め、称えたい衝動に駆られるよ。」
つらつらと皮肉っぽく言葉を紡ぐこの女こそ、先刻から俺に訳の分からない話をし続けている変な奴だ。
「君、本当に聞いているのかい?しょうがない、これがラストチャンスだぞ。耳をかっぽじって僕の話を聞きなよ。これでまた「は?」とか言ったら、君、一瞬で殺すからね。まぁ、実際殺っちゃっても僕には何も問題ないし、そもそも君を殺しにきたんだけど。」
「話すなら早く話してくんねぇ?」
女の顔が一瞬だけ強張ったが、ふん、と鼻を鳴らすと、気怠そうにほおづえをつきながら話し始めた。
「つまりさぁ、僕は君を殺しに来た。というよりは排除しに来た、と言った方が正しいかな?ほら、僕って天使でしょ?そんで、君は悪魔。双方が永年対立してるのは君ももちろん知ってるよね?それで、天使の集会、とでも言えばいいのかな。この間、暇人なお偉いさんが集まって、会議が開かれた。それで、僕ら天使に悪魔の一斉排除例が言い渡されたわけ。そんで、此処のエリアの担当は僕。だから、君を排除する。OK?」
自らを天使と名乗った女は、確かに姿形はそれらしかった。肩で切りそろえられた金髪、深い蒼目、純白の両翼。
一方、悪魔と呼ばれた俺も、それなりの格好をしている。黒を基調し、体の線がハッキリと分かる、肩がでるデザインの服に、赤目、後ろで小さく結んだ金髪、漆黒の両翼。
天使が言うように、俺たち悪魔とあいつら天使は、元々仲が悪く、今までも戦争になりかけたことが幾度もあった。
当然と言えば当然のことだが・・・。
「いやまったくOKじゃねぇんだけど。つかあんだよその理不尽な命令。」
「さぁ。あんなクソじじぃ共が言うことなんか知らないよ。・・・てゆーか、知る気もないしね。まぁ、そういうわけで。」
言うが早いか、天使は薄く笑う。
「さよなら悪魔クン」
天使の手から繰り出される鋭い光。
・・・ナイフだ。刃渡りは30㎝ほどで、寧ろ剣や短刀と言った方がいいかもしれない程の立派な物だ。一体いつ、どこから出した物なのか。分からない程の早さだった。
「ッち・・・」
なんとか交わしたが、右の二の腕から鮮血が吹き出す。
顔にはねた血を手の甲でグッと拭き取り、腰のベルトにさしてあった剣を引き抜くと、天使の心の臓を目掛けて力任せに飛びかかる。
「ふぅん、やるね。・・・でも、愚かだ。」
先ほどとは比べものにならないほどの、冷たい声。
「・・・っ!!!」
みぞおちに剣の持ち手が勢いよくたたき込まれ、激しい衝撃と鋭い痛みが走る。
カラン、と音をたてて、握りしめていた剣が宙を舞って地に落ちた。
息を整える間もなく倒れ込んだ背中に天使のヒールの片足がめりこむ。
「ぐ・・・っ」
目の前が霞み、肺が押しつぶされるような感覚に襲われる。
辺りには口から滴る赤黒い血が歪な模様を描いていた。
「・・・なぁんだ。つまんないの。もう終わり?」
拗ねた子供のような声で、駄目押しのように片足に体重を掛け、さらにぐりぐりと力を込める。
「っお前、爪が・・・甘い、って・・・言われねぇ?」
最大限の力を振り絞り、天使に向かって笑顔を見せる。
「はぁ?・・・っ!?」
天使の目が大きく見開かれる。
その視線はゆっくりと下へ向けられ、瞬く間に余裕に満ちていた表情が一変、恐怖へと変わる。
「ひ・・・、やぁあ ああ あ あ ああぁあっっ!」
悲鳴と共に、天使が後ろへと倒れる。
俺はなんとか立ち上がると、天使の足に絡みつく大量の「それ」を一匹つまむ。
「っ知らなかった・・・?悪魔って・・・さ、幻影とか・・・魔術とか、そういうの・・・もできるんだよね・・・。例えば・・・この、蛇・・・とかね。」
俺は体が震えて立ち上がれない天使の上に乗ると、喉元に刃を突き立てる。
「いやああああっああっあああああやめっや、あああっっっっ」
狂ったように泣き叫ぶ天使の頬を、そっと撫でる。
「・・・ごめん。俺・・・お前のこと、そんな・・・嫌いじゃないけど・・・。・・悪魔にも、天使排除・・・令が・・・出ててさ・・・。」
「・・・・あ・・あ・あ・・・。」
天使の虚ろに彷徨う視線と、喉から絞り出される言葉にならない声が、辺りを支配した。
自分でも驚くくらい、俺は冷静だった。
「サヨナラ」
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