いつもと変わらない夕飯の後、せっかく用意したんだからとばあちゃんにせがまれ袖を通した甚兵衛は確かに楽だった。
それより何より、同じように和室の奥に姿を消していたイトコがまさかの大変身だ。
あまりの衝撃に持っていた団扇がぱたんと落ちて、不思議そうに首を傾げた耳元では華やかな髪飾りが涼やかな音を立てた。
「レン?どうしたの、団扇落ちたよ」
「ああ、うん…」
可愛くなったなー、とは思ってた。
いや可愛いのは知ってたんだけど、昔は俺以上に活発で、胸だって…まあそこは今もそんなに変わらないけど。
小さい頃から大好きだった、夏休みだけ会える同い年の女の子。
俺より少し長い金髪に日に焼けた笑顔が眩しくて、まるで向日葵みたいだと思ってた。
けど小さくて泣き虫だった俺も成長期に入って背が伸びて、声変わりしたくらいからはそれなりに男らしくもなって。
俺も結構いけてんじゃね?なんて、そんな余裕が一気に打ち砕かれた気分だ。
何だよこれ、いくら何でも可愛すぎんだろ!
「んーでもどうしよっか…せっかく浴衣着たのはいいけど、別にどっかでお祭りやってるわけでもないし…」
唇を少し尖らせるようにして、小首を傾げて考える仕草も表情も全部反則だと思う。
仮に今日が祭りだったとして、こんなリンを連れてなんて俺は絶対に行かなかったに違いない。
もしはぐれて地元の野郎共に絡まれたりでもしたらどうすんだよ、危なすぎるだろ!
「いいんじゃねーの、スイカでも食ってのんびりしたら」
「えーっ、せっかく着替えたのに?おばあちゃんに髪の毛までやってもらったんだよ」
ほらねーと背中を向けたリンの髪型より浴衣からのぞく項に目がいくのは…まあ仕方ないよな、俺思春期だし。
てかばあちゃん首のとこ広く開けすぎだろ、どうせ何も考えてないんだろうけどとりあえずグッジョブだ。
思わず伸びかけた左手をなけなしの理性で抑えつけて、落ち着くための深呼吸はどう考えても不自然だったけど鈍感なリンは特に何も思わなかったらしい。
濃紺の浴衣は少し大人すぎるかとも思ったけど、それが鮮やかなリンの金髪をより引き立てていて綺麗だ。
「じゃあ花火しようよ花火!ほら、結構暗くなってきたし」
「いいけど花火は?今から買いに行くのめんどくね?」
「こんなこともあろうかと、ちゃーんと家から持ってきたんだよーだ!」
得意げに胸を張るリンが可愛すぎて、何ていうか俺はもうダメだ。
小走りで部屋に戻る細い背中を見送って、ふらふら向かった縁側に一人力なく座り込む。
コミュニケーションの一環で冗談っぽく触れることはあっても、こんなにドキドキさせられることはめったになくて。
マジ14歳男子の理性の脆さをなめんなよ、こんなもんキッカケがあれば一瞬でプッツンするんだからな。
「お待たせー!ね、いっぱいあるでしょ?」
リンが誇らしげに抱えてきた花火は、二人でするには確かに少し多すぎた。
それを一気に開けようとするリンに慌ててストップをかける。
若干不満げなリンはとりあえずスルーして、取り出したのはひらひら揺れる線香花火。
「勝負しようぜ。どっちのが長持ちするか」
「いいけど…何かいきなり最後っぽくない?」
「大丈夫だよ、線香花火だけでもこれだけあるんだし。何本かやって、後は最後にやればいいじゃん」
困惑顔のリンは適当になだめ、とりあえず線香花火を一本握らせて。
負けず嫌いのリンのことだ、どうせ何回かやってるうちにムキになってくるに決まってる。
もっと暗くなってイイ雰囲気になったところで告白の一つでもして、後はちょっとくらいイチャコラしたって罰は当たらないと思うんですけどどうですか。
物心ついた頃からずっと好きだったんだ。
脱がしたいなんて贅沢は言わないから、せめてキスくらいはさせてほしい。
「あーもうっ、また負けたぁー!」
むうと膨れる柔らかそうな頬に、拗ねたように尖った小さな唇に、視線が吸い寄せられて離れない。
ふと辺りを見渡せばすっかり暗くなっていた。
新しい花火を求めて伸びてきた、夜闇にも白いリンの手をそっと握る。
突然の体温に、びくりと揺れた細い肩がいとおしい。
「……リン、」
「レ…ひゃあっ」
少し力を入れて引き寄せれば、簡単に倒れこんでくる小さな身体。
驚いたように見開かれた大きな瞳は微かに潤んでいて、桃色に染まった頬を見た瞬間に理性がガラガラと崩れていく音がした。
肩に添えた左手に力がこもる。
顔を傾けてリンの顔に被せるようにして、
「あれー?リンちゃんとレン君、何してるのー?」
ガックリとその場に膝をついた。
恨めしく振り返ればツインテールを揺らしたちびっ子が無邪気な笑顔で立っていて、何ていうかもう、泣きたい。
「ミクちゃん?!い、いつ来たの?」
「さっきだよ!ねえ何してるの、ミクもいれてー!」
きゃっきゃっと笑いながら抱きついてきた小さな身体を慌てて受け止める。
そういえば、今夜からは他の従兄弟達も集まってくるってばあちゃん言ってたっけ。
耳をすませば聞こえてくる、大勢の賑やかな話し声。
ここからはスーパー子守りタイムだ。
ドタドタ走り回る子供達の気配が、俺とリンの穏やかな時間に終わりを告げる。
「あーっ、リンちゃんとレン君花火してるー!」
「リンちゃん浴衣だー!いいなー、ママーあたしも浴衣着たーい!」
「何か…一気に賑やかになったね…」
「ほんとにな…」
騒がしく家の中に戻っていったチビ共を見送って、全身の酸素が抜けそうな特大級のため息を吐く。
ゆっくりと腰を上げて甚兵衛に付いた砂を払い、客人だらけだろう居間に顔を出そうと回れ右したときだった。
「レン!」
リンの小さな手が甚兵衛の袖を強く引いた。
膝がかくんと抜けてお互いの顔が一気に近づけば、柔らかな髪がふわりと頬をくすぐって。
「レン、その格好すっごく似合ってる。ちょっとドキドキしちゃった」
「は…」
悪戯っぽく笑ったリンの言葉に思考回路がショートして、思わず立ち止まった俺の横を華奢な背中が踊るようにすり抜けていく。
つーか、普通コレ逆じゃね?
何で俺がこんなドキドキさせられてんの。
「あーあ…」
こんなはずじゃなかった。
俺の予定ではあのまま抱き寄せてキスをして、そのまま…リンにストップをかけられるところまでイッちゃうつもりだったんですけど。
「何だかなあ…」
まったく、どうしてこうもうまくいかないんだか。
こうして俺のジハードは、縁側に放置された大量の花火同様、明らかに不完全燃焼のまま終わったのだった。
線香花火と下心
(100809)
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