第二章 05
 翌日。
 朝の祭事のあと、焔姫は巫女の衣装から戦装束へと着替え、また街の正門前へとやってきていた。
 正門前には五百の兵士と将校、そしてナジームもいる。
 その最前列に立つ焔姫と彼女についてきた男の前には、昨日の貴族と軍人が再びやってきていた。
「……それで、汝らの意見はまとまったのかえ?」
 一応、焔姫はそう尋ねるが、昨晩の軍人とのやり取りの上、今回も貴族が馬から降りようとしない時点で答えは分かりきっていた。
「我らの要求は変わらぬ。西方の大国を馬鹿にしきった貴様らの条件など愚の骨頂、到底受け入れられるはずがないであろう。いいから早く我らのために街を明け渡すのだ!」
 つばを飛ばしながらなおも自らがいかに偉いか、焔姫たちがいかに愚鈍か、貴族がまるで見当違いな理屈を並べ立てようとしたところで、焔姫は今までで最も深いため息をついた。
「よかろう。余と汝らはどうあっても分かりあえぬ事がはっきりした。面倒な話し合いはもうやめじゃ。この際、ちょっとした遊戯で物事を決めるのはどうじゃ?」
「何?」
「姫、何を……」
 貴族だけでなく、背後に控えていたナジームまでもがぎょっとして声を上げてしまっていた。それが昨晩焔姫が言った「面白き事」なのだろうが、内容を知らされていない男はともかく、ナジームにすら話していなかったのか、と男は顔を青くする。
「何、単なる決闘じゃよ。余と、汝らの中で一番強き者で決闘をする。余が勝てば汝らは野垂れ死に、汝らが勝てばこの国を好きにするがいい。どうじゃ、戦などをして無駄に兵士を犠牲にする事も無く、面白いとは思わんか?」
「決闘に出るのは、貴様なのだな?」
 女性である焔姫を明らかにあなどった様子で、これはチャンスだとばかりに貴族は念を押してくる。
「無論じゃ」
 遅滞なく答える焔姫に、軍人はむしろ不審顔だった。
 男がそっと背後のナジームの顔を伺うと、焔姫の強さをその身を持って知っていて勝利を疑いもしていないからか、止めに入るどころか諦めが表情に出ていた。止めるだけ無駄だと分かりきっているのだろう。
「ルールはどうするつもりだ? まさか女だからといってハンデをつけるなどとは言うまいな」
「場所はここで、一対一で死ぬかどちらかが降参するかで決着。他の者の手出しは禁止じゃが、それ以外は何でもありじゃ」
「ふむ」
 貴族がうなずくのを見て、焔姫は挑発するように笑った。
「ハンデが必要なのは、余よりもむしろそちらであろう? 十分な食糧もなく、行軍の最中の食事など味気ないものばかりじゃろうて。その上しっかりとした休養も取れておらぬのなら、余がハンデを与えて差し上げてやらねば不公平かもしれぬのう」
「我が軍がハンデがなければ貴様に勝てぬなど、どこまで我らを愚弄すれば気がすむのだ!」
 挑発によるあからさまな誘導にも、貴族はあっさりつられる。焔姫は一番近い男にしか聞こえない声で「御しやすい阿呆よの」とつぶやいていた。
「では、ハンデは無しじゃな。やるなら早い方がよかろう。時刻は……そうじゃな、太陽が中天まで昇った時でよいかの」
「いいだろう。提案したのは貴様だ。負けたからといって文句を言うなよ」
「こちらの台詞じゃ。受けたからには、余が勝ったあかつきにはちゃんと飢え死にしてもらおうぞ」
 焔姫と貴族は、お互いに剣呑な笑みを浮かべる。
 その苛烈な強さを知っているだけに、万が一にも焔姫が負ける事など無いだろうが、それでも男はもしもの事を思うと気が気ではなかった。
「ひ、姫、本当に大丈夫なのですか? 王が何と仰られるか……」
 貴族たちが意気揚々と引き返していったあとで男がそう尋ねたが、焔姫は余裕の表情だった。むしろ余裕を通り越して、わくわくしていると言ってもいいくらいに瞳を輝かせている。
「そうじゃな。不安があるとすれば、こちらが女だからと相手が手加減をしてくる事じゃな。そうなれば興醒めじゃ」
 その言葉に兵士たちが喝采を上げ、ナジームは苦笑いする。ただ一人、男は天を仰いで呆然とするしかなかった。

ライセンス

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焔姫 10 ※2次創作

第十話

プロットを書く際には単に各話ごとに番号を振っていただけで、章単位での分割はしていませんでした。
なのでどこで分けるかをまだ悩んでいるところではあるのですが……今のところ、全九章前後になるんじゃないかなぁ、という感じです。

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投稿日:2015/01/20 23:15:48

文字数:1,686文字

カテゴリ:小説

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