―半刻後・議事堂にて―
百合李が議事堂に戻ると、堂内は殺伐としていた。かといって閑散としているわけではなく、内部は議員やそのお付の秘書の者たち、報道関係者が立ち話をしていたり今後の予定を確認していた。議員達の手には綴じられた数枚の資料が握られており、折り畳んでポケットに入れる者や手に持っている者など様々であった。ただし共通して彼らは、何処となく行き場なさげに資料を手に持っているように感じられた。
議事堂の内をして殺伐としていると言ったのは、言ってしまえば百合李の主観である。彼女は議事堂内の空気に殺気か気だるさか、何か忌々しげな気配を感じていた。そして百合李は気づいていた。少なからずその気配が、自分を目掛けて発せられていることも。
百合李の思う殺伐としている空気というのは、その字面どおりの意味であり、ともすれば妄想でも有り得そうな孤独感であった。彼女は早足で、総理大臣の待つ一室に向かった。
「只今戻りました」
「まぁ、遅かったじゃない。あなたの事だからさっと参拝を済ませて議事堂に戻ってきているものだと思ったわ」
「さすがに、参拝をさっと済ませようとは思いません。神前ですので」
「神様なんていないわ、そこに人間がいるだけよ」
「…」
「苦しんでいようがいまいが、真に人の上に立つものならば、遍く全ての上にある。地球が丸いなら、遍く全ての人間の上に存在しうるなんてもう物理的に不可能な話よ」
「これは総理、並々ならぬところに真理を突きまする」
「ならば神は宇宙のごとく全てを包みうるような存在かもしれませんね」
「そんなの神様じゃないわ、ただの宇宙よ」
「遺憾ながらに如何なる揶揄に、
御座いまするかなこの革命歌。
神を宇宙に例えたならば、
加味するべきはたゆたう星空。
神は宇宙を見やるやら、
宇宙が神を見やるやら。
歌えや凱歌、轟くままに。
謳えや誡火、煌めくままに。」
「うるさいわよ、しゅうま;史勇馬。私の邪魔をしない代わりに、お前が副総理の座に着く。契約違反は即討ち首よ。だいたい史勇馬も早くに居て仕事を進めるように言っておいたのに、何もしてないんじゃない?遅刻したの、怠けていたの、どっち」
「っと、失礼しました。昨晩より懐中が壊れ我が胸中も一寸狂い気味に」
「狂うのは頭だけで充分だわ。仕様もない男ね」
「焦燥負う総省、そう背負うでもなかれや?」
「もう全然分からないわよ…まぁ、着任受理の書類は百合李が管理してるんだから、あなたはあなたでしっかりしなさいよね。ホント、道化なんかに仕事なんか任してらんない。百合李、あんたも時間には気を張りなさいよね、ってまだ壱参時前か」
「任されようが負かされようが、名札があればひとまず;一先安泰。ま、お好きに」
「失礼しました。此方、着任者の先着資料です」
「はいはい、了解、確認終了…と」
コン、コン、コン。
「本日着任のものです」
「どうぞ」
「失礼します」
ガチャ。
「では、着任式に移ります。自己証明を」
「旧帝国陸軍一等兵、航空自衛隊第三航空団所属、こまきた;小牧田かいと;誡斗准尉であります。本日壱参〇〇を持ちまして、陸上自衛隊帝都本部発令、国政警備隊指揮官に着任致します。此方が正式資料で御座います」
「ん、ありがと。壱参〇〇丁度の着任ご苦労様、小牧田准尉。国会のお偉方は皆さん揃いも揃ってまぁ時間に怠慢だから、こういう方には好感沸いちゃうわ。でも戦時の所属証明はいらないわね、古臭いったらない。…あら、尾張の出なのね、私がっかり」
「地方行政区分の旧姓を用いられるとは、総理も古臭いのがお好みでは」
「ええ、好きよ。古き良き強国、日本。懐古主義とでも言うのかしらね。でも准尉、自分の敗戦歴を語って何が楽しいのよ。新月を嘆く位なら星を集めなさいな」
「お言葉ですが、星は奪うものです。満天の星空は今は米国のものと」
「言うな!」
「!?」
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黒うさP『千本桜』の自己解釈・二次創作小説です。
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