第四章 02
「なれが演奏で失敗を繰り返すとは、珍しい事もあったものじゃの」
祭事が終わったあと、王宮の広間で男はそう釘を刺される。
「……申し訳ありません」
「何か、考え事をしているようじゃったが」
焔姫の視線に、男は肩を縮こまらせる。
「それは――」
「話してみよ」
「……」
そう言われても、男はなかなか言う事が出来なかった。
当然だ。それは当の焔姫についての事だったのだから。
「余には言えぬ悩み事なのかえ?」
「そういう……わけでは……」
「では何じゃ?」
男は途方に暮れてしまう。だが、それでも言えるわけがなかった。
「……なれが余をいらいらさせて面白がるくちじゃとは思ってもおらんかったわ」
「け、決してそのような事は!」
あわてて反論するが、焔姫がにやりと笑ったのを見て、男は自分が引っかかったのだと遅ればせながら気づく。
「ほう。なら……どうすればいいか、分かっておるの?」
「……」
男は思わず頭を抱えてしまう。どだい、焔姫に口論で勝てるはずがなかったのだ。
こうなっては、男から聞き出すまで焔姫が引き下がらないだろう。さすがに男もそれくらいは理解出来る。
「怒り……ませんか?」
「内容次第じゃ。内容を知りもせぬのに、そのような約束が出来るわけ無かろう」
焔姫の言葉は正論過ぎて、男はうなだれるしかない。
「しかし……そうじゃの。仮に怒っても、なれに宮廷楽師を辞めさせようとはせぬ。それくらいは約束してやってもよいぞ。ま、自ら辞したいと言うなら別じゃがの」
「……ここでの生活は充実しております。辞めたいなどと思った事はありません」
そこまで考えていなかった事もあり、男は素直にそれだけは告げる。焔姫は男の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「それはよかった。じゃが、それとこれとは話が別じゃからの」
そのまま話が逸れてくれれば、などと期待したが、そんな都合のいい事があるはずもなかった。
「……」
男は一度目を閉じ、深呼吸をすると、覚悟を決める。
真剣な表情で目を開く男に、焔姫も笑みを消して男の言葉を待った。
「姫は……まだ、悔やんでおいでなのですか?」
「何の……事じゃ?」
冷静に返す焔姫。だが、普段の焔姫ならかすかにでも言葉をためたりする事はなかったはずだ。それは、男にしか気づく事のない間ではあったが、図星だったのではないかと男には思える。
「鎮魂の儀から……ずっと、姫は落ち込んでおられのではないかと思えて」
「……ほう。なぜそう思う?」
焔姫が少しだけ眉をひそめてみせる。
男はそんな焔姫を直視出来ず、うつむいてしまう。
「なぜ……と仰られても、自分でもうまく説明出来ません。ただ何となく、そんな風に見えるのでございます。普段の立ち居振る舞いが、元気がないように見えて……。他の方は、焔姫はいつも通りに見えると仰っています。ですので、私の勘違いであろうと思うのですが……」
「……」
返事のない焔姫に「そんなわけなかろう。何を言っておるのじゃ」と笑われるだろうと思っていた男は不安になる。
「姫は戦で素晴らしい戦果を挙げられ、勝利なされました。ですが、その勝利に殉じた仲間の事をまだ受け入れられていないのではないかと……出過ぎた事を言いました。申し訳――」
「よい。謝るでない」
頭を下げようとした男を制止し、焔姫がつぶやく。
男が恐る恐る視線を上げると、そこにはどこかあきらめたような顔をした焔姫がいた。
「……」
「……」
沈黙ののち、焔姫は深いため息をつく。
「仕方あるまい。……ついてまいれ」
やはり怒らせてしまったのだろうか、と怯えていたが、焔姫の声音には不思議と尖った響きはなかった。
焔姫は男に背を向け、どこかへと歩いていく。
焔姫の今までにない態度に、男は困惑してしまう。と、焔姫は振り返って男を見る。そこに特段の表情は見られない。
「……」
「……っ! 申し訳ありません、今まいります!」
焔姫がなぜわざわざ振り返ったのかやっと思い当たった男は、そう言うとあわてて彼女を追いかけだした。
焔姫 19 ※2次創作
第十九話
プロットを読み返して「ここはノって書けるだろうな」と思うところと、実際にノって書いているところが意外に食い違っていたりします。
プロットを書く際に「ここは書きたいところだ!」と思って会話も結構書いたりしたところは、やっぱり「ノって書けるだろう」と思ったりするのですが、すでに書くべき事がほとんど決まっているせいか、本文を書く際にはあまりぽんぽんと文章が浮かばなかったりします。
逆に、プロットの際にはあまり重要視していなくてプロットの量も少ない回で、予想よりもノって不思議と重要な会話をする事もあります。
こういう事は今までに無かったので、書いていてちょっと不思議な感覚です。
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