~stop to fly~

「ルカ姉、見てみて!!」
 ミクが私の服の裾をつまみ、笑顔で私を呼んだ。
「なに?嬉しい事でもあったの?」
 私も、彼女に笑顔を見せた。
 すると、ミクは背中に隠していた一枚の紙を見せて、
「じゃーん!!わたし、クリプトン事務所のオーディション、合格したんだよ!!」
 と喜ばしげに言った。紙に書いてあるのは、「合格」の二文字と華々しい装飾だった。
 私は、とっさにどう反応していいかわからなかった。
 正直、ウソだと思いたかった。でも、そんなわけはないということもすぐ解った。ミクは私に嘘をつかないし、彼女の歌ならば歌手デビューは近い未来当然だと思っていたからだ。
 けれど、私はやるせない気持ちを抱えた。
 実は、そのオーディションは私も受けていた。一度だけじゃない。何度も何度も、みんなに内緒で。
 私が黙っていると、ミクが訝しげに私を見た。
「ルカ姉、どうしたの?」
 いけない。ミクの前では、平気な顔しなきゃ。
「す、すごいよミク!良かったねっ!私、ミクならすぐアイドルになれるって思ってたよ!!」
 私は、いつもどおりの『優しいルカ姉』であろうとした。
 ミクがアイドルになることは、本当にうれしいと思う。ミクは私の大好きな妹で、大事な存在だから。
「良かった~。ルカ姉が喜んでくれて、嬉しい!!」
「私は、ミクが笑ってくれたらいつでも嬉しいよ」
 私もミクも、無邪気に笑った。いつもどおりだった。
 けれど、私は心の隅に痛みを感じていた。
 いつか、ミクが私の手の届く距離を遠く離れ、一緒に笑い合えなくなるんじゃないかという不安。
それは悲しいほど自己中心で、ミクの夢や気持ちを考えない事だ。
 必死に私は自分に言い聞かせる。ミクはずっと私の妹で、私の仲間なんだ。だから、きっとこのままで居られる筈なんだ。
 そう思うと、笑顔になれた。自分の気持ちを押し込めた笑顔だけれど、晴れやかな気持ちにはなれた。
「じゃあ、デビューライブ見に行かなくちゃね!!いつやるの?」
「うん。二ヶ月くらい後かな。がんばって練習するから、絶対来てね!!約束だよ」
「もちろんっ。期待してるからねっ」
 私たちは約束した。
 この約束が、私の空回りの始まりだということを、このときの私がわかる筈はなかった。

 音楽室へ行くと、何故かさっきまで抑えていた気持ち――やるせない焦燥感――がこみ上げてきた。どうして?胸が痛い。
 本当は、ミクのデビューが悔しかった。自分に劣等感を感じさせる。
 ミクに対してこんな気持ちを抱くのはこれが初めてではなかった。これまでも、ミクの歌の才能と実力に憧れることは何度もあった。
 つらい…。湧き上がる感情に対してだけでなく、親愛するミクに対してこの嫉妬に近い感情を抱く醜い自分の心を情けないと思い、二重三重と幾重もの苦しみが私をしめつける。
 こんな私が、ミクのデビューを心から祝福できるだろうか。その資格はあるのだろうか。そもそも、私が彼女を拒絶するのではないだろうか!?
 ミクへの『こんな気持ち』がここまで膨らむのは初めてだった。私は本当に嫉妬しているのだろうか。
 自分のものとは思えない、ミクへの醜い妬みが抑えても疼き止まない。
 少しずつ息が苦しくなり、頭部がぐつぐつと煮え立つように熱を帯びてきて、私は近くのピアノにもたれかかった。
 だめだ。忘れよう。今だけでも、この苦しみから解放されたい。
 そうだ、歌。辛い事があっても、いつだって歌は私を支えてくれたんだ。
 今度もきっと大丈夫。歌が私を励ましてくれる。
 その時、戸が開いて男の人が入ってきた。
「遅れて済まない、ルカ」
 入ってきたのは神威がくぽさん、通称がく兄さんだった。
 がく兄さんは私の歌の先生だ。元はこの音大のOBで、歌がとても巧い。しかも、私のいとこである。
「ルカ、どうした?顔色、良くないぞ」
 がく兄さんは心配そうに私の顔を覗き込んだ。
 いけない。平気な顔しなきゃ。がく兄さんに心配かけたくないし、それに、歌が。
「大丈夫です。それより、早く歌を」
 私は平然を装い、笑顔で言った。何故だろう、さっきから、笑顔を見せるのすら辛い。
「本当か?ダメなら、今日は中止にして…」
「いいえ、出来ます。やりたいです!」
 私が言うと、がく兄さんは安心したように微笑んだ。
「そうか。じゃあ、発声から…」
 レッスンが始まった。
 するとすぐ、私は声に異変を感じた。なんか、うまく伸びない。
 それだけじゃない。音程も、声量も、すべてが私のコントロールを外れて好き勝手に暴れている。
 こんなんじゃ、ミクに置いていかれる!!
「ルカっ、やっぱり調子悪いか!?もう止めとけ!!」
 だめっ…いま止めたら、私は…。
 その意に反し、私の足は力が抜けてよろけた。
「ルカ!!」
 がく兄さんが私を支える。私は慌てて体制を立て直した。
「ごめんなさい、がく兄さん」
「いいから、早く保健室へ!」
「いえ、大丈夫です。今日はもう帰ります」
「なら俺が送ってく。車まで歩けるか?」

「ルカ、気分はどうだ?」
「はい。さっきより少しいいです」
 私は外にあるがく兄さんの車に乗った。助手席の私の隣で、がく兄さんが運転している。
 どうしよう…。がく兄さんに迷惑かけてるな…。
「ルカ、今日、どうした。何か、嫌な事でもあったか?」
 嫌な事。それは、無いはずだった。あったのはいい知らせなのだ。
 私が首を横に振ると、がく兄さんは、
「じゃあ、いい事はあったのか」
 と言った。
「知ってるんですか?」
 私はそれだけ尋ねた。がく兄さんのことだから、私の聞きたいことは解るはず。
「ミクのことか?」
 やっぱり知っている。
「あの子はすごいな。オレと同じくらいの年でプロデビューだもんな」
 そうだった。がく兄さんも元はプロのロックシンガーで、ミクと同じ16歳のデビューだった。
 この人も、歌の才能溢れる天才歌手なのだ。
 それなのに、私は…。
「ルカは、どう思った?」
 がく兄さんは唐突に聞いてきた。いつも通りの微笑を浮かべながらだったが、神妙そうな声だった。
「どう思ったって…」
「自分の歌と比べて」
 その質問は既に痛んだ私の心を再び抉った。
 ミクの歌と自分を比べてどう思うか?どうしてそんな事を聞くの?
「…私はミクには敵いません。きっと、ミクには才能があるんだと思います。私程度には、とても追いつけない」
 そういうと、がく兄さんは何か考えるように前を見つめ、やがて「そうか…」と言った。
 私が、何故そんな事を聞くのか、と言おうとしたその前に、がく兄さんは、
「ルカがそう思ってるんなら仕方ないな」
 と言った。
「仕方ないって、何が?」
「歌の練習はしばらく休みにしよう。これ以上は意味が無い」
「えっ!?」
 それは、とどめに聞こえた。しかし、がく兄さんは優しく笑っている。
「そう暗い顔するなよ。ルカだって、そのほうがいいと思ってるんじゃないのか?」
 そう言われ、気付いた。私はもう歌に頼れないこと。がく兄さんは、それを気付かせようとしたこと。
私に自覚させるためだったのだ。私とミクとの力の差を教えようとしているのだ。でも、そんなものは私にとって、既にいっぱいいっぱいだった。
「しばらく休むといい。そうしないと、見えないものもあるだろうさ。何を考えるか、これからどうするかは、ルカしだいだ」
 がく兄さんの言葉に、私は頷いた。
「もし、お前が何かに気付けたら、その時は俺も本気で向かう。繰り返すが、これからを決めるのはルカ自信だということを、解っていてほしい」
 がく兄さんが何を言いたいのか、若干わからない。けれど、これだけはわかる。
 私が再び歌に帰れる可能性は、低いだろう。
 がく兄さんは、私に限界を感じたのだろう。それは私自身も感じた事だ。
 ならば、歌を離れろ。その方がいいと、優しさで言っているのだ。
 これ以上、私ばかりに気を使わせたくない。がく兄さんは他の歌い手からも人気の先生なのだ。
 だから、私は首を横には触れなかった。また、それでいいと思った。
「わかりました。今までありがとうございました」
「ああ、…辛い事もあるだろうが、頑張れルカ」
「はい」
 やがて車は私の家に着き、私は礼を言い車を降りた。
 歌を諦めたことへの悲しみは、ほとんどなかった。

 薬を飲んで、すぐ横になると、即座に眠気に包まれた。そして、目を覚ましたのは夜中の日付をまたいだ時間の少し後という半端な時間だった。
 まだ少し頭が痛いが、充分眠ったせいか、むしろ気が冴えた。
 夕方のがく兄さんの言葉を思い出す。私は歌を諦めた。ミクやリン、レンがなんと言うか少し心配だが、いつも通りの姉で居ればさほど問題は無いだろう。
 何より、もう歌いたくなかった。私の歌は自分を苦しめ、皆との溝を作る悲しみのもとなのだ。
 このまま歌うことはむしろ、プロになったミクと私との関係を悪化させるだろう。これからは、彼女の第一のファンになろう。そう決めたのだ。彼女は私の大事な妹なのだから。私は歌の道をやめ、別の生き方を見つける。それでいいのだ。
 机の上のライトをつけた。部屋を淡い蛍光灯が照らす。
 私は読みかけの雑誌を見つけた。それを拾い上げ、特に目的も無くぱらぱらとページを捲る。いつもは読み飛ばすページでも、今日は拾い読みする気になった。
 すると、手の止まったページ――ファミレス店の求人広告――に興味を持った。
「バイト…そういや、やったことなかったな…」
 私は、今まで私と無関係と思っていたことに関心を抱き、同時に淡い期待が胸に宿るのを感じた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

小説 巡音ルカの旋回:第一話~stop to fly~

 うp主です。。
 前書いたわけのわからん小説はどっかいきました。orzミ
 責任感のないうp主です。
 
 今作はルカ小説です。ボカロで一番好きなルカです。
 ルカで小説を作ルカと思ったわけです。
 
 この作品にはモチーフの曲があります。とは言っても勝手に解釈ですが。
 アゴアニキ様の神曲・ダブルラリアットです。
 とても素晴らしい曲を、僕なんぞがモチーフにするのはまさにアリが神に挑むようなおこがましい事ですが、本当に大好きな曲でしたのでやってしまいました。寛大に見てやってください。
 また、なたさんのPVも非常に感化されました。両神作に多大なる感謝を。

 素晴らしい歌:http://piapro.jp/content/27xqeq9ynlrg90w3(アゴアニキ様)
 素晴らしいPV:http://www.nicovideo.jp/watch/sm6266149(なた様)

 ここいらで、神曲ダブラリについての薀蓄と自分の考えを。
 この歌はルカらしい歌です。そしてとても深いです。ルカに似合う曲です。
 僕は「何か大切な事を考えている人」というのは男女問わず大好きなのです。
 誰しも悩みを抱えるものですが、ルカはそれを乗り越える強さを持つ人だと思います。ダブラリから感化されたものも同じ「強さ」です。
 文章を学んだ事も無いこんな素人の僕ですが、こんな僕にダブラリは大切な「強さ」を教えてくれたと思います。
 ですので、それと同じように、この小説から誰かに大切な事が伝わると良いと思い、それを願い、そのために努力していこうと思いペンをとりました。
 勝手なことを長々と言いました。堅い事は気にせず、本作をお楽しみください。

 これからも続くと思います。しばしのお付き合いよろしくお願いします。

閲覧数:832

投稿日:2009/06/27 21:28:07

文字数:4,004文字

カテゴリ:小説

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