14

 私が呆然とつぶやいてしまった言葉に、その男の人はぴくりとして動きを止める。
『……え?』
 その人が反応するなんて思ってなくて、私は思わず声を上げる。そんな私の声は、呼ばれるなんて思ってなかったって感じの男の人の声と重なった。
 その人が振り返る。
 思い出より高くなった身長。
 思い出より凛々しくなった相貌。
 思い出より低くなった声音。
 けれど。
 思い出と変わらない優しげなまなざし。
 思い出と変わらない物腰。
 思い出と変わらない雰囲気。
 ああ。
 間違いない。
 間違えるわけがない。
 そんな、うまく説明できない確信があった。
 変わったところもあるけれど、その人は彼――浅野悠だった。それ以外、ありえなかった。
 涙があふれる。
「み……み、く? 本当、に?」
 とまどうように、そう言う。
 一歩も動けない私に近づいていいのかためらうように、彼はおずおずと歩いてくる。
「どう……して?」
 その人は、間違いなく悠だった。
 だけど……いや、だからこそ信じられなかった。
 もう会うことのできないその人に、なぜこうやって……しかも、前ぶれもなく突然に再会するなんて。
 ……夢かもしれない。
 涙でにじむ視界がもとに戻ったら、やっぱりそこには誰もいないのかも。
 そんなバカげたことまで考えちゃって、あわてて涙をぬぐう。
 けれど、彼は変わらず目の前に立っていた。
 夢なんかじゃ、なかった。
「おととい帰って……きたんだ。でも、どうすれば会えるかわかんなくて。それで、インターハイの予選があるって知って、もしかしたらって――」
 そこまで言って、彼は口をつぐむ。
 ……そうだ。
 私たちは、最悪の別れ方をした。はじめにしなきゃいけないのは、そんな話じゃない。
「未来……。本当に、ごめん。それを、伝えなきゃって思って――」
 少し離れたまま立ち止まると、彼は頭を下げる。
 私はそんな彼の姿にほんのちょっとだけ冷静になって、私のほうから彼へと近づいていった。
「悠……?」
 私の呼びかけに、すぐそこにいる彼は少しだけ顔を上げる。
「み――」
 そう言いかけた彼のほほへと、私はあのときと同じように平手打ちをした。
「……これは、黙っていなくなったぶん」
 呆然としている彼に、私は小さくつぶやく。
 その言葉に、彼はどこか悲しそうな表情をしたけれど、なにかを納得したみたいだった。
 その納得は、見当外れもいいとこだった。
「うん……ごめんなさい。もう、未来に迷惑はかけないよ。もう、会わないようにするから――」
 その言葉が本当に許せなくて、私はまた平手打ちをした。
「それが……本気だったら、もう一回ひっぱたくからね」
 鼻をすする。涙がほほを伝って地面に落ちる。
 彼は呆然としたまま目をぱちくりさせて、その私の言葉の意味を考えてるみたいだった。
「許して……くれるの?」
「そんなわけないでしょ」
 私はもう涙声だった。
「あれから、私がどんな気持ちだったと思ってるのよ」
「それは……」
 彼はうつむいて謝る。
「……ごめんなさい」
「……バカ」
 我慢できなくなっちゃって、私は悠に抱きついてしまった。
 胸元に顔をうずめて、悠の身体を抱きしめる。もう二度と、いきなりいなくなったりできないように。
「許さない……からね」
「……うん」
「さみしかったんだよ」
「うん」
「悲しかったんだよ」
「うん」
「バカ。悠の……バカ」
「うん。ごめん」
 おずおずとだったけれど、悠も私を抱きしめ返してくれた。それが、言葉でなんて全然言い表せられないくらい、すっごく嬉しかった。
「この、三年間」
「うん」
「ずっと未来のことばっかり考えてた」
 その言葉に、涙がどんどんあふれてきた。
「うん。私も……だよ」
 止めどなく流れてきちゃう私の涙は、悠の服をいっぱい濡らした。
「もう……ずっと、こっちにいられるの?」
「うん。父親の転勤の任期が終わったから」
「また転勤、とかならないの?」
「それは……わかんないけど」
「じゃあ……」
「でも、もう高校生だし、そのときは一人暮らしだってできるよ」
「そっか」
 じゃあ、ずっと一緒にいられる。
 そんなこと恥ずかしくて言えなかったけど、でも、それを聞いて私はやっと安心できた。
「悠……」
「……なに?」
 ぎゅっと、抱きしめる手に力をこめる。
「この、三年間」
「うん」
「この三年間を取り戻すまでは、絶対離さないからね」
「わかった」
 悠の顔は見れなかったけど、ちょっとほほえんだみたいだった。
「じゃあ、取り戻し終わったあとは、僕が未来を離さないよ」
「うん」
 胸が熱くなった。
 こうやって話をしてる今でさえ、こうやって悠を抱きしめている今でさえ、初恋の人がここにいるんだってことが信じられない。
「悠」
「……未来」
「……私、ね?」
 あのとき言えなかった言葉を、今はちゃんと伝えなきゃって、そう思った。
「私、悠のことが――」

 悠。
 あなたを見つけた、あの夏の日のことを私は忘れない。
 それは遠い日の、茜色の記憶。
 そして今。こうやってまた、私はあなたを見つけた。
 今日の夏空はとても深い青色で、私の思い出とのコントラストを作り出している。
 ほんのついさっきまで、私の初恋は終わってしまってて、悲しい失恋の思い出だと思ってた。
 けれど、思いもかけない再会があって、お互いの気持ちは全然変わってなくて……こんなことあるなんて思ってもいなかった。
 幸せは、想像もつかないところに、予想外に転がっている。
 この三年間、私は自分のことが不幸だって思ってた。でも案外、そーゆー気持ちって簡単にひっくり返っちゃうものなんだって思い知らされた。
 だから、この幸せを絶対に離さないように、あふれかえってしまいそうな気持ちを彼にあずける。
 私のはじめての……キスとともに。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

茜コントラスト 14 ※2次創作

最終話

ここまでお読みくださった皆様、ありがとうございました。
そして原曲のdoriko様には、感謝してもしたりません。こんな駄文で申し訳ない限りです。

とはいえ、全体の構成としてはピアプロに載せた中では一番クオリティの高いものになったんじゃないかな、と思います。
まぁ、そういうのって読んで下さった方々の評価が一番重要ですから、書いた本人のそんな自己満足度なんて大した意味もないような気がしますけれど(苦笑)

文章量としては「ACUTE」とほぼ変わらないくらいです。
長々書くよりは、ピアプロはこれくらいの短編のほうが相性は良いんじゃないかなぁ、と思います。

書いていた期間的には2週間ほどでしょうか。
これからまたオリジナルの続きに戻ろうと思います……が、この分量のものを2週間……オリジナルは現状でこの約2倍の文章を書いているんですが、そっちはそれだけ書くのに半年もかかってるなんて……このペースの違いはいったい。

……ともかく。
また例によっておまけがあります。
気になる方は前のバージョンへとお進み下さい。

次回更新予定はありませんが、またオリジナルに行き詰まったり、すばらしい楽曲にいろいろ想像がふくらんだりしたら更新しようかな、とは思っています。
待っていて下さる方がいるかどうかはわかりませんが、気長にお待ち頂ければ。

今回は結構書いていて楽しかったです。
最終話もきゅんきゅ(以下略)

閲覧数:207

投稿日:2014/09/14 13:19:59

文字数:2,446文字

カテゴリ:小説

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  • ganzan

    ganzan

    ご意見・ご感想

    こんばんは。いつも拝読させて貰っています。
    周雷文吾さんの新作、それも純愛ものということで、少し逸ってページをめくりました(「ロミオとシンデレラ」にはかなり引き込まれたもので……)。

    日記というか、手記を読み返しているような文体なので、地の文が少女の声で脳内再生されているような気分になりました。

    前半の二人の初々しさに思わずニヤけてしまう……一度くらいこんな恋愛がしてみたい(^^;
    平手打ちで不安を表してしまう初音さんも、顔を合わさず手紙で別れを告げる浅野君も、全てが初々しくて、徹底して初恋を書かれているなぁ……と感じました。

    12話が読んでて辛かったです。
    過ぎていく時間のなかで、続くはずだった幸せな時間をふと思い出しては泣いてしまう初音さんが切ない。こういうときは彼以外からのどんな慰めも届かないんでしょうね。

    そして、ハッピーエンドが好きな私としては話の締め方に最上級の賛辞を! 敢えて捻らない、ベタな展開がとても好みです!
    最後まで平手打ちスタイルを崩さない初音さんもステキでした(笑)。

    作りとしては王道のガールミーツボーイ(?)なんだと思いますが、しっかりツボを押さえた作品なら感動できるし、面白いのだということを再度実感させて貰いました(なんか偉そうでスミマセン)。ありがとうございました。

    2014/09/21 23:43:28

    • 周雷文吾

      周雷文吾

      >ganzan様

      またのメッセージありがとうございます。書いている最中「俺は少女マンガ的展開とかのほうが向いているかもしれない」とか思った文吾です。

      自分としては久しぶりの純愛ものでしたが、ご期待にそえる出来になっていたでしょうか? もしそうなっていれば、これにまさる喜びはありません。

      当初は、いい雰囲気だったのに突然悠がいなくなってしまって……という展開で考えていたのですが、例の平手打ちのせいで未来嬢の落ち込みっぷりが激しく、九話以降が書いていてつらくなるほどでした。未来嬢、なんで手が出た(笑)

      > 一度くらいこんな恋愛がしてみたい
      いやほんと、全くです(笑)
      今回、初恋の初々しさを出すことにはけっこう気を使ったつもりです。
      しっかりと伝わったようで、ほっと胸をなでおろしている次第です。

      十二話は、二番の歌詞にあわせた結果こうなったのですが、実は「歌詞の消化を優先せずにもっと短くするべきなのかも」と思っていました。
      ですが、結果として過ぎてゆく時間に呆然としてしまっている未来嬢の気持ちが伝わったようで、それはそれでよかったのかな、と思います。

      > 話の締め方に最上級の賛辞を!
      ありがとうございますー!(ふかぶか)
      その言葉を見て思わずニヤニヤしてしまいました(笑)
      原曲の歌詞は、どうもハッピーエンドではなさそうに感じたりもするのですが「いいや、そんなことはない!」と若干開き直り気味でした。
      言い訳をすると、歌詞上でははじめとラストのサビで、トータルで二回「あなたを見つけた 夏の日」という歌詞があります。はじめのサビを中学時代に、ラストのサビを高校時代に当てはめているつもりです。
      十三、十四話を書いているときは「こうするしかない」と思っていたので、ひねることは思いつきすらしませんでした(笑)
      最後で悩んだのは未来嬢にちゃんと「好き」と言わせるかどうか、キスをさせるかどうかでした。
      結果としてちゃんと書いてはいませんが、いい感じに初々しいままで、読んでいて「ちゃんとそこまで書いてよ!」とウズウズしてくれていたら自分としては成功のつもりです(苦笑)

      現状では次回更新予定はありませんので期間は開くと思いますが、またそのうち、書くことがあればお付き合いいただけると嬉しいです。
      こちらからもありがとうございます!

      それではまた!

      2014/09/23 22:02:07

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