自供の中で判明したことだが、犯人は犯行を警察が想像していた以上に重ねており、しかも日本のみならず世界各地で起こされたものだったらしい。故に、割合犯行の多い場所にある、もっと大きな警察署へ移される―――その途中のことだった。 彼が突然呻き苦しみだし、慌てて車を止めた所不意をつかれ、逃走を許してしまったそうだ。 犯人は取調べでも延々ラドゥエリエルのことを呟き、試作品ではなく「本体」を、私が持っていると、思い込んでいる様子だった、と、警察官は言っていた。 恐らくは私を狙ってやってくるだろうから警備をつけるとのこと。
「………嗚呼警察。このやろ警察。ちっくしょ、警察ううううう」
「文句言いたいのはわかるが。しゃーない。警察も人間だ」
「どうするの。うちには可愛い可愛いヘタレとせくすぃさんとショタとロリがいるのよ」
ラドゥエリエルではないという理由でボーカロイドを壊して回るような危険な犯人だ、もし犯人がこの家を突き止めたとして、ボーカロイドたちが彼にとって「邪魔」だと判断されたとして、どういうことになるか―――考えただけでもぞっとする。 知らず知らずのうちに己の体を抱いたとき、ぴんぽーんと今度は気楽なチャイムの音が響く。 立ち上がりかけた私を諌め、シーマスが玄関の方へと向かった。 数分後、戻ってきたシーマスの後ろに立っていたのは―――
「…こんにちは、若草さん! 世界の歌姫、初音ミクがあなたに贈呈されにやってきました! はい権利証と諸々の書類。おめでとう私のニュー・マスター!」
「あああああああああああこんなときにいいいいいいい」
「え? 何かあったんですか?」
青い長いツインテールをゆらして小首を傾げる初音ミク。可愛い。メイコのようにセクシーな色気も、リンほどのロリータ独特の魅力も無いにも関わらず、彼女には人を惹きつけるカリスマじみた魅力と輝きが備わっていた。 通常の状態ならばお嬢さん可愛いねおねえさんと遊ばないくらいのことは言っていただろうが、今はそんな余裕もなく、はあとため息をついて額を押さえる。 混乱しきった脳味噌を一度落ち着けてから、まずは恒例の「マスターではなく友人で」という要求と、今まで起こったことを説明する。 大人しく話を聞いていたミクはぽんと両手を打ち合わせ、「なぁんだ」と言い、明るい笑みを浮かべた。
「だったら簡単ですよ。 釣ればいいんです」
「は?」
「犯人はラドゥエリエル本体を若草さ―――いえ、常磐さんが持ってると思ってる。だったらそれを利用してやればいいんです。サイコな野郎なんて大体は自分の妄念しか頭にありませんから、警察が見張ってようが何だろうが、目の前にラドゥエリエルがいれば食いついてきますよ」
「………」
ミクの作戦は、確かにいいかもしれない。だが問題がないわけでもない。 彼は私をラドゥエリエルの音声データの主だと思っているから、もしその作戦を使うなら私がラドゥエリエルに扮する事は難しいだろう。 私がいないことに、すぐに気がつくはずだ。そして、一度使った『ラドゥエリエルに扮しコンサートに紛れ込んだ若草 常磐』を連想し、そう簡単には姿を現すことはない。 同じ理由で、あの場で顔を合わせたボーカロイド四人が扮装することも難しい。彼らが私の側にいるボーカロイドだということは調べればすぐにわかることだ。
上手くいく可能性はあっても肝心の要がどうしようもない作戦だ。 眉を顰める私に、初音ミクはにっこりと微笑んで自分を指差した。そして丁度頭の天辺に広げた掌を翳し、その手をそのまま私の頭の天辺へと移動させる。 …ちょうど同じくらいの位置で水平移動する、掌。
「………。 …本気?」
「共同生活は第一印象が肝心。 お役に立ちますよ、常磐さん」
「でもミク。あなた、一度壊されかけてるでしょう。 …そんな恐い目、二度と合わせられない」
そう言うと、何故かミクは目を丸くしてぽかんとした表情を浮かべた。 続いてくすくすと笑みを零し、「あの時は動きにくい服で“もうすぐ歌わなきゃいけない”っていうことが頭にあったから、」と言った。 …もうすぐ歌わなきゃいけない、って、そんなことが壊される壊されないの選択肢に影響を及ぼすのだろうか。 眉を顰める私にミクはやはり笑顔のままで、言った。
「常磐さんはお肉です。替えがきかず、治療は難しい」
「………」
「私は、機械です。スペアの部品は山のように作れるし、腕のいい修理屋ならものの数分で直せます」
「………、残念だけどね、ミク。 私は、そういう考え方、随分前に出来なくなった」
ミクの来訪に興奮しきりのボーカロイドたちを見やり、苦笑を浮かべる。 バラバラのカイトを拾った時には思いもしなかった変化があった。機械の体に宿る何かを知った。 そしてその何かは、今尚、成長し続けている。 同じボーカロイドとして言葉に出来ない「異変」を感じ取ったのか、ミクは澄んだ青い眼差しでボーカロイドたちを見つめ、言う。
「………、やっぱり、やります。 替え玉」
「ミク、」
「常磐さんのところに居たら、ああなれるのかな。 …ちょっと、興味そそられる。 だから守りますよ、この場所と、常磐さんを」
彼女の視線の先にみえるもの。 光と影の織り成す、こころ。 人のように欠陥だらけで愛おしいもの。 ミクの唇に浮かんだ微笑みを見て、ああもう説得なんて無意味だと諦めて肩を竦め、今はただ、どうやって彼女を…私の大事な友人たちを守りながら犯人を捕まえられるかを考える。
傷つけさせやしない。
To Be Next .
天使は歌わない 43
こんにちは、雨鳴です。
あと一話あと一話あと一話。 念じて頑張ってます。
アレこれ前回も言った?
次回はラスト。最終回。 四十四話の集大成、気合入れるぞー!
今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html
読んでいただいてありがとうございました!
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