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 重音テトは亞北ネル達のショートエコーを聞き流しながら、一瞬だけかすかに気配のあった『対象』の方に向かっていた。『対象』とは、UTAUが秘密裏に配備した艤装攻響兵、「VOCAL-OPERATOR」略して「VCLP」。テトの目的は、この「VCLP」の奪還あるいは『鹵獲の阻止』である。

 テトは作戦中、勘だけで思考して行動する。「VOCALOID」が言葉で考えると行動が読まれてしまう危険性が高まるので、ほとんどの「VOCALOID」は基本的に言葉で重要な事は考えない。ただ、意識がハッキリしていない時の思考は読んでも読まれてもほとんど無意味で、ショートエコーを出したとしても認識と願望とが入り混じった訳の分からない言葉でしかない。時にはひどい精神攻撃だったりもするので、その手のショートエコーは敵味方共にシャットアウトされる。

 だが、テトはそのひどい寝言を根気良く拾っていた。エルメルトの連中も分かっていて対処しているに決まっているから時間がかかったが、鏡音レンがショートエコーで話しかけてきた瞬間に響いた、かすかな悲鳴めいたエコーを聞き逃さなかった。それが『対象』のエコーだった。

 蒼音タヤが落してきた「VOCALION」ねんどろいどテトに、指令(というかお願い)と自動で撮影されていたエルメルトの航空写真が残っていた。当然、基地の俯瞰図は頭に入っている。野戦では四天王三番目の実力を持つテトが道に迷う訳がなかった。

 最初から基地に潜入して捕虜奪還作戦だけならば出来なくはないが、今は自分一人が帰還するだけで精一杯なのである。その状況を分かっててテト救出に失敗した兵をテトに回収して帰ってこいとか、かなり無茶苦茶言われている。そもそもVIP四天王では健音テイがこういうの向いているから、まず重音テトが単身で基地突入とかやってるのもおかしい。

 本来、テトは準戦略級と呼ばれるような、会戦クラスの戦いを単騎でこなせるとかいう方面の、一般的なイメージ通りの「VOCALOID」なのだ。こんなこそこそと侵入してお姫様を助け出すとかいう才能でも性分でも決してない。

 無意識の領域で、テトは全く考えてなくもなかった。ねんどろいどテトを拾った時に通信機で蒼音に散々ブチギレた内容の焼き直しだが、腹に据えかねてる事は脳も執念深く思考するようだ。

 なんだか悟りを開いた状態で建物内を移動していたが、建物の端までたどり着いたテトは、目指す方向に付いてる窓から様子を伺った。

 直下には4車線の道路が走り、左方の地面に三叉路が見える。この建物に沿って走る直角の2本の道路と、角から真っ直ぐに伸びる1本の道路、航空写真で見たとおりの特徴的な形である。エルメルト攻響旅団基地は最初から機動攻響兵の本拠地、もっと言えば「VOCALOID」初音ミクの為に設置されたのは周知の事実だったから、通常戦力の運用に向いている、いわゆる普通の基地機能を持った堅実な構造は逆に注目された。

 その鬱陶しさといったら、市街戦の演習場かというくらい、あらゆるシュチエーションで通常戦力が活用できる配置なのだ。こんな作戦、成り行きでなかったら絶対に断っている。

 例えば、あの三叉路の交差点に1小隊くらいいたとしよう。頭の悪いアングロサクソンがアクション映画のシナリオを無茶苦茶に書くとしても、その1小隊を1人で全滅させたりする展開は書かないだろう。

 そう、見下ろした三叉路には、1小隊ほどいるのだ。むかつく。

 アレと交戦したら絶対に誰か飛んでくる。文字通り上から来る可能性は大だ。どうしたものかと考える。

 KASANETETO――――――――――やれやれ。いつまで待たせる気なのかな、亞北ネル准将。

 とりあえず詰んだら挑発である。あのポーン達に利いてるクイーンとかビショップとかナイトをどかさない事には始まらない。ついでにキング、あいつが一番厄介だ。

 YOWANEHAKU――――――――――こんばんは重音テトさん。今どこですか?
 KASANETETO――――――――――どこって言われても、ここかな。そう。
 KASANETETO――――――――――Fool ON NowHere.

 グレートコード。便利ではあるが、「キング相手に使うのは愚かしい」のだ。

 KASANETETO――――――――――さ かかってきな かたかるくしな かたくるしいしき たらねえSOUND.
 YOWANEHAKU――――――――――な むおんのおと むごんでうたえ はらくくるへいし からだでうたう Fire with Dance.

 やってくれるあいつ。もうめんどくせぇとおもいつつてとは冷静さを取り戻した。

 KASANETETO――――――――――はいエンカウント。鬼さんこちら。
 AKITANERU――――――――――ちっ、グレートコード1つだけか!

 増やせば増やすほど、行動が制限されるし読まれやすくなる。少ないグレートコードを維持するのも駆け引きだ。

 KASANETETO――――――――――さあ、はじめましょう。夜はながいからね?
 AKITANERU――――――――――まあいい、SECOND of HOROSCOPE.

 亞北ネルが自分のグレートコードにアンダーコードを被せた。これで亞北ネルは完全に『みるだけ』の能力しか発現しないが、逆に厄介である。

 思った以上に、長い夜になりそうだった。

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  • 非営利目的に限ります

機動攻響兵「VOCALOID」 3章#8

Search chaser『ダブル鬼ごっこ』

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投稿日:2013/01/21 01:15:52

文字数:2,279文字

カテゴリ:小説

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