60.真実と葛藤とミクの短剣
ハクは走っていた。真っ暗な夜道の石畳を、リンを追って走っていた。
戸口から駆け去る際にちらりと見えたリンの向かった先は、海の方角である。
「あの娘、あの娘、あの娘……! 」
ハクの奥歯が、ぎりりと噛みしめられる。
「あの娘、本当に、『女王リン』だ……!」
ハクの服の下、しっかりと腰に結んだ帯に、ミクの短剣が揺れている。
「あの子が、リン。リンは、生きていた……!」
つかの間、教会の礼拝堂で倒れていた弱々しい姿がよぎった。子供たちと触れ合って、徐々に笑顔を見せるようになった今の姿がよぎった。
「あのリンが、『悪ノ娘』……」
しかし、それを上回る怒りの炎が、脳裏に浮かんだ現在のリンの姿を焼き切った。
「リンが今、私の、傍にいる……!」
ハクの瞳が、真っ赤に燃えた。
「駄目だ。許せない。やっぱり……絶対に……絶対に、許せない」
一呼吸ごとに葛藤は消え、ひと足ごとに、ハクの体は加速する。燃え上がる怒りと恨みが、その足を軽くしていた。
「ミクさま……ネルちゃん……! 私の大事な人たちを、あの娘が……!」
真白な髪が、夜の闇を駆け抜けていく。天には春の星がいっぱいに満たされ輝いていた。
* *
ヨワネの町の名の由来は、かそけき水の音。その名の通り、古くから背後を森に守られた、水の豊かな町として知られていた。そして、森から続くその道は、静かな湾へと続いている。
穏やかな海に面した港をもつ、工芸の町ヨワネ。水平線のはるか彼方には青の国がある。
明け方の青い闇の中、リンはその砂浜にたたずんでいた。足元には、静かに波が打ち寄せている。
「わたし……あたし……」
リンの両手が、自身の頬を覆い、かきむしるように声を絞りだす。
「あたしは、やっぱり、生きていてはいけなかったんだ……!」
桃色の髪の、巡り音の青年が歌った歌は、衝撃的だった。
柔らかい弦の音の前奏で始まった歌は、
『君は王女 僕は召使……』
それは、レンの歌だった。その瞬間に、リンの体は恐怖に凍った。
巡り音の青年は、この歌が「青の国の伝説」であると言った。
そして、その状況があまりにも、自分とレンの状況を正確に歌い上げていることに、リンは戦慄した。
「どうして……どうして、青の国で、こんな歌が」
何度も席を立とうとしたが、『巡り音』の声はリンの心を縛りつけたように放さなかった。耳が、歌を求めていた。そして、ついにリンは、その歌を最後まで聞いてしまった。
『もしも、生まれ変われるならば』
その時はまた、遊んでね?
壮大な歌に相対するような、その素朴な「召使」の願いに、ついにリンの心が悲鳴を上げて砕け散った。
「レンの幸せは……あたしと同じでは、無かったのかもしれないのね?」
今まで、国の喜びのために生き、そしてレンの遺言のために生きてきた。
誰かの幸せを願って生きたはずなのに、それは緑と黄の民を戦争に大勢巻き込み、自分が王女時代、心の支えとなってくれたミクを殺害し、そしてついに、双子の片割れであり、ただひとりのきょうだいであったレンも死なせてしまった。
黄の民が、幸せであるように。ただ、ただ、幸いあるように。
そう願った果てに、いくつもの幸せを打ち砕いてしまったのだ。
「もしも、生まれ変われるならば」
リンの唇が、海に向かって微笑んだ。春の深夜の冷たい潮風が、彼女の頬を乾いた涙のかわりに拭っていった。
「……もう、いいよね。レン。あたしは、もう、今すぐ、生まれ変わってしまいたい……」
打ち寄せてくる波に向かって、リンがふらりと一歩踏み出したとき、
「待ちなさい。『悪ノ娘』」
背後から、静かに声が掛かった。
振り返ると、そこに、短剣を抜き放ったハクがいた。
つづく!
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