第七章 04
翌朝、男は数少ない荷物を手に王宮前の広場にやってきていた。
つい先ほど、国王には挨拶を済ませてきた。あとはこの王宮から去るのみだ。
「考えを改める気は……ないのじゃな」
男の背後、王宮の入口から声が届く。
それは、最早言うだけ無駄だと、あきらめた声音だった。
「姫……」
男は振り返り、扉に背を預けている焔姫の姿をとらえる。
「私が言うのも変かもしれませんが……残念です。宮廷楽師として、もっとこの国にいて欲しかった」
「……アンワル殿まで」
焔姫の隣には、直立して敬礼する近衛隊長の姿もあった。男は近衛隊長に敬礼を返す。
「わざわざ見送りに来ていただかなくとも……」
「いえ、貴殿の剛胆さには感服しました。これくらいはさせていただかなければ。それに、元とはいえ罪人にしてしまった責任は私にもありますしね」
男は首をふる。
「アンワル殿は、近衛隊長としての仕事をしっかりとこなされただけの事です。私に謝らなければならない事などありません。むしろ迷惑をかけてしまったのは私の方でございましょう」
男の言葉に、二人のやり取りを聞いていた焔姫が吹き出した。近衛隊長も苦笑を浮かべる。
「……敵いませんね。私は、殴られる事くらいは覚悟してここに来たのですが」
二人の様子に、男は意味が分からず首を傾げる。
「……?」
「こやつは、なれに恨まれておると思っておったのじゃよ。あの時こやつが見逃しておれば、なれが死罪を宣告される事もなかったのじゃからな」
「……にも関わらず、貴殿は私に『迷惑をかけてしまったのは私の方』などとおっしゃる。自分の命がかかっていた事も、もうお忘れのようだ」
「そういうわけでは……ただ、本当にそう思っただけの事で……」
「はは……。やはり貴殿は姫に相応しい方ですよ。王宮から去ってしまうのは、この国にとって大きな損失ですね」
「お、大げさですよ!」
笑いながらそう言う近衛隊長に、男は手を振って否定する。焔姫は「何を馬鹿な事を」とつぶやいて顔をそらしているが、近衛隊長の言葉をはっきりと否定する事はなかった。
「……それでは、私はこれで。貴殿の旅路の無事をお祈りしております」
近衛隊長はそのまま王宮へと引き返していってしまう。
その時になってようやく、男は気づく。近衛隊長の表情に、ほんの少しの安心が含まれていた事に。男は思う。もしかしたら、近衛隊長の本心は、男への言葉とはまた違ったところにあるのかもしれない、と。
それが何なのか、判然とはしないが。
王宮入口には、少し気まずい雰囲気を引きずったままの焔姫と男が残された。
「……そうじゃな」
「それでは……」
二人の言葉が重なり、顔を見合わせる。
男は素直に焔姫にゆずった。さすがの男も、焔姫を制して話す勇気はない。先日のように、吟遊詩人としてのプライドがかかっていれば別だったが。
「……明日、あのハリド・アル=アサドの処刑をこの王宮前の広場で行う。なれも、それまではこの街におるがよい」
「いえ、私は――」
――処刑を見たいとは思いません。
そう言おうとして、やめた。
「――分かりました」
宮廷楽師としてこの国で焔姫の隣にいた事で遭遇した今回の一連の事件。その結末を見届ける義務が、男にもあるような気がしたからだ。
元貴族の最期。
それをちゃんと見ておかなければ、この国を去るべきではない。
男の返答に、焔姫は満足そうにうなずく。
「それでは私は、これで。今までありがとうございました」
「ああ。なれの旅路に……幸多からん事を」
それは、この国を去る男へ焔姫が発した、初めての祝福の言葉だった。
男は焔姫へと一礼すると、王宮を背にして歩いていく。焔姫は王宮入口の扉から離れる事はなかったが、それでも男が王宮前広場からいなくなるまでずっとそこにたたずんでいた。
男は王宮を離れ、まず今晩の宿を確保すると、最後に街中をぐるりと周る。
男は途中で出会った隊商と交渉し、近隣の都市までの移動手段を確保した。そうやってやるべき事を済ませると、早いうちから酒場へと向かった。
そこは、たった一度だけ焔姫と共にやってきた、あの酒場だった。
「あんちゃん……この前美人の嫁さんと来てただろ」
「ええ……まあ」
酒場に入るなり、店主がそう声をかけてくる。どうやら顔を覚えられていたらしい。だが、男の正体までは気づいていなかったようだ。
「なんだ、今日は嫁さんはいないのか?」
「その……ちょっとありまして」
うまい言い訳が思いつかず、男はあいまいに苦笑を浮かべる。
「あんちゃん、さては嫁さん怒らせたんだろ。駄目だぜ、男たる者、嫁を怒らせちゃいけねぇ」
「……あたしゃ、あんたに怒ってばっかりだけどね」
店主の言葉に、女将があきれてそう言う。
店主と女将のやり取りに、男は焔姫と訪れたときの事を否応なく思い出してしまう。
客の話を聞いて瞳を潤ませる焔姫。
柔らかなほほ笑みを浮かべる焔姫。
麦酒に顔をしかめる焔姫。
妖艶な顔で、男を踊りに誘う焔姫。
男しか知らない、誰も知らない焔姫の姿。その一つ一つを思い出して、男は遅くまで酒場に居座って感慨にふけった。
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