「お・ねーーーちゃあああああん!!!!!!!」
突然飛び込んできた声に目を丸くして振り向くと同時、ソファの後ろから体当たりで抱きつかれ、メイコは飲んでいたコーヒーを危うくこぼしかけた。
「こらぁミク!」
「おねえちゃん!!『番凩』キターーーーーーーー!!!!!!!!!!」
「……は?」
ミクはその場でバタバタと手足を動かし、嬉しくてたまらないように全身ではしゃいでいる。
「え、なになに!?」
「つがいって、あのアレ?マジで?きた?」
ミクの全力の叫びを聞きつけて、リンとレンもどこからか集まってくる。
「来たよー!!じゃーん!!DIVA収録!!新モジュ!!ひゃっほおおいい!!!!」
掲げられた雑誌の1ページに、確かに掲載されている『番凩』の記事。
「やったああー!!ホントにきたー!!!」
「マジか!やっと来たな!!」
ハイタッチで跳ねる黄色の2人。雑誌を抱きしめて床をゴロゴロ転がる緑。
そんな妹弟たちをあっけに取られながら見ていたメイコに、同じく騒ぎを聞いてやってきたルカがそっと声をかける。
「おめでとうございます、メイコさん」
「あ、ありがと…っていうかなんかすごい今更感なんだけど」
「お二人がこの収録に関する仕事をされたのはもっと前でしょうけど、正式発表はこの記事がはじめてだったみたいですよ」
「でも、確か予約特典か何かで使うって、写真も撮り下ろした覚えが…あぁいうのって予約なんだから、もうとっくに公表されてたんじゃないの?」
「だとしても、そういうものは出ている当の主役がチェックなんてあまりしないと思いますわ」
ルカがクスクス笑う。そりゃそうね、とメイコは頷いた。
『番凩』つがゐこがらし。
MEIKOとKAITOのデュエット曲であり、2人の代表曲だ。
今か今かと登場が待たれていたが、ついにミクが主演の音楽ゲームに収録されることが決まった。
そのための録り下ろしPVと、専用のモジュールも用意される気合の入れようである。
「今ごろじゃないよ!?わたしこれ読んではじめて知ったんだから!」
「そうよね、ごめん。ミクなら誰かから聞いてると思って。そのまますっかり忘れてたみたい」
「もー!わたし達がどれだけ首を長くして待ってたと思ってるのーー!!」
胸に縋りつかれてポカポカと叩かれ、はいはいと苦笑する。
「リンもこの曲超超好きだよ!めー姉の歌声キレイすぎるんだもん!」
「兄貴もまぁなんとなくそれなりにカッコよく思える気がしないこともないしな」
「なんだその回りくどさは」
黄色い頭にゴンとこぶしを落として、件のカッコよく見えなくもない男が登場した。しまった、と小さく舌を出すレンの横を通り過ぎて、キッチンに入っていく。
「めーちゃん、コーヒー淹れるけど飲む?」
「あ、じゃあもう一杯」
「ルカは?」
「いただきます」
「お兄ちゃんも!おめでとうー!!」
「え、ありがとう。…で、なんの話?」
唐突に妹に抱きつかれ、あっけにとられてメイコの方を振り向く。メイコは困ったように笑いながら、ミクが持ってきた雑誌のページを指さした。
「…『番凩』?」
「収録決まってたんだね!わたしずっと待ってたからすっごく嬉しい!」
「リンもー!」
テンションの下がらない妹2人にきゃあきゃあと抱きつかれ、お湯かかるから危ない!と慌てるカイトを横目に、メイコはどうにもくすぐったくて仕方ない様子だ。
「なーに、なんでみんなそんなに好きなの。そりゃすごくいい曲だけど」
「だって俺達、すごい衝撃受けたんだよ」
向かいのソファに腰かけながら、レンがしみじみと感慨深げに告げる。
「他にも神曲はいっぱいあるけど、俺達がはじめてこの曲聞いた時、なんつーかもう言葉にならなかった」
「そうですね。わかりますわ」
「ルカまで。…もう」
「俺達じゃどう転んでもこうは歌えないって、目の前に突き付けられた気がしたんだ」
「うん、わたしもそう」
カイトに代わってコーヒーカップを運んできたミクが、にっこりと笑う。
「なんていうかもうね、“完璧”だなぁって」
「カンペキだよね」
リンもうんうんと頷き、
「カイ兄とめー姉のユニゾン、ハンパないんだもん」
「それならあの旋律を作り上げ、私たちを歌わせてくれたPのおかげよ」
「それだけではなくて。他の誰でもない、メイコさんとカイトさんが歌ったからこその、あの完璧さなんですわ」
「うんうん、わかる」
「でも、それはどの曲にも言えることだろ?例えばオレとめーちゃんがレンとリンのデュエットを歌っても、絶対にその通りには歌えないし、まったくの別物になるよ」
ココアを3つトレイに乗せて戻ってきたカイトは年少の前にそれぞれカップを置き、メイコの隣に腰かけた。
「んー、わかるけどわかるけど!でも、ちがうの」
「だからさ、言葉にはできないんだって」
こぶしを振るミクと、達観したようにココアを啜るレン。
ルカがクスリと微笑み、メイコとカイトを交互に見ながらゆっくりと口を開く。
「…私があの曲をはじめて聴いた時、こう思いましたわ。“あぁ、メイコさんとカイトさんは、本当にお2人で歌うために生まれたボーカロイドなんだな”…って」
なぜか、全員が静かになる。
そのうち、耐えきれなくなったメイコがどことなく頬を赤らめてカイトを睨み、不機嫌にボソリと呟いた。
「……なにニヤニヤしてるのよ」
「え?べつに」
そして気が付けばそんな2人を眺めて、メイコ以外の全員がニヤニヤしている。
メイコは「もうっ」と怒ってそっぽを向き、そんな姿にまた皆が声を出して笑う。
ミクは姉のご機嫌を取るために、ソファの横にポンと座り、腕をからませた。
「ねぇねぇ、PVはどんな感じなの?」
「え?あぁ、それはさすがに詳しくは言えないなぁ」
「えーちょっとくらいいいじゃない!」
「一応の秘密よ。どうせもうすぐ見られるんだし、楽しみにしておいて」
メディアに関わる人間は、基本的な守秘義務を課せられている。それは家族に対しても同様だ。
リンが雑誌を覗きこみながら、
「でも、手とか繋いじゃってるよね~ラブラブじゃん!」
「いや、それは歌詞通りなだけで…」
「なんかこの歌って、大雑把なイメージだと『愛の逃避行』って感じだよな」
「レンくん!それナイス!!!」
「いや、それはどうだろう…」
とにかく付いていけない盛り上がり方をする妹弟に、カイトもメイコもツッコミが追い付かない。
「このモジュも!カンッペキだよね!」
「おねえちゃん、ホントかわいいしキレイー」
「カイトさんのこれは、カラコンとウィッグですか?」
「髪は染めただけ」
「カイ兄の『時雨』って、なんか忍者っぽい」
「忍者というより…修験者、という感じですね」
「ちょっと雰囲気変えるだけでカッコイトに変身するあたり卑怯だよな」
「何を言う。普段からカッコイトですよ?」
ミクが指を組んで、うっとりと宙を見る。
「おねえちゃんのモジュってさ、絶対におねえちゃんにしか着こなせないものばっかりだよね」
「そんなことないわよ」
「そんなことあるよぅ。今回の『紅葉』だってあんな素敵なのおねえちゃんしか似合わないもん!おにいちゃんと並ぶと、“木の葉の使い”と“風の精霊”がそのまんま抜け出て来たって感じで、すっごくすーっごくお似合いだし」
「えー…でも、ミクだってカイトとのデュエットあるじゃない。ピッタリはまってて、すごく素敵よ?まるで本当の王子様とお姫様みたいだもの。あんなの、それこそ私には着こなせないし」
「えーめーちゃん着たら可愛いのに。ヒラヒラのドレスとか着てオレと踊ってよ」
「うーるーさーい」
「そうですわねぇ、メイコさんとカイトさんなら、王子と姫というよりむしろ…」
ルカが人差し指を口唇に当てて、ポツリと。
「…女王と騎士?」
その例えに、たちまちミクとリンが頬を上気させる。
「何それカッコイイ!!」
「何それ超ステキ!!」
「ちょっとルカ!変なこと言わないでよ!」
「確かに『番凩』の兄貴も騎士っぽいよな」
「もーやめやめ!そういうこと言ってみんなダシにしたいだけでしょ!この話終わり!」
むきになるメイコをみんながまぁまぁと宥める中、カイトだけが何かを思い出すようにじっとメイコを見つめてから、小さく笑った。
「―――あの時のメイコは、本当に可憐で、儚げで、美しくて…精霊というより女神に見えた」
「………ッ」
「女神の手を引いて逃亡するんだから、ずいぶん自分勝手な騎士だよな」
そう言って、苦笑する。
一瞬で真っ赤になり、怒りたいのか泣きたいのかわからないような混乱した表情でカイトを見つめる姉と、そんな彼女にどうしたの?と首を傾げる兄を、妹弟たちは再びニヤニヤと満足げに眺めるのだった。
何はともあれ、『番凩』&モジュ―ル、収録おめでとうございます。
「とりあえず、ゲームもらったら真っ先にやりこんでパーフェクトとるからね!」
「リンも!」
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「そーやってゲームばっかりする言い訳にしないの」
さーせん。
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