「あれ。めーちゃん、今日はどうしたの?
 毎週土曜日は一旦、帰るのに」

アイス片手にソファでくつろぐカイト。
その向かい側に、メイコは腰掛ける。

「お昼はいつも、雪子と一緒に買い物に行くんだけどね。
 今日はみんなでお出かけするんだって」

ブランデー入りのチョコの封を開け、一粒だけ口に含む。
しばらく口の中で転がすメイコを、カイトはじっと見ていた。

「雪子も…もう、大きくなったってことよね。
 私なんかがそばにいなくても、もう、ほら、彼がいるし」

「やっぱり、寂しい?」

「そりゃあ、ねえ…」

目を伏せ、またチョコを口に含んだ。口紅がうっすら、チョコ色に染まる。
カイトはぼーっとメイコを見ていた。

「めーちゃんは何で、雪子ちゃんのそばにいるようになったの?」

マスターでもないのに。変なの。

メイコは黙り込んでいたが、ようやく口を開いた。
小さな声だった。

「私のマスターってね、雪子のおじさんにあたるの。
 優秀な刑事だった。
 …私にいろいろと教えてくれて…、だから今の私がいる。
 彼は本当にすばらしい人だった」

そのとき、一瞬、声が震えた。

「雪子を頼む  
 それが……遺言だから。私は雪子のそばにいるの」

メイコの目尻が潤み、輝く。

「ある日、帰宅したらマスターは死にかけていた。
 部屋は荒らされていたわ。最初は強盗かと思った。
 でも、調べていくうちにボーカロイドの不凍液が見つかったの。
 暴走したボーカロイドの犯行だった。
 …マスターは、絶対に犯人を見ていた。
 でもね、そこまでわかっているのに、彼は閉口し続けたの。
 なぜか理解できなかった」

「……だから、めーちゃんはここにいるんだ」

顔を上げ、カイトと目を合わせる。
カイトは溶けかけのアイスを口に運びながら、話を続けた。

「誰をかばっているのか、誰が殺したのか。それが知りたいんだろ?
 不謹慎だけどさあ、俺はそういうの、逆にうらやましい」

「本当に不謹慎なことを言うのね」

「ふふ、ごめんね。
 俺にはめーちゃんみたいに、人間らしい考えを出せる自信がない。
 だから、こういうことを平気で言っちゃう。
 あ、でも、許してとは言わないよ。悪いのは十分わかってるつもりだから」

カイトはスプーンをくわえて、微笑んだ。
でもその笑顔はあまりにも自虐的で、メイコは言葉を失う。

「俺はずっと施設にいた。
 ボーカロイドにいろいろなことを学ばせる、実験施設みたいなものだ。
 そこにはマスターというものはない。
 いつも、命令を受けたボーカロイドたちが働いていたからね。
 そのせいで、この仕事に就くまで、人間ってやつがよくわからなかった。
 …めーちゃんみたいな、そんな感情。俺にはたぶん、備わってない」

「カイト…」

「だから、うらやましい。
 他者の命令じゃない、自分だけの目的を持てる君がうらやましい」

「だ、大丈夫よ! バカイトだって、人間らしいわ。
 この前だって、あんたを人間と間違えて告白してきた子がいたじゃない」

「俺だってそう信じてるよ。
 …あいつだって、自分の意思で行動できたみたいだから」

カイトは懐かしむような目で、窓の外の高層ビルを眺めていた。

「あいつって?」メイコは首をかしげる。

カイトは何も言わず、スッと一枚の書類を差し出した。
そこには見覚えのある顔写真と経歴が書かれていた。

燃えるような赤い髪。
カイトとよく似た顔立ちの、男性型ボーカロイド。

「アカイト。同じ施設にいた、俺の友だちなんだ」

嬉しそうに彼は笑った。

     ◇

どんよりした空の下、私たちは花を持ってミクの見舞いに来た。
今日は帯人だけじゃない。
亜北ネルちゃんも、弱音ハクちゃんも、そして欲音ルコちゃんも来てくれた。
ちょっと目立つけれど、とっても嬉しい。

入り口のところで、メイトと出会った。

「今日は大所帯だな」

「お友達もみんな来てくれたんです。
 あ、初めてですよね。この子は欲音ルコちゃんです」

「よろしくッス」ルコはニカッと笑う。

「俺と見張るぐらいの長身だなあ。最近の高校生は発育が良すぎるねえ」

メイトはルコとハクの胸をじろじろ見比べながら、鼻の下を伸ばしていた。
年上でも、これだけは許すまじ。
雪子はメイトの頬をぐいっとつねり、じとーと見つめた。

「イデデ! もうしないから許せ!」

「次やったら、帯人に罰してもらいますからね」

「それだけは勘弁!」

頬から手を放し、何事もなかったかのようにスタスタ歩いていく雪子。
その後ろでメイトは、半泣き状態のまま唸っていた。
何もしなかったら、格好いいのに。

ミクの病室は、確か五階の一番見晴らしのいい部屋だ。
エレベータに乗り、彼女の病室を目指した。
扉が開くと、病院独特の薬品の混じったような香りが入ってきた。
そして同時に広々とした廊下と、その窓に映る絶景が目に飛び込んでくる。

「…?」

部屋から出てくる影。おそらく男性だろう。
真っ黒な服に身を包んでいる。帽子を深くかぶり、顔も見えない。

何気なく、歩く。
何気なく。

カツン。
カツン。

やけに耳に付く足音。

すれ違う瞬間、まるでスローモーションのように時が流れる。

帽子の下から見えた、真っ赤な髪の毛。

そして――つり上がる口元。


「 開戦だ 」


足を止め、振り返る。彼もまた足を止め、振り返ろうとする。

目が合う。

彼の目が私を見据える。

彼の手元から、黒々とした拳銃が。

「伏せて!」

叫び声とともに、帯人は私の手から花束を奪うと、
それを男に向かって投げつけた。

舞い散る花びらが視界を狭める。

パアァン

一発の銃声とともに、帯人の身体が大きく反り返る。
だが帯人は倒れることなく、大きく踏み出し、アイスピックで斬りかかった。

下から上へ、切り上げる。
しかしその切っ先は顔面をはずれ、むなしく弧を描く。
帽子がふわりと宙を舞い、男の素顔が露わになる。

燃えるような真っ赤な髪が、宙をうねった。

「――アカイト!!」

アカイトは羽織っていた上着を、帯人と自分の間に投げる。
一瞬間、視界が黒く染まる。
帯人はとっさに雪子をかばった。

ゆっくりと床に上着が落ちる。

もう一発撃たれるかと思ったが、それはなかったようだ。
足音はエレベータのほうへ駆けていく。
誰かがその足音を追いかけた。

雪子は振り返った。
声を失い、震える亜北ネルと弱音ハクがいる。
帯人はその隙間を走り、病室のドアを開けた。

「……大丈夫…ミク、寝てる…」

でも、アカイトのことだ。
きっと、ただの見舞いをしに来たわけじゃない。
何かをしでかしに来たに違いない。

雪子は走り出した。
帯人の制止する声も、ネルとハクの悲痛な叫びも聞こえなかった。
足音のしたエレベータの前を目指し、一生懸命走った。

     ◇

エレベータに飛び込み、背を預け、腹から笑った。
まさか出会うとはね、なんてラッキーなんだ。

ドアが閉まる寸前、両手がそれを阻止した。
すぐに拳銃を構える。

ゆっくりとドアが開き、その手の主が現れる。

そこには黒いツインテールの、長身の女が立っていた。
オッドアイの瞳が不思議な光を宿している。

その目を見て、アカイトはクククとのどから笑った。
拳銃を降ろし、女を見る。

「おまえ…俺と同族だろ」

「俺は昼を拠り所とし、夜を闊歩する者。
 ――貴君は何処へ行こうというのか」

「ふふははははは! 愚問だ」

女とは思えないような低い声が静かに響く。

「これだけ教えておいてやるよ」

ドアが再び動き出す。
アカイトは笑いながら、女に言った。

「 ダビデの竪琴 」

     ◇

閉まるドア。
動き出すエレベータ。

立ちつくしていた俺は、ふと顔を上げた。
足音が聞こえる。
廊下の角を曲がって飛び込んできたのは、大好きな先輩だった。
息を切らし、ただ俺を見ていた。

「……ルコ…」


俺は苦笑した。


「ごめん。間に合わなかった」



     ◇




     舞台は整った。さあ、踊ろう。

         「開戦だ」


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-君のために僕がいる- 第04話「開戦の合図」

【登場人物】
増田雪子
 帯人のマスター

帯人
 雪子のボーカロイド

咲音メイコ
 特務課の刑事
 自分のマスターを殺したボーカロイドを捜している

始音カイト
 特務課の刑事
 特別な施設で育った
 アカイトと友だち

亜北ネル
弱音ハク
 クリプト学園の同級生
 「聖夜の悲劇」に巻き込まれているらしい

欲音ルコ
 中等部から飛び級してきた噂のあの子
 運動部の誘いを一切断り、オカルト部に入ってしまった

メイト(教授)
 大学病院の先生
 先生の部屋の棚には、ブランデーからウィスキーまでいろいろな酒が
 ずらりと並んでいます
 好物はアイリッシュ・コーヒー

アカイト
 かつて大学病院でメイトの助手を務めていた
 "音"について研究している
 何か企んでいる様子

初音ミク
 一年前の「聖夜の悲劇」から意識不明になっている少女
 アカイトのことが好きだったらしい

【コメント】
第4話まで連載できましたが、これが限界。
明日から帰らないといけません。
インターネットのできない生活は苦ですね。
できるだけ早くつなげたいです。

応援してくださったみなさん、更新遅くなったりしてすみません。
これからもどうか、よろしくお願いします。

しばしの別れです…うぅ(ノ△T)
寂しい!
悲しい!
みんなとまた一緒に、ピアプロしたいです!

順調に事が進めば、次に会えるのは5月下旬です。
みなさん、それまでさようなら!
絶対、また会いましょうね!!

以上、アイクルでした!またねー!!(>□<)ノシ

閲覧数:930

投稿日:2009/05/07 21:29:44

文字数:3,411文字

カテゴリ:小説

  • コメント4

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  • アイクル

    アイクル

    ご意見・ご感想

    はじめまして!
    これからもどうか、よろしくお願いします><
    ありがとうございました。

    2009/06/15 17:42:00

  • なぽー□(□←角砂糖)

    はじめまして!
    君のために(ry の2話を読んで、はじめから読んでまいりましたー
    すごく素敵なお話ですね!!
    続きがすごく楽しみです
    頑張ってください!!><

    2009/05/20 18:39:17

  • アイクル

    アイクル

    ご意見・ご感想

    うわぁあ!Σ(Ω□Ω)
    出発三十分前になって、コメントにやっと気づきました。
    もう涙腺崩壊!><
    また会いましょう! 一緒にピアプロしましょうね!!
    ホント、ありがとうございました(:ω:)
    では、また!≧ワ≦

    2009/05/08 20:31:40

  • とと

    とと

    ご意見・ご感想

    新作ktkr!
    毎度面白いお話をありがとうございます^^
    更新遅くなってもかまいません。
    また一緒にピアプロができるならそれで十分です♪
    それじゃあ、また。
    紫薔薇でした )ノシ

    2009/05/08 18:37:02

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