「あ、帯人。部活、何か入った?」

「…雪子は?」

「今のところ、入る予定はないかな」

「そう…」口元がわずかに笑む。

進級した私たちは、クリプト学園で大いに学生生活を謳歌していた。
新学期。
新しいクラスのみんな。
そして何より学園が変わろうとしている。

クリプト学園は理事長の意向により、ボーカロイドの入学を許可した。
ボーカロイドも社会の一員として見られる傾向にある。
今はまだ権利とか、そういうものがなくて不便だけど、いずれ
ボーカロイドにも与えられるだろう。
…でも、反対する人はやっぱりいるみたいだ。

「わぁ!」

亜北ネルが、ぐいっと雪子の頭を引き寄せた。

「ねえ、あんたさあ、知ってる?」

「な、何を」

「…中等部から、飛び級する子のこと…」と弱音ハクが続く。

「リンちゃんと、レン君以外にまた飛び級!?
 今更だけどこの学校の子、頭良すぎるよぉ。
 今度はいったいどんな子なの?」

「それが、かなり変わってるらしくて」

「…不思議系みたい」

そのとき、教室に鏡音リンとレンが飛び込んできた。
目を輝かして、大声で叫ぶ。

「例のあの子が体育館で、バスケ勝負だって!」

ざわざわと騒がしくなる教室内。
ネルは口元をつり上げて、にししと笑った。

「行くっきゃないね!」

     ◇

体育館にはすでに野次馬ができていた。
中等部の子もいれば、高等部、そして大学生までいる。
それだけ有名なのだ。
だからこうして、先輩に目をつけられる。不憫でしかたない。

「おい、天才双子だぞ」
「うわあ、本物だ」
「前飛び級っ子の登場よ」

自然と道が開いた。リンとレンは堂々と最前列まで歩いていく。
雪子達はその後ろを小さくなって続いた。

バスケはもう始まっていた。
トントン、とバスケットボールの弾む音と足音が館内に響き渡る。

「あの子だ!」ネルは一人の生徒を指さした。

それは長身の女子生徒だった。
鋭い動きを駆使して、高等部の先輩達が攻めるのに対して、
彼女は全く違う動きをしていた。

ドリブルなんて初心者みたいに危ういのに、
動きだけは俊敏で、床を蹴り上げるたびに空間を滑るように動くのだ。
その奇妙な動きに先輩達はとまどっているようだった。

ボールを取られたら、瞬きをするときにはもう取り返している。
まるで魔法のようなステップで、ゴールの前に躍り出る。

「あ!」

先輩が横からボールを取る。
くるっと身体を翻し、先輩の股の間に滑り込んだ。
先輩の手から簡単に奪い返し、そしてそのままゴールへ走る。

一歩。

二歩。

三歩。

はじけるようにジャンプし、ボールをゴールへ押し込んだ。
見事なダンクシュートだ。
先輩達は茫然とし、立ちつくしていた。

「すげえ! あいつ取りやがった!」
「今の高さありえねえよ! あいつ飛んだぞ!?」

わき上がる歓声と、拍手。
その中で、あの子はきょとんとして首をかしげていた。
この状況を理解していないらしい。

「クソッ! 今のは無しだ。おい、もう一回勝負しろよ!」

先輩の中の一人が、顔を真っ赤にして吠える。
初心者に負けたのが相当屈辱だったようだ。
だが、噂のあの子は首を縦に振ることはなかった。
それさえ屈辱だったらしい。
いきなり胸ぐらを掴みあげ、殴りかかろうとする。

息をのむ瞬間、人混みの中をかき分けて、生徒が飛び出した。
見覚えのある髪の色に、真っ白な眼帯。間違えるはずがない。

「ちょ! た、帯人!?」

帯人は、掴みあげているその手を握り、先輩をにらみつける。

「んあ? なんだおまえ。関係ねぇ奴は引っ込んでろ!」

「……」

「おい、聞いてんのか!! あ、うぁ、あわあぁああああああ!!!」

「……」

無言で先輩の手をねじった。
ケガになるほどのものではないが、かなり痛そうだ。
先輩は手を押さえ、悲鳴を上げる。

他の先輩達が黙ってはいなかった。
各々拳を振り上げ、帯人に襲いかかる。
雪子は思わず、コートの中に飛び込んだ。

「うぎゃ!」
「あが!」
「ぎへえ!!」

どこからともなくバスケットボールが飛んできて、
先輩達の頭部にぶつかった。
完全に伸びてしまった先輩達。
静まりかえる館内に、こつこつこつ、と硬い足音が響く。

「フー」とタバコを吹かす男。

男は館内の真ん中まで来ると、首に下げている証明書を掲げた。

「生徒自治会会長、本音デルだ。
 許可なく体育館でパフォーマンスをしたとして、
 生徒指導室に監禁してやる。
 言っておくが、ここにいる貴様ら全員同罪だ。
 捕まりたくなかったら、さっさと散れ。阿呆ども!」

白銀の前髪の間から、目つきの悪い目がより鋭く光る。
その言葉を聞いたとたん、生徒達は散り散りに逃げていってしまった。

しかし、帯人と噂のあの子、そして先輩達だけは逃げられなかった。
帯人の手を掴みあげると、本音デルはいかにも悪そうな笑みを浮かべる。

「てめぇらには話があるんだ。
 生徒自治会会議室までご同行願おうか」

そう、つまりそういうこと。
先輩達は生徒指導室送りになり、
帯人と噂のあの子は、なんと生徒自治会会議室送りに。

そして結局のところ、
帯人のマスターである私も、行かなきゃならないわけでして。

「もぉ! どうしてこうなるのよぉお!!」

泣いたって叫んだって、
腹をくくって会議室に行くしかなかった。……ぐすん。

     ◇

(――なんだろ)

俺は何も知らない。
生まれたばかりだから、知識それ自体もない。
判断の基になるはずの経験さえ、俺にはない。
何もない。
空っぽだ。
それでも、不思議な景色を何度も何度も夢で見た。

(――また同じ夢)

そこは、教会。
ステンドグラスから、神秘的な光が差し込む。
パイプオルガンが天高くそびえ、人々は静かに時を過ごしていた。

(――同じ景色)

その記憶は、おそらく他者のものだ。
他者の目を借りて、俺はその記憶をなぞるように見ていた。
何度も、何度も。
それが唯一、俺の経験したことであり、俺に与えられた世界だった。

(――変わらない世界)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-君のために僕がいる- 第02話「噂のあの子、現る」

【登場人物】
増田雪子
 帯人のマスター

帯人
 雪子のボーカロイド

亜北ネル
 雪子の同級生

弱音ハク
 雪子の同級生

鏡音リン
鏡音レン
 天才双子と呼ばれている姉弟
 中等部から飛び級を重ねて、今は高等部で勉強中

本音デル
 生徒自治会会長
 元不良であり、学園最強の男…らしい。

噂のあの子
 中等部から飛び級してきた女子生徒
 真っ黒な二つくくりの髪に、驚くほどの長身
 よく寝て、よく育つ
 そんな子です
 さあて、これでわかった人にはうまい棒をあげよう(嘘

【コメント】
いきなりのバスケ対決で、謎の女子生徒さん登場。
私のだぁーいすきなあの子です。
知らない人のほうが多いかもしれません。
知らない人はこれを機会に、ちょっと右上で検索してみては?

私の大好きな絵師さんの、本音デルさんです。
めちゃくちゃ格好いいので、ここにて小さく紹介^^
 ↓
 http://piapro.jp/content/9i3hbga1sp6nw5ub

果たして生徒自治会に連れて行かれた雪子、帯人、あの子の運命は!
本音デルさんの笑顔の意味は! 乞うご期待!wwww

閲覧数:1,047

投稿日:2009/05/06 01:26:03

文字数:2,550文字

カテゴリ:小説

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  • アイクル

    アイクル

    ご意見・ご感想

    ご意見感想ありがとうございます^^

    >Cosmos Color
     夜分遅くにわざわざコメントありがとうございます!
     今回、亜種はできるだけ出すつもりです。
     かき分けれるか心配ですが、がんばってみます。
     よければ、お好きな亜種またはオススメの亜種を教えてください。
     もしかしたら、ストーリーに影響を及ぼすようなキャラに採用するかもww

    >七の月様
     大当たりです!><
     またまた当てられました!!
     特別賞として「当て屋」の称号を授けましょうwww
     …欲音ルコ、いいですよねぇ(〃ワ〃

    2009/05/08 00:01:06

  • 七の月

    七の月

    ご意見・ご感想

    「真っ黒な二つくくりの髪」と「十代前半の中学生にしては驚くほどの長身」
    その飛び級してきた子って、もしかして…欲音ルコ…なのですか??
    「よく寝て」「そんな子です」って書いてあるのですから…

     

    2009/05/06 03:54:51

  • まにょ

    まにょ

    ご意見・ご感想

    こんばんは!遅い時間にごめんなさぃ。。待ちきれなくて、読んでしまいました!
    ぉ!転校生はもしゃ・・・雑音ミク・・!? 分からなぃですなぁ・・。私はあまり亜種に詳しいわけではなぃのでw
    でも、AKAITO&雑音ミク、あと亞北ネルは、知ってる中で好きな亜種なのです!
    一瞬ルカかと思ったけれど、今後に期待・・していいでしょぅか!?w 
    では。さすがにちょっと眠いので・・w おやすみさなぃ。 またお会いしましょぅ!

    2009/05/06 01:54:34

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