※注意:鏡音が双子じゃないです。駄目な方はバックプリーズ。


それに先に気づいたのは、幼馴染だった。
「あ、レン」
「ん?」
手を止めて横を向くとリンの目線は俺のブレザーに向いていた。
「ボタン、取れかかってる」
その言葉につられるように下を向くと、確かにブレザーの第二ボタンがぷらぷら揺れている。でろりと伸びた白い糸が何ともかっこ悪い。
「うわー、ギリギリだねえ」
はあ、と感心したように息をついて、何故かじっと見てくる。…何が面白いんだ?
「…あー、リン、外してもいいか?」
「え、つけないの?」
「無理。俺今、裁縫道具持ってねーし」
ちなみに今の俺には帰ってもボタンを付けてくれる母親はいない。父親共々長期海外出張中だ。おかげでここ一年で家事スキルが著しくアップし家庭科の点も上がった。
しかし家事と学業の両立というのはそれなりにきついものがありまして。故にこんな感じにやることが増えるのはあまり歓迎しない。というか門前払いしたい気分だ。
明日英語と科学のテストがあるってのに。あー、めんどくせ。
そんなことをぐるぐる考えていたら、突然隣の少女が突拍子の無いことを言いだした。
「ね、レン。つけてあげよっか?」
「…へ?」
…今、何と?
「だーかーらー!あたしがレンのボタンつけてあげるって言ってるの」
…どうやら俺の耳は正常らしい良かった医療費は馬鹿にならないからな…て違う違う。
「………え、お前が?」
「そーだよ、ほらちゃーんとソーイングセット常備してるもんね!」
だって女の子だし、と続けたリンの手にあるプラスチックケースには確かに小さなハサミや針が透けて見える。
「…いや、持ってるなら貸してくれたらつけるし「駄ー目!」
俺の提案はにこやかな笑顔と共に却下されてしまった。…というかこれはもはや反論完璧無視の決定事項だよな。この表情の時のリンは何を言っても無駄なことはとうの昔に分かり切っている。
だから今の俺にはため息をついて、脱いだブレザーをこのお節介かつ我儘な幼馴染に渡すしか選択肢は存在していなかった。
「…大丈夫か?」「任せといて!」
ちょっと待っててね、の言葉に俺とリンは一度立ち上がった席に再び座り込んだ。

…一言言いたい。針穴に糸を通す段階で一体何分かかってる?
「…リン、「ちょっと待って話しかけないでもう少しで通りそうだから!」
ただ呼んだだけで矢継ぎ早に飛んでくる悲鳴のような声。…しゃべる余裕はあるらしい。
「…ん、んん…あー!もう、レンが話しかけるから!」
いや責任転嫁されても困るんだが。…そろそろいいよな?
「…リン」「何?!」
「素直に糸通し使えば?」「………はい」
時間は無限じゃないからな。

予想に反して糸を通す以外リンの手つきは実に慣れたものだった。
「…へえ、上手いな」
これは驚いた。
「ふふーん!でしょ?」
「ああ。昔底抜けのナップサック作った奴とは思えな痛っ!」「言うな!忘れろ!」
弁慶の泣き所にクリーンヒット。今日もリンの蹴りは猛烈に痛い。
ちなみに『底抜けのナップサック』とは、小学生の頃リンがやっとの思いで完成させたナップサックが荷物を入れて背負った途端、底が抜けて中の物が地面に落ちたという個人的に忘れられない衝撃シーンの一つである。目撃者が俺だけだったのが唯一の救いだったと言えるのかどうか。
まあ要するに、それだけ今のリンの技術が上がっていることに驚いたのだ、俺は。
…という俺の心情をどうやらこの幼馴染は一つも分かってくれていないらしい。
「そんな昔のこといい加減忘れてよね!…もおー…」
ぶつぶつと文句を言いつつも作業する手は一向に止まらない。そのうちその文句すら聞こえなくなり、教室の中にしん、と静寂が落ちてきた。
頬杖をついたまま窓の外を見る。グラウンドの撤収作業をする体育会系の部員、校門で何か話し込んでいる女子生徒、視線を上げれば見慣れた街並み。
その全てが夕焼けの光に包まれて赤く色づいていく。
日の入りが少しづつ早くなっている。いつまでも昼が続くようだった夏と比べて、最近の下校は夕日と時間競争している気分になる。
もう少し経てば、リンの部活が終わる前に日は沈んでしまうだろうし、俺一人の勉強用のために教室に電気をつけることになってしまうだろう。
「(…あんまりしたくないんだけどね…)」
胸の中でこっそりため息をつく。図書館の閉館時間は早いし先に一人で帰るという選択肢もないので、仕方ないことなのだが。
ちらり、と視線をリンに戻す、と俺は目を見開いた。
窓から差し込む夕焼けが、黙々と手を動かす真剣な表情に微妙な陰影をつけ、微かに揺れる蜂蜜色の髪が赤く色づいてきらきらと光の粒を跳ね返す。
それらは見慣れたはずの幼馴染を全くの別人へと変えていた。
しばらく言葉が出なかった。確実に固まっていたと思う。それくらい今の彼女は、認めたくはないが、綺麗だった。
こういう時自覚せざるを得ない。リンがどんどん大人に近づいていることを。
…『幼馴染』がいつまで続くのか、不安に思う自分がいることを。
「(…分かってるよ、いつまでも一緒にいられないことくらい)」
彼女には夢がある。今は周りに反対され続けているが、いつか叶えるだろう。レンはそう信じている。…そしてその瞬間リンの隣にいるのは、一体誰なんだろう。
自分であってほしい。願う想いはまだ声にはならず、魚の骨のようにつっかえたまま胸の中でじりじり痛む。
『恋』を自覚するには近すぎて『愛』を感じるには慣れ過ぎた、近くて遠い距離。
…けれど『幼馴染』であるが故に許される『リンの隣』という定位置が余りにも心地よすぎて、動かないのもまた自分。
…結局怖いのだ。この関係が変わってしまうことが。リンの隣にいられなくなってしまうことが。
だから今も、目の前の彼女に手が伸ばせない。
「(…あー、俺すげーかっこ悪…)」
自己嫌悪に陥ったレンの思考を、断ち切ったのは糸が切れる音だった。
「よし、完成ー!時間かかっちゃってごめんね!」
はい、とブレザーを渡してくるその笑顔にさっきまでの面影はどこにも無かった。
受け取って早速着てみる。紺色の糸で縫いつけられた金色のボタンは、確かめるまでも無くしっかりととまっている。これなら長い間もつだろう。
顔を上げると、リンは目をらんらんと輝かせて俺を見ていた。必死で隠そうとしているらしいが、俺の感想を待ちわびているのはうずうず動いている足でモロバレだ。
「…いいじゃん。助かったよ、サンキュ」
そう言うと目の前の幼馴染は、ぱあっと顔を輝かせて嬉しそうに笑った。
満開に咲いた花のようなその笑顔は窓から差し込む夕日よりずっと眩しい。
「どういたしまして。ちょっとは見直したでしょ?」
「…ああ」
リンが、綺麗だと自覚してしまったことに対して。
「また言ってくれたらいつでもやってあげるからね!」
…それを、立ち上がって誇らしげに微かな胸を張っている少女に伝える気はこれっぽっちも無いけど。
だから俺も立ち上がって不意を突いてリンの頭をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「よしよしうんうん偉い偉い」
「ちょっ…レン!髪の毛混ぜないで~!」
リンの抗議を無視しつつ、もういいだろと思ったところで手を離す。乱れまくった髪型が昔見た寝癖そっくりで思わず噴き出した。
「わ、笑わないでよっ!レンがしたんでしょ!」
「…い、いやあ、お前そっちの方が似合うんじゃないのか痛あ!」「酷い!」
本日二度目の蹴り。しかもさっきと同じところ。…めっちゃ痛い。
患部を抑えてうずくまる。やべ、これ絶対痣とか出来てるよな。
リンはと言えば怪我人の様子など知らんぷりで、鞄から鏡を取り出して手早く髪を直し始めた。
「…もー、何なのレン。…人のこと子供扱いしないでよ」
拗ねたような声。背中しか見えないからリンの表情は分からない。故にリンも俺の表情は分からない。
前髪をぐしゃっと掻き上げて、そっと溜息をつく。…出来ないから困ってるんですが。
そんな俺の心境など何一つ知らないから、目の前の幼馴染は簡単に言ってしまうんだ。
「………あたし、そんなに子供にしか見えない?」
独り言のような小さな声。けれど二人しかいない教室の中では充分な大きさで。
だからいつもと全く違う、震えるような弱さを聞き取ってしまった。
途端胸を突く切なさが込み上げてきて、不意に思ってしまう。
…見上げているはずなのに小さく感じる背中を、微かに震える細い肩を、抱きしめたいと。
「…リン、」
立ち上がって、自然と腕が伸びて。
「………なーんてねっ!」
…くるりと振り返った笑顔に、俺の動きが止まった。
「レン、どうしたの?手伸ばしたりなんかして」
「え、いや、その」
必死で頭を回す。どうすればこの場を上手く切り抜けられる?背中に変な汗を感じるのは気のせい…じゃないよな確実に。
「………………ゴミついてる」
「え、やだ。どこ?」
「…あ、飛んでった」
「え、そう?ならいいけど」
…最初からついてなかったし。
はあ、とついた溜息はいつもよりずっと重い気がした。…気疲れっていうんだよな、こういうの。
机の横にかけたままの鞄を掴んで、俺は早足で歩き出した。
「あ、ちょ、レン!待ってよー!」
背中からリンの声が聞こえてきたけどスピードを落とすつもりは無い。
せめてあいつが隣に並ぶまでに、夕日色に染まっている頬を元に戻せるかが心配だった。

夕焼けのオレンジ色の世界できらり、ブレザーのボタンが輝いた。


―太陽のような君の笑顔を、ずっと隣で見れたなら。

                                        Fin.

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【レンリン】夕焼けボタン【学パロ】

こんにちは!毎日くるくる目まぐるしく過ごしてたらいつの間にか10月になっていた七瀬です!…季節変わるの速過ぎだろ…!

今回はレンリンを幼馴染の設定で書いてみました。…鏡音は双子じゃないと嫌っ!て方はごめんなさい…七瀬は鏡音だったら何でもイケる口です(←食べ物じゃない ていうか幼馴染設定が好きです大好きです(何のぶっちゃけだ ど、同志様はいませんか…!

以前コラボ用で書いたものの設定を引きずっています。そちらを見ていだたいた方が分かりやすいかも…← 『青空の歌』⇒http://piapro.jp/content/5uvwcy7m2hslzzlq

あの秋の夕暮れ時の教室の雰囲気がすごく好きでして…上手く文章に出来ているかは分かりませんが…。学園物は制服がいいです。鏡音は中学セーラーで高校ブレザーを激しく希望!だって一度で二度美味しい(貴様

いつものように誤字脱字の指摘・感想・批評何でも大歓迎です。それではここまで読んでくださって、ありがとうございました!

閲覧数:2,586

投稿日:2009/10/15 03:44:42

文字数:3,981文字

カテゴリ:小説

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  • ayuu

    ayuu

    ご意見・ご感想

    初めまして~(・ω・)同じコラボに参加させていただいているayuuといいます☆
    読ませていただきましたっ
    幼馴染っていいですよね♪
    こうゆう設定のリンレンにきゅんきゅんしながら読ませていただきました。
    夕暮れ時に歩く二人・・・もうカップルになっちゃえ!と叫んでますw
    (心の中で)
    ブクマいただきましたっ
    ではでは~♪

    2009/12/17 21:14:44

    • 七瀬 亜依香

      七瀬 亜依香

      初めまして!存じております、何て素敵なアイコンの方だと…!(そこかい
      …まともに挨拶もせずにごめんなさい…orz
      ですよね!!幼馴染は美味しいと思うんだ…!だって結婚出来るs(そればっか
      多分周りからはもう夫婦確定してるのに本人らが何せ鈍感なもので…なぜ私のレンはヘタレにしかならないんだ…?←
      ブクマありがとうございます!すごく嬉しいです!?(*>ワ<*)ノシ
      コラボの方もよろしくお願いしますね。ありがとうございました!

      2009/12/20 23:17:26

  • 七瀬 亜依香

    七瀬 亜依香

    ご意見・ご感想

    >ミプレル様
    お待ちしておりました!全然遅くないですよ、ありがとうございます!

    青春は大好物です← 是非説得してくださいwww卒業と共に結婚できるようn(ry

    ほんとですよね!でもそれが出来ないからヘタレンなんです(笑)
    リンは確信犯、では…ないはずです、はい(←断定しろよ お持ち帰りのお客様にはもれなくレンの手料理がついてきます。…私が持ち帰りたいっ!(オイ

    まさしくその通りだと思います(きっぱり 駆け落ちする度胸は…あるのかなあ?だってヘタレンだし←
    幼馴染はあの微妙な距離感が大変美味しいです!レンは誰よりも好きだからこそ自分のものにしたくて大切で大事だからこそ一線を越えられないという板挟み状態でしょうね。リンがこの距離に満足してると思ってますし。…リンの方は…もう少しお待ちください。
    女の子のことで大いに悩みまくるのは思春期の大事な仕事です(笑)だって萌えるし(貴様

    同意ありがとうございます!って最後wwwとりあえず全力で同意いたします!←

    まとまりがないのは私もです(汗)師匠襲名…!うわわわ私みたいなヘタレに!ありがとうございます!
    テンション高いのはそれだけ楽しんでもらえたということだと自己解釈しますので大丈夫ですよ(笑)読んでいただきありがとうございました!

    2009/10/13 17:09:07

  • ミプレル

    ミプレル

    ご意見・ご感想

    こんにちは!やっとコメントにくることができました。遅くなってすみません。ミプレルです。

    七瀬様の萌えるリンレンにニヤニヤしながらもちょっぴり切ないというか…青春真っ只中ですね← リンの親御さんを体育館裏に呼びましょう!私が説得しm(ry

    …1番に思ってしまったことを書いてもいいでしょうか。
    『レン!お前そのまま抱き締めればよかったのに!!』
    あぁすみませんっ!妄想が止まらないんです!そのあとにしどろもどろなっているレンも…可愛いなぁもう!(レンにとっては褒め言葉ではないかもしれませんが…)確信犯かと思うほどナイスなタイミングで振り返ったリンとセットでお持ちk(ry

    幼馴染みの1番の利点は結婚できるところだと思います!← 君達そのまま駆け落ちしちゃえばいいよ!!←
    冗談(九割本気/オイ)は置いておきまして。微妙なラインですよね。幼馴染みというのは…あぁ何だか切ない…。レンはこの関係というか距離というか位置を崩したくないんですよね。リンを綺麗だと自覚しても…。リンは無自覚さんでしょうか…。
    あぁもう萌えるな!!男が自覚してて女がそれに気付かないってもう最高です。…悩め!悩みまくれレンよ!(誰かとめて

    中学セーラー高校ブレザーですか!いいですね!私はレンには器用なイメージがあるのですがネクタイをリンがつけてあげてるといいな…。レンの役目はリンのリボンをほd(ry

    何だかまとまりのないコメントですねorz
    切なさと萌で一度で二度楽しめる小説をありがとうございました!七瀬様はやっぱり凄いです…!師匠!(何
    それでは乱文失礼いたしました。

    …自分で書いておいてあれですが、さすがにテンション高すぎで迷惑かなぁと思ったのですが大丈夫でしょうか…。不快に思われましたら遠慮なくおっしゃってください。自重いたします…

    2009/10/13 12:31:06

  • 七瀬 亜依香

    七瀬 亜依香

    ご意見・ご感想

    >狂音 戒様
    早っ!至上最速のコメントでしたよ…!ありがとうございます!
    のほほんはいいですよね!こういう何気ない日常が書くのも読むのも一番好きです。
    にやけて頂けたようで何よりです(笑) コメントありがとうございました!

    2009/10/11 00:56:40

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