これは僕が青い世界を見る前日のお話。

 長い間、人に囲まれて生活していると、時折錯覚してしまいそうになる。
 俺はそちら側ではない。
 拒絶されることも、受け入れられることも、あることを知っているけど。
 誰だって、傷付けば痛い。
 痛いことにすら気付けないのなら、それは哀しい事だと、あの人は寂しげに笑ったな。
 町の往来を歩きながら、ふとそんなことを思い出した。
 活気のある町だ。男たちは忙しそうに走り回り、女たちは井戸端で話しながら洗濯をしている。
 いろんな人間が行きかう橋の前に来ると、俺は荷物を降ろし、一息ついた。
 五月晴れの名にふさわしい天気だ。
 じんわりと浮かんだ汗を拭くと、さわやかな風に乗って、幼い声で歌う童謡が聞こえてきた。
 それに声に耳を傾けながら、ごそごそと自分の荷物をあさり、三味線と小さい籠を用意する。
 ぼんやりとしていられない。そろそろ手持ちが少なくなってきている。宿代に足りるか微妙な感じだ。せっかく町を見つけたのだから、野宿で疲れた体をゆっくりと休ませたかった。
 さて、と三味線を抱えたとき、子供たちの歌声が、俺の意識を一気にそちらへと集中させた。
 その歌は、何処にでもありがちな童謡のように聞こえる。
 童謡なんてものは、地方によって微妙に違うが、大まかなところは一緒だ。
 しかし、この歌は違った。
 その切ない歌詞に、子供の明るく歌う声がひどく不釣合いに思えた。
 急いで荷物をまとめて、誘われる様にそちらへ走る。
 そこは寂れた裏路地だった。数人の子供が集まって、数え歌でも歌うように、鞠をつきながらはしゃいでいた。
 よくあの橋まで響く声だと、俺は感心せずにはいられなかった。それとも、この時、もしかしたら敏感になりすぎていたのかもしれない。
 俺はなるべく警戒されないように、その子供たちの目線に合わせて、微笑みながら問うた。
「ねえ、それは何の歌だい?」
 子供たちは、一瞬驚いたように俺を見たが、すぐに元の笑顔に戻り、あっさりと答えてくれた。
「わたしたちもしらないの」
「知らない…?」
 怪訝そうに返すと、すぐに次の子供が続きを話してくれた。
「たまにお山の森のほうから聞こえてくるんだよ」
 そう言って指したのは、俺が次の町に向かうために、行く予定になっている方角だ。
「お兄さん、旅の人でしょ?」
「そうだよ」
「やっぱり」
 子供たちはすっかり安心したようで、俺の周りに群がってきた。
 強引に手を引っ張られ、子供の輪の中心にある桶に座らされる。
「ねえ、何かお話聞かせて」
「旅のお話」
「なんでもいいよ。楽しい話がいいな」
「えー、冒険した話がいい」
「美味しいものの話がいいよー」
 子供たちは口々に喋り出す。俺はそれをまあまあと静めると、被っていた傘を取り、荷物の中から三味線を取り出した。
「わあ、すごい」
 子供たちはそれをキラキラとした視線で見つめてくる。
 俺はその場に座り込み、三味線の弦を調節した。
「頭、手ぬぐいは取らないの?」
「まだ、寒いからね」
 そう少女に微笑み、俺は子供たちを見回した。
 興味津々に見つめられている。
「じゃあ、さっきのお返しに俺が知ってる『昔話』の歌にしようかな」
 わあ、と子供たちは歓声を上げる。
「お兄さんの国の『昔話』?」
「そう、だね…あと、お兄さんじゃなくて、かいと、だよ」
「それがお兄さんの名前?」
「そうだよ」
「ねえ、かいと。なんていう『昔話』なの?」
「それは、聞いてからのお楽しみ。…さあ、準備が出来たよ」
 そういうと、子供たちも俺に合わせるようにしゃがんで、じっと素直に待った。
 俺は、姿勢を正して、三味線を弾きながら歌う。
 それは童謡じゃない。『昔話』。
 俺は隠れるようにしてこちらを見ている女性に気付きながらも、子供たちに読み聞かせるようなゆっくりとした歌を、自分のために歌った。
 淡々と出来事を綴っただけの『昔話』。
 遠い日の『昔話』。

 あとで、僕にも聞かせてくれた。
 はにかみながら、歌ってくれた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

鬼の子-その9-

読んで下さってありがとうございます!!
もうすぐ、二桁を迎えます「鬼の子」です。
今回はちょっと横道にそれている感じがしますが、結構重要だったりもします。
こうやって、物語は繋がったのです!
お山の森から聞こえてくる原曲様=http://piapro.jp/content/371rlchbw857ki6g
かいとが歌った原曲様=http://piapro.jp/content/w47p6t7pgrvxjsgv

今更なんですが、内容が明るいとは言えないのでワンクッション置いた方がいいですか?
↑今更過ぎる…orz

ご感想・ご意見などございましたら是非お待ちしております!!

閲覧数:287

投稿日:2009/02/07 17:41:37

文字数:1,693文字

カテゴリ:小説

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  • 痛覚

    痛覚

    ご意見・ご感想

    逆さ蝶様、いつもご感想ありがとうございます!!
    二つとも本当に良い曲ですよね♪
    子供のイメージは私の姪っ子からきてたりします(笑
    いつも「なんで?」「どうして?」を聞いてくるので、答えるのが大変です。
    核心を突いてくるので時には、へこまされたり…orz
    このカイトは優しいと自覚はしてないような気がします(笑
    良い意味でも悪い意味でも正直なんです。

    ちょっと、オフの方が忙しくなってきたので、更新は遅くなりそうな気がします…
    これからも頑張っていくので、よろしくお願いします!!

    2009/02/08 21:13:23

  • 痛覚

    痛覚

    ご意見・ご感想

    五十音ツヅル様、ありがとうございます!!
    私の中で、カイトはなぜか子供好きのイメージが強いんです(笑
    人間との触れ合いを大切にするカイトさんなのです。
    何だかんだ思うところがあっても、嬉しいものは嬉しいと素直に感じる事ができる、私にとって珍しいキャラクターでもあります(笑
    グロテスクな描写はするつもりはないです。
    というか書けません…orz
    大丈夫だと仰ってくださって安心しました(>_<)
    これからもこのままで進ませていただきます。

    宣伝ありがとうございます!!
    これからもお互いに頑張っていきましょうね♪

    2009/02/08 01:38:28

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