今日のミクさんは、朝から何かの使命に燃えていた。

「ミクさん。おはようございます。」
「おはよー♪」

きりりと引き締まっている目で、歌うように挨拶を返すミクさん。
彼女が朝から張り切っていると言う事は、これから何かが始まるという事だ。

「何か、したい事はありますか?」

私が質問すると、ミクさんはチラシを渡してくれた。

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『今日はミクの日。お互いに教えあう日です。』
。。。

ミクだよ。井戸端会議で決まったよ。
ミクです。よろしくお願いします。
人間のしきたりに合わせたのよ。私もミクよ。
今日はお空を飛ぼうかな。ミク
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このチラシの中にある「井戸端会議」は、近所のミクさん達が集まる真面目な会議だ。
この会議で決まった内容は、ミクさん達の将来にとって重要な事柄が多い。

「今日は、私の日。なるべく沢山、私に置き換えてね。」
「ミクさんの誕生日は、8月31日でしたよね。」
「誕生日じゃなくて、私の日。これから、歌詞を作る練習をするんだよ。」

なるほど。作詞力の強化ですか。

「運動する人は、準備運動していたよ。だから、作詞する時は、準備作詞するんだよ。」

準備作詞という言葉は私にとって初耳だったけれど、ミクさんの言いたい事は、なんとなく理解出来る。
ミクさん達は、作詞者に優れた歌詞を書いてもらう目的で、作詞環境を改善する事を考えたのだろう。

私は1度、深呼吸をする。
初音ミクを支える作詞者の一人として、ミクさん達の期待に応えてみせる。
私は耳を澄まして、ミクさんが繰り出す課題に備えた。


「起き上がる時は?」
「みくっ」

「びっくりした時は?」
「みっくりしたよ」

ミクさんは満足した表情を浮かべながら、次々と課題を投げ掛ける。
どうやら、私の解答の方向性は、間違っていなかったようだ。

「蝉(せみ)が鳴く時は?」
「みーくみーく 、みーくっ、みみみ」

「おなかが減った時は?」
「みぃくぅーぅー。」

「悲しくなった時は?」
「みくみくみく」

「私、そんな風に泣かないよ。きっと。」
「むむっ。」

絶対の自信があった解答が不正解となり、
私の心の中で積み上がっていた座布団が0になる。

「難しいですね。この問題。」
私は頭を抱えながら、こう言った。

「難しくないと、練習にならないんだよ。」
上機嫌に答えるミクさん。

私は、しばらくの間考えてみたけれど、
みくみく泣きよりもミクさんに相応しい泣き声を、見つける事は出来なかった。


「降参です。模範解答を教えて下さい。」

私は両手を上げて、こう言った。

「あれっ。うーんと、ねぇー。」

ミクさんは、考えながら、近くにあったコードを指に巻き出した。

「えーっとー。」

ミクさんは、彼女に訪れる毎日を、精一杯頑張って生きてきた。
だから、きっと、冷静でない時の彼女自身の行動については、ミクさんはあまり覚えていないのだろう。
私は、ミクさんの返事を待ちながら、思いついた歌詞をパソコンに入力し始めた。

「んーとー。」

最近、作曲の時に、作曲ソフトの動きが重くなった。
買い替え予算は無いけれど、そろそろ、新しいパソコンが必要かなあ。
私が、ミクさんの返事を待つことを忘れて、パソコンのキーボードを熱心に叩き出した頃に、

プチッ。

入力していた画面が、真っ暗になった。

私がこれまでに入力した歌詞は、この世のどこにも残っていない。
私の目の前も、真っ暗になった。


数秒後、私は創作活動の意欲をかろうじて取り戻し、電源喪失の原因調査を開始する。

「んーとっねー。」

ミクさんは、指にケーブルを巻きつけたまま、まだ考え事をしていた。
パソコンの電源ボタンを押しても、何の反応も起こらない。
部屋の明かりは付いているから、停電でもない様だ。

ついに、パソコンが壊れたか。
パソコンを修理する必要があるけれど、保障期間は過ぎているから有料だ。
そもそも、ハードディスクを入れ替えると、ミクさんが消えたりはしないだろうか。

私の頭の中を、悲観的な情報が占有した。
けれども私は、それらの情報を、一旦隅(すみ)に追いやった。
まだ、パソコンが壊れていない可能性、コード類が外れているケースが残っているからだ。

パソコンの背面を見たけれど、パソコンに接続しているコードは外れていない。
パソコンからディスプレイに接続しているコードも外れていない。
私は念の為、椅子を引いて、コンセントの方に移動する。
あれっ、パソコンの電源プラグが外れている。しかも、くねくねと動いている。
そういえば、以前にも1度、パソコンの電源プラグが勝手に外れた事があったっけ。

私は視線を横に動かす。
そして、動く電源プラグの動力源を見つけた。
動力源は、ミクさんだ。。。
ミクさんは、器用にも、パソコンの電源ケーブルを足に巻いていた。

「んー、とー。」

まだ悩んでいる、パソコンの電源を切断した張本人。
私は、彼女の顔をじっと見つめる。
それに気付いたミクさんは、私を見て、何事も無かったように、こう言った。

「御用はなあに。」

「みくみくみく」
「だから、私は、そんな風には泣かないよ。」

私は、パソコンが壊れなかった事に感謝しつつ、創作活動における一つの課題を手に入れた。
私達は、優れた歌詞を作る前に、ミクさんの足癖について本格的に取り組む必要がありそうだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

指導するミクさん

「ミクさんの隣」所属作品の1つです。

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投稿日:2011/08/04 02:25:52

文字数:2,273文字

カテゴリ:小説

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