食べるということは、昔は私にとってとても嬉しい事だった。


そばには大切な家族がいて、皆で笑いながら美味しいご飯を食べる。それは幸せの具現。



でも側に誰もいなければ美味しいご飯も美味しくない。




<Side:コンチータ>




がらんとした広間の中で、私は目の前に崩れ落ちたその塊を見詰めた。
金髪の少女。手にはナイフを持っていて、その切っ先は深々と喉に食い込んでいる。

発作的なことらしい。あれだけ生に貪欲だった彼女を考えるとなかなか考えつかない終わり方だ。けれど人間心理の変化なんて傍から見てすぐに分かることではない。

その血を手に取って舐めてみる。コックとも召使とも違う味に思えるのは何故かしら。血液成文なんてそう変わらないでしょうに。


今回のコックは良かった。素直にそう思う。腕もよければ顔のつくりも良かったし、性格もこの館にはいない系統だったから。最後に拒みさえしなければずっと雇っていてもよかった程気に入っていた。



残念ね。





この一週間、気分は良かった。あのコックの性格が父親に似ていたせいもあるかもしれない。明るくて陽気で、少し気弱で。
私に食べる楽しみを教えてくれた人。

いいかいバニカ、食べ物に感謝しなさい。

父は、そう言った。

幼かった私は尋ねた。なぜ感謝しなければいけないの、と。

母が答えた。私達は食べ物の命を貰って生きているのよ。だから命をくれたものには感謝しないといけないの。

そうか。

私は納得して手元を見た。

これが私の命になるのね。








食べることは生きること。
食べることは命を取り込むこと。


私は食べるたびに感じる。筋肉の筋や血管の生々しさ、様々な器官の食感を。
その度に命が私の体に入り込むのがわかる。食べれば食べるほど、自分の存在の確かさに気付けた。
食べるから、私は生きていける。
私は生きている。いろいろな物を食べて。でも初めはそれを感謝しているだけで良かった。







狂い始めたのは、そう、両親が死んだとき。






両親は突然死んだ。事故死だった。
私の前に横たわる冷たい体はどう見てもただの肉の塊で、私は混乱した。



なにこれ。
なにこれなにこれ。お父さんじゃない。お母さんじゃない。こんなの偽物だよ。



でも周りの人は皆それを私の両親だと見ていた。私はそれを納得した。
土葬の風習が残っていたから、両親の体は柩に納められて土に埋められた。私はそれをじっと見ていた。





その夜、私はお墓を掘り返して『両親』を食べた。



正直、味付けもなくてやたらと硬くて何度かやめようかと思った。

でもやめなかった。

これが命をもらう行為なら、是非貰いたかったから。大好きだった両親の命を、誰が受け継ぐこともなく腐らせてしまうなんて私には耐えられなかった。
手を、胸を、血で赤く染めて。私は泣きながら食べた。その舌に、喉に、確かに命を感じながら貪るように食べた。
昼間は何も感じなかった。死んだ、と言われても実感なんて湧かなかった。大体これが本当に私のあの陽気で優しいお父さんとお母さんなんだなんて思えなかったから。

でも、その構成物質は私にそれを実感させた。


咀嚼しながら嗚咽した。啜りながら首を振った。
ああ、命が私に移っていく。

お父さんとお母さんが、私を生かす。






そこで止まればいいものを。
後から考えると、全く以って極端。

        そこから私の歯車は狂い始めた。

私が『両親』を食べたことを糾弾されたから親類を全員食べた。糾弾しに来た人も皆食べた。命を感じたわ。
それに、捨てられた赤ん坊を引き取ってまだ残っていた使用人に育てさせ、私に仕えさせることにした。いちいち糾弾されるのは面倒極まりないですものね。
コックには余人が見向きもしないような物を私好みに調理するよう申し付けた。私好み。つまりその生命が1番感じられるような調理方法。なんでもいいの。食べられるはずのないものまで、食べてみせるから。

そうして様々な食材を口にして来た。つまり様々ないのちを口にしてこれた。無機物だって趣向は同じ、私の中で働いてくれることになるのだから。

でも1番好きなのはヒトよ。

私と同じ姿をした、ヒト。1番私に命を感じさせてくれる、大切な食材。大体いつも召使とメイドがおざなりに調理をしてくれて、それがまた良かった。
あの二人もいつかは食べてしまうつもりでいたけれど、ちょうどよかったわ。

ぶち。金髪を引きちぎって口にほうり込む。

口に広がる独特の噛み応え。オイシイわね。


でもどうしようかしら。
私は口を動かしながら、少し首を傾げた。
もう調理人はいない。捌けるヒトもいない。すっかり手詰まりになってしまったのは少し困るから、考えなければね。











一日が過ぎ。


二日が過ぎ。


私は困って冷凍庫を閉めた。
この間行きずりのひとを解体したはいいけれど、それももう食べ切ってしまった。
食べられる家具も全て口にし、この館に生きるものは篭の鳥から薔薇の刺まで全て食べ尽くして―――もう、食べるものは無い。

―――どうしましょうね。

鉄骨だけになったベッドを一瞥し、床に座り込んで考える。
食べ残したベルトと固かった歯切れだけを身に纏っているせいか、床に触れた肌がとても冷たい。
ゆっくり床を指でなぞれば、先日食べ切ってしまったメイドの骨に行き当たった。
からん、と音を立てる、それ。髄まで啜るために力ずくでかち割ったせいで、いびつな断面が覗いていた。

―――おなかすいたなあ。

何となくその骨を玩ぶ。
とても軽くてかわいらしい。ああ、一度はヒトを生きたまま食べてみたかったわ。



生きたまま。



ふと、白い腕が目に入る。
腕。ヒトの腕。私に命をもたらす、食べ物。

「―――あら、気付かなかったわ」


よかった。私は安堵した。
これで、また命を繋いで行けるわね。







「マダ、タベルモノ、アルジャナイ」








いただきます。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

誰もが皆(私的悪食娘コンチータ)4

これで一応終わり・・・


コンチータ様の過去、きっと何かあったんだろうな、と。
なんだかんだで悲劇の人なのかな。

閲覧数:1,938

投稿日:2009/11/17 23:28:09

文字数:2,534文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • まんじゅう

    まんじゅう

    ご意見・ご感想

    ぐおぉぉぉぉおおお!!!!!
    見させていただきました!!!!
    ぬわぁぁぁーんと凄い小説!!!!
    見ててとても寒気が凄かったですww
    でも、もの凄いクオリティの高さ!!!!
    これ、もう小説として売れますよ!!!!
    私も小説書こうと思っていたので参考になりました!!

    2011/05/01 19:41:14

    • 翔破

      翔破

      コメントありがとうございます!
      おお、少しでも気に入って頂けたなら幸いです。
      ちょっと捻った感じの解釈で書くのが好きなもので、どんなものかと思いましたが…良かったです!
      好きな物を好きなように書いていますので、今後もお暇な時にでも足を運んで下さると幸いです。

      2011/05/01 23:38:05

  • __

    __

    ご意見・ご感想

    初めまして。
    どんどん夢中で読める、とても面白い小説でした!
    すごく良かったです!

    2011/04/16 04:21:09

    • 翔破

      翔破

      コメントありがとうございます!
      読みやすく面白いと言って頂けると、物書きのはしくれとしてはとても嬉しいです。
      まだいろいろと試行錯誤中の身ではありますが、これからも精進していきたいと思います。
      ありがとうございました!

      2011/04/17 14:50:34

  • ayuu

    ayuu

    ご意見・ご感想

    こんにちは~(・ω・)ayuuです☆
    一気に拝見させていただきましたっ!!
    うわわわわ・・・コンチータ様もいろいろあったんですね・・・・。
    リンレンの関係もすごく良かったです。

    素敵な小説ゴチでしたっっ♪

    2009/12/24 15:34:46

    • 翔破

      翔破

      ありがとうございます!
      コンチータ様の裏事情は、聴いた当初から何かあったのかなーと思っていたので、自己解釈書けてちょっと満足でした。

      そんな誰得?俺得!な話、良かったと言って頂けて嬉しいです。

      2009/12/24 19:08:23

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