街のはずれの豪奢な洋館。
とても美しいたたずまいだというのに、その扉を叩く人はほとんどいない。



―――あの館に行ったら、食べられてしまうよ。




そんな噂が立ちはじめたのはいつのことだっただろう。







<Side:コック>







「カイトさん、箱ここに置いときますね」
「ありがとうミクちゃん。いつも悪いね」
「いえいえ。今後もごひいきにお願いします!」

それでは!と元気よく車に乗り込んだ彼女を見送り、箱を開いて中を確かめる。
色とりどりの野菜と果物。
いや、比喩とかじゃなく本当に「色とりどり」だから凄い。そこらの高級料理店なんかじゃお目に掛かれないような珍しいものがぎゅうぎゅうに詰まっている。

この屋敷で働くようになって一週間。他の勤め先に比べたら格段に短期間だけど、とてもやり甲斐がある。
レン君には「よく音をあげませんね」って珍しく感心されたけど・・・他の料理人はどんな短期間で辞めてっちゃったんだろう。気にならないといえば嘘になる。

確かにコンチータ様の注文はとんでもない。僕の全ての技量を要求されるようなものばかりだ。

でもだからこそやり甲斐があるというか。プロ根性にはちょうどいい。割と神経質な部分も持つ身としては、細部まで仕上げるのは楽しかったりする。

まあそこらの草で適当にサラダ作れって言われたときにはどうしようかと思ったけど・・・どうにかしたし!うん。どんなゲテモノであれ、人が食べられる物にするのが僕のポリシーだから。

明日はルカちゃんが魚を持ってきてくれる。今回はどんな魚が入っていることやら。凄く楽しみだなあ。
小さくなっていく初音印の車を見つめ、明日出会えるであろういろいろな魚に思いを馳せる。
いつか鮟鱇とか捌きたいんだけど、普通すぎて入ってないよなぁ。いつかシーラカンス箱詰めにされて来ないかな。
ほわほわと夢が膨らむ。

と、駄目駄目。これじゃ野菜が埃にさらされちゃうよ。冬とはいえ、管理はしっかりしないと。

そういえばミクちゃんもルカちゃんも若いのに会社の顔やってて大変なんだよね。僕も頑張らないと。
よいしょ、と箱を抱え上げてよたよたと館に向かう。こんなときは腕力のない自分が恨めしい。
・・・この間、箱が重過ぎて持ち上げられなかったらレン君が軽々と持ってってくれたんだよなあ・・・年上としての威厳かたなしだよ。うう。






意気消沈して何気なく見遣った館の窓の向こうには、金色の輝きが見える。





―――あれ。





金色の持ち主、リンちゃんがじっと僕を見ていた。




どちらかというと気さくなレン君に対し、リンちゃんは余り僕に関わってこようとしない。表情も滅多に変わらないし、この広い館に勤めるたった三人の使用人同士だっていうのに、今まで一言くらいしか言葉を交わしたことがない。
人見知り、って訳でもないみたいだし。
レン君とはよく話するのかな。古参同士なら僕よりは話しやすいだろうし、今度レン君に聞いてみよう。

心の中の予定表に書き込んでその目を見返すと、リンちゃんは僕としばらく視線を合わせたままにした後、微かに微笑んで身を翻した。



おぁ、笑った!始めて見たよ僕。



でもなんだか・・・

心の中で今の笑顔をもう一度思い描く。
あれは嬉しくて笑ったっていうより、嘲笑に近いような気がする。




あれもしかして僕いじめにあってる?




い、いやまさかまさか。
首を振って不吉な想像を払いのけていると、横から澄んだ声がかけられた。

「カイトさん。持つわ」

ひょい、と手から箱が奪われる。

「リンちゃん」

この時間から考えると、あの後すぐにこっちに向かってくれたらしい。
なんだ、めちゃめちゃいい子だ!よかった。

「ありがとう」
「別に礼はいらないわ。荷物の運搬はコックの仕事じゃないもの」

表情はいつも通りの無表情。でもなんだか嬉しくなって僕はリンちゃんに話しかけた。

「嫌われてるのかと思ってたよ」
「嫌い?私が、カイトさんを?」
「あんまり話したことなかったからさ」
「必要なかったでしょ」

そっけない返事にちょっと心が萎える。

「あれ・・・やっぱり嫌い?」
「ううん。あなたは仕事をきちんとしてくれるからどちらかといえば好き」
「よかったあ」

今度はほっと胸を撫で下ろす。
多分顔中が笑顔だ。
我ながら単純。昔から誰かに嫌われるのは嫌いだったけど、やっぱり大人になってもかわらないものなんだなあ、そういう気持ちって。
にこにこしながら歩いていると、隣から押し殺したような笑い声が聞こえた。
驚いてそちらを見ると、リンちゃんが声を殺すようにして笑っていた。
え、あれ、何か変なことしたっけ?
思わず眉を下げてリンちゃんの顔を覗き込むと、彼女はまた笑う。

にやり、という効果音がぴったりの笑い方だった。



「あなた、馬鹿ね」
「へ?」
「褒めてるのよ。見立て通り、救い様のないおばかさんだわ」
「えぇ!?」



思わずパニクる僕を置いてリンちゃんはすたすたと調理場へ向かった。
ちょ、あれ、速いよ!箱も重くて大きいのになんでその速さで歩けるの!?

ふらふらと後をついていくと、その床に適当に箱を置いたリンちゃんはさっさとどこかに行ってしまった。
多分仕事に戻ったんだろうけど・・・。




で、でも、馬鹿って!?












「リンに馬鹿って言われた?」
「・・・うん」

半泣きでレン君に相談しにいくと、彼は笑って慰めてくれた。

「あいつ割と毒舌なんで。俺もよく言われますし」
「そうなの?」
「なんて言っても十年以上の付き合いですから、遠慮もなにももうないんでしょうね」
「そっか」

じゃあ多少打ち解けてくれたってことなのかな。
それならいいんだけどな。

「でも」

レン君が少し顔を陰らせる。

「俺もリンのことはよくわかりません。あいつ、たまに―――怖いし」

微かに怯えの感じられる口調に少し意外な気がした。だってリンちゃんとレン君ってお互いのことを分かりあってる気がしたし、どっちかがどっちかを恐れてる、なんて考えつかないよ。



「でもレン君とリンちゃんは双子なんだよね?だったら」
「はいっ!?」




そんな怖がることは、という続きをむにゃむにゃとごまかす。
あれ、えっと、その反応って、あれ?



「勘違いしてるみたいですが、俺とリンは血縁関係にはありません。同じ主人に幼い頃から仕えている召使とメイド、ただそれだけの関係です」



え!?



「え、だっていろいろ似てるし」
「お互い似るように選ばれたんでしょう」
「呼び捨てだし敬語じゃないし」
「同い年ですから」
「あー、えーと」
「ほら、その程度の根拠でしょう。俺ちょっと驚きましたよ・・・」
「・・・ごめん」


知らずとはいえ失礼なことを言ってしまったのかもしれない。失礼云々は別として思い込みを確信にしてしまうのはよくないことだ。
罪悪感に肩を縮こめて俯くと、仕方ないな、という苦笑混じりの溜息が聞こえた。

「まあたいした事じゃないですし。そんな気を落とさないでください」
「・・・うん、ありがとう」


やっぱりレン君はいい子だ。なんか泣きそう。
何となく気分を癒されて元気が出て来た。
って、ああ!そろそろ仕込みをしないといけない時間だ!
僕は急いで立ち上がった。

「レン君、時間取らせてごめんね!仕込みに行ってくる!」

頑張ってください、とかけられた声を背に、調理場へと走る。






本当はもうちょっとレン君と話をしたかったんだけど。
でも、うん、これが僕のプロ魂。仕事に手抜きなんて許されない。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

誰もが皆(私的悪食娘コンチータ)1

コンチータなのにコンチータ様が出てこないという・・・うわあ・・・

カイト→レン→リン→メイコ(コンチータ)の順で話が続きます。
兄さんはボケっ子なのでのほほんとしてますが、次から順々に暗くなっていきます。

閲覧数:2,314

投稿日:2009/11/12 19:42:24

文字数:3,196文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

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  • 翔破

    翔破

    ご意見・ご感想

    分からなくてあってます!リンSideまで行ってリンちゃん的な発言の意図が明らかになります。

    しかし明るい文章って書きにくいですね!(え

    2009/11/14 21:12:50

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