とても綺麗な夢を見た。
手を伸ばしても抱え切れないほどの花の群れ。
色とりどりに咲き誇り、一つだって同じ花はない。
そのただ中を歩く私の足が花を踏む。
折れていやしないかと慌てて足を退けてみれば、花は無事元気な姿を見せた。
こんなに綺麗なのに丈夫だなんて、理想的。
さあ花を摘んで花輪を作りましょう。
さあ花を摘んで花束を作りましょう。
なんて美しくて幸せな、両手一杯の花園。
<両手一杯の花園:下>
「待てよ」
足を踏み出した私の背中からレンの声がかけられる。
振り向けば、真っ青な顔。
どうしてそんなに怯えているの?レン、あなた、気付いてたんじゃなかったの。
レンに「変だ」と言われてからというもの、私は外に感情を出さないよう全力を尽くした。
もしかしたらレンは双子特有のなんたらとかで何かを感じてあんなことを言ったのかもしれない(まあそれも非現実的だけど)。
でももし他の人も同じように感じてたとしたら、それはすごくまずい。
というかレンが何をどこまで気付いたのかを知らないといけない。少し危機感を持った私はその後何度か話を向けてみた。
レンは、その全てを避けた。
時に自然に、時に不自然に。
あくまで触れたくないと言うように。
―――わざわざ藪をつついて蛇を出す必要はないよね。
そう自分に言い聞かせ、とりあえずではあるけれど、静観を決め込むことにする。
何と言っても私には優先して考えることが出来たのだから。
そう、私、自分の庭を持つことにしました。
某お話のヒロインみたいなことを言ってみる。まあ秘密の花園という字面では一緒だから許されるかな。
私の場合、秘密にしている理由はもう少しアブナイけどね。
私は夢想する。
私の花園には一つとして同じ花は咲かない。五枚の花弁がしなやかに開いて私を誘う。多分植え替えた苗は元気よく咲いてくれるけど、盛りを過ぎた花は色も形も悪くなってしまう。そうなったらドライフラワーにしようかな。多少干からびるけど仕方ない。
剪定用の鋏もちゃんと検討した。
普通の店に売っている鋏だと小さいし刃先も鈍いし、とても上手く切れそうにない。でも折角の花を切り方一つでダメにしてしまうのってすごく勿体ないよね。
専門店をあちこち見て回って、やっと良さそうなものを見つけた。うん、これはフォルムも綺麗だしなかなかいいんじゃない?と思ったから、それを買った。多少値は張ったけどそれは必要経費かな。
ちなみに要らないところは肥料に回すつもりだったからアイスピックも一つ買った。やっぱり残しておくといろいろと面倒だし、きちんと処理はしなくちゃいけないもの。
さあ、まずは誰から貰おうかな。
やっぱり始音先生?
あの穏やかな顔が花を奪われる恐怖に引き攣るのを想像する。でも、人が良いからすぐに渡してくれるでしょう。よく考えたら赤い樹液は彩り鮮やかに苗を飾ってくれるかもしれない。楽しみだわ。
さあ学校に行ってとってこよう。
そう思って歓喜と共に部屋から足を踏み出した瞬間、レンに声をかけられたのだ。
「リ、ン」
酷く掠れた声でレンは私を呼ぶ。
縋るような響きがあるのはきっと気のせいじゃない。配慮するつもりもないけど。
「どうかした?」
私は笑ってみせる。
大丈夫だよレン、いつもと変わったところなんてないから。だからそんな変な顔しなくていいのに。
でもレンはやっぱり凍りついた顔のまま。
不審に思って自分をチェックしてみるけど、そんなに変な顔をされる理由がわからない。
だって目新しいものなんて何もないのに。
いつもの白いリボンに白い制服。
黄色いマニキュアと右手に持った鋏。
別にリボンがよれてるとか制服を着間違えてるとか鋏に血が付いてるとか、そんなことはないのに。
でしょ?レン。
「どうしたの、ってば」
返事がないのに焦れて、急かす。
はっきりしないのは苦手なの。レンなら知ってるはずだと思うんだけど。
答えは震える声で返された。
「手のそれ、・・・何」
手のそれ?
「ああ、鋏」
「は、さみ?何に使うんだよ、そんなの」
レンは目を逸らさない。
だから私は視線を合わせて答える。
「花をとりに行くの」
はな、とレンの口が動く。
まるで私が理解不能な言葉を言って、それを咀嚼して理解しようて努めているみたい。
「花切るのに、そんなの、必要なわけ?」
そんなのって何よ。
もう一度鋏をチェックする。30センチくらいの大振りの刃はなかなか重いけど、我慢。まあ確かに鋏っていうよりも包丁みたいなものだけど、やっぱり用途的には鋏って言ったほうが正しいと思うのよね。
だって包丁で剪定する、なんて使い方普通しないわけだし。
敢えて言うなら、草刈り鎌とか?それ、あんまり語感として気に入らないけど。なんだか物騒じゃない。
「そりゃいるでしょ」
ぱく、と、レンは呼吸のために口を開く。
「何をとってくる気なんだ」
あれ。本当に気付いてないの?
ううん、こんな反応するってことはそれなりに感づいてるはず。過剰反応だもんね。
なんとなく気付いてて怖がってるのかな。
ならいいよ。教えてあげる。間違いようがないように、はっきりと。
ああでも、その前に。
私は一歩進み出た。
びくりと肩を震わせるレンに手を伸ばし、その左手を優しく捕らえる。
伝わる温もり。生き物の柔らかさ。滑らかさと、弾力性。
指先の山吹色の輝きが私を誘う。
私は宝物を持つようにその手を握り、満面の笑みを浮かべた。
「レン、‘これ’、頂戴?」
ねえ、逃げようとしないで?
そのほうがはやくおわるよ。ねえほら。ていこうなんてむいみなんだよ?わかる?あなたはただはいっていってわたしにそれをさしだせばいいだけ。いたいのいやでしょ?こわいのいやでしょ?わりとおくびょうなところあるもんね。しってるよふたごだもの。わかったの?うん、レンはあたまがいいからわかってくれるとおもったよ。じゃあばいばい。
「おはよー、リンちゃん!」
遠くから聞こえる初音先輩の声に顔をあげる。
いつもと変わらないツインテールと綺麗な形の指先がひらひらと揺れていた。
「初音先輩!」
私も声を張り上げて返す。
たた、と小走りで先輩に駆け寄る。日の光を浴びて爪がきらきらと輝くのが目に鮮やかで、早くそばに行きたいと思ったから。
「今日はちょっと遅いんだね」
「制服にシミ作っちゃって、新しいの引っ張り出してたらこんな時間に」
「ああー朝はきついね・・・まあ替えがあってよかったよかった」
「はい、全くです」
言いながら目の隅にその手を捉える。
なんて綺麗な私の花。
いつか手に入れて、飾るの。
なんてね。
嘘よ。
全部全部嘘よ。
そう、全部ぜーんぶ想像でしかないの。出来るわけないじゃない、そんなの。犯罪者になっちゃうわ。
―――ああこれはちょっと白々しいな。もうちょっとマシな文章考えなきゃ。
「あれ、リンちゃん」
「はい、咲音先生」
「レン君今日はおやすみ?」
「ああなんか体調悪いらしいです」
「そっか。鏡音さんも気をつけてね」
「はい。まあ大事ではないみたいなんで」
「ならよかったわ。早く治しておいで、って言っといて」
「はい!」
『嘘です先生』
『レンとは二度と会えませんよ』
――――なんて教えてあげたら、先生は、皆はどんな顔をするのやら。
でも、私の夢が叶うまで秘密のままね。
さて、学校から帰ったら私の花に水をあげなきゃ。
コメント2
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ご意見・ご感想
翔破
ご意見・ご感想
>Ж周Ж さん
はい。tです。(言い切った)
いつもありがとうございます!
>錫果 さん
えっ・・・こっそり読んでくださってる!?ありがたい!
GOTHご存知ですか!そういえば乙一さんって有名なんですよね。
わたしは割とダークな作風も好きなのです。
・・・文章を見ればわかってしまいますよね・・・
2009/11/12 19:07:57
錫果
ご意見・ご感想
初めまして。実はアドレサンスからこっそりブクマ頂いてた者です。
いつもはこっそり読ませて頂くだけだったのですが、「GOTH」の文字を見てついコメントを←
私もちょっと思い出しました。
私、こういうホラー系はあまり得意ではないのですが…
それでも読んでしまうくらい、翔破さんの文章が好きです。
乱文失礼しました…。これからも作品楽しみにしてます!
2009/11/11 23:13:04