昔作文を書いた。
タイトルは『将来の夢』。
『じゃあ、鏡音リンちゃん』
『はい!』
幼い私は喜び勇んで返事をした記憶がある。あの頃はほんとに何も考えてなかったけど。
『わたしは、おおきくなったらおはなやさんになりたいです!』
『にあわねー』
『レンひどーい!っていうかわたしがはっぴょうしてるんだから!』
『こらレン君、駄目でしょ』
先生はレンを窘めた。でも私は気分を害して頬を膨らませたままだったっけ。
その頃の夢なんて、本当に他愛ない、夢らしい夢だった。多分誰でも経験してるわね、そんな時代は。
私はやがてその夢を忘れ、もっと現実的な生活に没頭していった。
でもね。
今でも思い出すの。
その夢を叶えることができたらな、って。
<両手一杯の花園:上>
「おはよー」
「あー、はよ」
「おはよう」
次々とクラスメートが教室に入ってくる。
いつも学校に早く来ている私はひとつひとつに返事をする。
双子であるところのレンには「なんでそんな早く行くのかわかんね」って首を傾げられたけど、いーの。教えてやんない。
私は私なりに考えてこの時間に来てるんだからね。
予習をチェックして、先生を待つ。
一時間目は始音先生だ。
割と人気が高い先生の一人で(主に女子が騒いでるんだけど)、私も割といいなあと思っている一人だ。ほかにも咲音先生や学保先生や、と人気の先生は多くて―――まあ確かにみんな魅力的なんだけど、やっぱり誰か一人、って言われたら始音先生かなぁと思う。
なんでって、隙だらけだから。
咲音先生は女性だけど美人で強くて隙がない。学保先生も頭キレるし真面目で隙がない。やっぱりそれじゃダメ。
それこそ、後ろからナイフで刺し殺しても気配にすら気付かないような隙がなくちゃ、ね。
授業が始まって、私は黒板を見る。
正確には、板書する彼の手を。
男の癖にやけにほっそりとしていて、白くて、綺麗で・・・ここが大きなポイントの一つだけど、とっても丁寧にブルーのマニキュアが塗ってある。
男にマニキュア!?みたいな気もするけど、学保先生とかうちのレンとかもしてて割と似合ってるし。私はマニキュアって好きだから。まあ雑な塗りだと、ちょっとね。
自分は相手の手に注目するらしい、と気付いたのは結構前だ。
だからやけに女性の方ばかりに目が向く。別に恋愛感情とかじゃなくて、単に綺麗なものが好きなだけ。
結果的に汗くさい男子とかは眼中にも入らず、あんまり恋愛には興味がないらしい、みたいに言われていた。
実際ないっちゃないけどね。
男性で綺麗にマニキュアを付けているのは前述の三人だ。始音先生、学保先生、レン。
女性だといい人は多い。まあ数が多い分自然と採点も辛くなるのか、基本先輩たちに合格点がつく。初音先輩、巡音先輩、恵穂先輩。あと咲音先輩とか、最近は弱音先輩とか亜北先輩とか・・・重音さん(先輩たちの知り合いらしい)とかもいいかなあと思う。
本当にあの人達の手は綺麗。
まあ自分のもなかなかだと思うけど、あそこまで手の形や質感、色なんかと合わせてネイルアートできてるかって言われると自分じゃなかなかわかんないし。
そう、そう、本当に綺麗。
欲しいなぁ。アレ。
「リン」
「!」
片割れの声に私は急いで意識を引き戻した。
「一限、終わったんだけど」
「あ、そ。で何?」
「うわ冷た」
淋しがるような安堵するような微妙な表情でレンは私を見る。
勿体振るとか、何なの。レンが私を呼び止めるのはだいたい何か言いたいとき。わかってるんだからさっさと言えばいいのに。
視線で無言の圧力をかけると、レンは屈した。少し言いにくそうに口を開く。
「リンお前さ、始音先生のこと好きなわけ?」
「はい?」
ちょっと。さすがに予想外。
「何言ってんの、そんな訳無いわよ。悪いけど教師と恋愛する気なんて全ッ然ないわ」
「そこまで言わなくても」
「言うわよ。ねえ、なんでそんな結論になったの?」
私はレンを睨み付けた。
適当なこと言ったらただじゃおかない。口に出すからにはちゃんとした根拠がないと、っていつも言うのはレンなんだから。
レンは更に居心地悪そうな顔をする。
残念、あんたの席は私の隣よ。黙秘するならしなさい、授業中ずっと睨み付けてあげるから。
あっちを見てこっちを見て、やっと逃げ場が無いって気付いたらしくまたこっちを見る。
そして簡潔に言った。
「おまえ、変だから」
・・・・・・。
「いっ、いやいやいや!変人とかそういう意味じゃないから!違うから!拳固めんな狙いつけんな、いだっ!」
私はレンの言葉に耳を貸さずに握りこぶしを頬に叩き付けてやった。
あんた失礼すぎ。
「じゃあ何、どんな意味なのよ!」
「殴る前に聞けぇ!」
「じゃあ聞いてからもっかい殴る!」
「暴力反対!つか俺だっていい加減手ェ出すぞ!?」
「いやぁーレンに襲われるぅー、変態よ変態、野獣ー!」
「はぁ?俺にだって選ぶ権利あるだろ。誰がお前みたいな幼児体け」
とりあえずレンを机に沈めてから次の授業の用意を始める。
私の身体的特徴(胸とか)に触れて無事だった男はいない。この黄金の右手が唸るわよ。
半ば腹立ち紛れにノートをめくりながらも、なんとなくレンにごまかされた気がして仕方なかった。
レンはそういうことが非常に上手い。基本直球勝負の私とは対象的で。まあ私だって変化球も使うけど―――大事な勝負の時には。
ノートをめくりながら私は自分の手を眺める。
うん、本当にわるくない。
これはこれでいい。
でもなんか―――これだけじゃ物足りないよね。
うん。
あんなにたくさんあるんだから、気に入ったものいくつか貰ったって、いいんじゃないかな?
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