「リン、レン、自分の部屋が欲しくないか?」
始まりは父さんの一言だった。


「え―?なんで?」
私は口を尖らせた。だって別に不便があるわけじゃないし、今までもずっと同じ部屋だったし。なんでわざわざ分けなくちゃいけないのかな。
お父さんは暢気な顔で指を立てて見せた。
・・・あんまり可愛くない。いつも以上にボケて見える。
「まあおまえ達も大きくなったしな。自分の部屋があった方が何かと便利じゃないかと」
「確かに」
「え、レン!?」
何と言うことでしょう!私の片割れはあっさり頷いたのだ。
私が不満がってるのに賛成するとはいい度胸してる。
「後で舗装してやる」
ぼそっと呟くとレンの笑顔が引き攣った。
まあ私の愛車の威力を知っていれば当然かな。14だから無免許だし、そんなのに乗ってるっていうのはお父さんやお母さんには内緒だけど。ちなみにいつもは近くの資材置場に乗り捨ててあります。
「あのな」
疲れたような顔をしてレンが口を開く。
「クラスの奴にもリンと一緒に寝てるとかいうの恥ずかしいし、つか言えねえし、確かに自分の物も置くスペース欲しいんだよ。俺は部屋分けてもらえるならありがたいな」
「それでえっちな本沢山隠すんでしょ」
「何でそうなる!」
レンは真っ赤になって叫ぶ。まさか図星?
まあそれは普通なことらしいから微妙に嫌だけどだけどいいのかなぁ。正直私は見たくないしレンが見るって考えるだけでなんか複雑だけど。
内心もやもやしながら口をつぐんでいるとお父さんは嬉しそうに頷いた。
「だよな、実は近くのデパートでフェアがあって。もしも部屋を分けるなら今のうちに家具を買いに行こうかと思ってたんだ。じゃあレン、後ででも買いに行こう」
「はーい」
レンの返事を聞いてお父さんは部屋から出て行った。
それを見て私はレンのそばににじり寄る。
「なんで?」
「は?」
レンは間の抜けた声を出して私を振り返った。
「なんでそんなに部屋分けたいの?」
私はかなり真剣だった。レンと離ればなれになるのは、なんだか嫌だったから。
なんでだかはよく分からなかったけど。
レンも私が真剣だって分かったみたいで、少し考えてから口を開いた。
「さっきも理由言っただろ。それに父さんと母さんも心配してたしな」
「心配?」
一体何に心配してるっていうんだろう。
全然心当たりがなかったから私はちょっと首を傾げた。
わかんないかな、とレンが独り言みたいにつぶやく。そして私と改めて目を合わせた。
「俺は男でリンは女だから、お互いそろそろ一人で平気になった方がいいんじゃないかって」
そう心配してるみたいだ。と言われたってやっぱりぴんと来なかった。
だって私は女の子でレンは男の子だなんてずっと昔からのことなのに。なんで今更そんなのが問題になるんだろう。
私がそう抗議すると、レンはちょっと困った顔をした。
「でも大きくなるといろいろ違って来るんだよ」
「違ってくると一緒にいちゃいけないの?なんで?」
「なんで、って――――」
みるみるうちにレンの顔が赤く染まる。
「ば、バカリン!もう14なんだから分かってろよ!バカ!」
「に、二回も言うことないでしょ!バカっていう方がバカなんだからね!」
「あああもういいだろ!部屋くらいどうだって!」
かなり必死に叫ばれちゃ引きさがらざるを得なかった。変なの。
結局その話はそこでおしまいになった形になった。


「あーあ」
辺りがずいぶん暗くなって来た。
でも買い物に出たお父さんとレンはまだ帰ってこない。
帰ってくるのがわかるように通りに面した窓に張り付いていても姿は見えないままだ。

―――そんなに選ぶの楽しいのかな。

まあ、実はレンの言い分だって分かる。
私達は大きくなった。昔から一緒に使ってるベッドだって随分狭くなって、くっつかないと落ちそうになるくらい。
成長期、とやらになってレンは急に背が伸びた。私だって伸びたけど、それ以上に。
レンの癖に、とか思わないでもないけど、正直あんまり気にならなかった。荷物持たせやすくなったな、みたいな認識しかなかった。
今まで、「違っていく」ことに不安はなかった。
だって結局はふたりでひとつだと信じてたから。ずっと繋がっているんだと信じてたから。
でも、私はレンとずっと一緒だと思ってたのに、レンはそうじゃなかったんだ。
別々になるのが当たり前だと思ってたんだ。

そう思ってたなんて、知らなかった・・・

視界の端に映る窓の外が暗いのが心をざわつかせる。
部屋が変わるのもそうだけど、もしかして大きくなったら考えることも変わって来ちゃうの?
―――きっとそうなんだろう。

・・・・なんか、嫌だ。
私とレンは女の子と男の子。
でも今まではずっと一緒だった。
二人で一人。私はレンで、レンは私で、お互いのことはお互いが1番よく知ってた。
でも分かってる。これから先もそうだなんて保証はないってことは。
もしかしたらこの先、私たちは――――

でも、まだ大丈夫だよね?
まだ私たちは「一緒」だよね?

レン、早く帰って来て。
こんな不安、気のせいだって笑い飛ばしたいの。
目の前にレンがいれば、馬鹿なこと考えてたなって、きっとそれだけで済ませられるのに。

なんとなく不安になって、暗くなった窓の外に目をやり―――


「・・・え?」


思わず触れていた窓ガラスから手を離した。
まるで鏡のように姿を写す

自分の見たものが信じられなかった。
だって、

これは、誰?

決まってる、私、鏡音リン以外にはありえない。
なのに、どうしてなの?
(レンじゃない・・・)
今までは鏡を覗き込めば一つの姿に二人が重なって見えた。
それほど私とレンは似ていた。そう、鏡を見ればいつだってもう片方が傍にいるって感じられるくらい。
たまにそれが嫌だったけど、ほとんどの時は嬉しくて、鏡を見ると安心した。
なのに。


『俺は男でリンは女だから』

怖い。

今は反射して鏡のように私を映す窓ガラスが怖くて堪らなかった。
怖くて怖くて、でも見間違いじゃないかっていう希望を捨て切れなくて窓ガラスから目が離せない。
でも、いくら見つめてもそこにいるのは「女の子」。レンとは違う、「女の子」。
どう足掻いたって重ならない、二つの姿。

私は、「変化」がどういうものなのか、気付いてしまった。

「――――い、いやぁあ!!」

衝動的に手近にあったものを掴み、窓ガラスに振り下ろした。
粉々に砕いてしまいたかった。こんな残酷な光景を見せ付けるものなんて。
でも、目測を誤ったせいでそれは窓ガラスに当たらずに終わった。手に当たる感触は冷たくて硬かったからもしかしたら窓ガラスを割ることも出来たのかもしれないけど、何を掴んだか確認する気は起きなかった。
悔しかった。
怖かった。

いや。
いや!
―――見たくない!

私達はまだ成長期の途中。これからもっと違いが出て来るんだとしたら?
これからもっと違うものになっていくんだとしたら?
そしていつか、重なる場所なんてなくなってしまったら?
駄目。そんなの絶対に見たくない!
私達はずっと一緒だった。二人で一人、その言葉にぴったりと当て嵌まるみたいに。

どうしよう・・・
私は飽和した頭でぼんやりと考えた。


どうしたらいいんだろう。
レンが部屋に戻り、ベッドに入る時間になっても私はまだ上の空だった。
レンの言葉に生返事をしながら、着替えてベッドに入る。
そこでレンの心配そうな顔に気付いた。
「リン、どうした?」
少し低い声。それに焦りを感じて、すぐ傍の顔から目線をずらした。
「うん・・・気にしないで。ちょっと考えごと」
「ならいいけど」
不審そうなレンに適当なごまかしの言葉を言ってまた意識を別の方に向ける。
建設的な考えなんて出てこない。ただ、どうしようの一点でぐるぐる回っているだけだ。
しばらくじりじりとした感情をおさめようとしていると、隣から静かな寝息がしてきた。
目を向ければ綺麗に整った顔立ちがある。
でもその中から私の造作は消え始めていて、息が詰まる気がした。
無造作に放り出された片手を取って、私の手に当ててみる。
レンの手は私よりも大きかった。
私の指の先からレンの指が覗く。
「・・・う」
ぽろ、と涙が頬を伝うのがわかった。

そう。
私達が鏡写しの姿でいられた時間は、終わろうとしているんだ。

私は涙を拭うこともできず、ただ頬に伝わる濡れ始めた布の感触を感じていた。

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私的アドレサンス(前)

思いっきりアウトにするつもりがなぜこうなったのかわかりません。

閲覧数:2,501

投稿日:2009/10/12 21:52:15

文字数:3,499文字

カテゴリ:小説

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