リンの様子がおかしい。落ち込んでいるのか、ずっと暗い顔をしている。
思えば昨日の夜から変ではあった。どこか上の空で、朝起きた時には泣いていた跡もあった。
どうしたのか聞いてみようかとも思ったけど、触れられたくないっていう気持ちが伝わって来たんじゃ手の出し様がない。
どうしたんだろう。
考えつく理由は部屋を分けると決められたこと位だけど、あのあとそれに触れられなかったし。リンは嫌だったら気が済むまで嫌だと言う性格のはずだ。
なんとなく気まずい空気のまま、夜になった。荷物は大体新しい部屋に移し替えたから、そのままそこに行けばいい。
それで新しい生活が始まる。
先に部屋に戻ったリンにも寝る前の挨拶をしようと、昨日までは俺の部屋でもあった場所に向かった。
ドアを開けてみるとリンは窓側を向いてベッドに横になっていた。
「リン?」
寝ているのかと思ったけれど、点いたままの電気に照らされた肩がぴくりと動いたことで起きているんだとわかる。
「・・・なんで寝たふりなんかしてるんだよ」
返事はない。
怒ってる?拗ねてる?
まあ考えたところでどうしようもないし、とりあえず挨拶はしておく。
「・・・じゃあ、おやすみ」
やっぱり、返事はない。
なんだか知らないけど、こうなったリンは面倒だからな・・・
俺は一度ため息をついてからドアに向かい、ノブに手をかけた。
ボーン。
下の階から12時を知らせる鐘が響く。
流石にもう寝ないと明日に響くだろう。
「リンも早く寝ろよ」
リンは無言のまま。
なんだよ。
内心いい気はしなかった。
今日から一緒にいる時間がかなり減るんだから別れを惜しむ言葉の一つくらいかけてくれたっていいのに。いやその前におやすみって言われたらおやすみって返すのが普通だろ。
不満を胸の中に溜め込んだまま腕に力を込めると、微かに軋む音を立ててドアが開く。
少し淋しい気がした。
―――これからは、ばらばらか・・・
まあ年齢としては遅い位だけど、でもなんだか、俺達は離れなくてもいいような・・・そんな気がしていたのにな。
その瞬間、背後で素早く動く気配がした。
反射的に振り返ると、リンが俺に手を伸ばしたところだった。
すんなりと伸びた腕がこっちに向かってくる。
光の下で、白い腕がどこか鈍く甘く輝く。
それを認めた俺はその手を掴み、
そう、その「白くて」「細くて」「柔らかな」腕を掴み―――
――――そのまま指先に唇を触れさせた。
なんでそんなことをしたのか自分でもわからない。
ただ、唇に触れた少しの冷たさと柔らかさが心地よかった。
目線も絡まったまま離れない。
何かが体中を駆け抜ける。とても甘くて激しい何かが。
それが何故だかとても気持ち良くて―――
「あ・・・」
呆然としたようなリンの表情に我にかえって、その途端体温が急上昇したのがわかった。
「ご、ごめ、これはそうじゃなくて!」
言い訳にもなっていない言い訳を口にして体を引き、ドアに向かう。
心臓が妙に早く打っている。
なんだこれ。なんだかまずい。よくわからないけど、これは駄目だ。
内心焦りながらまたドアノブに手をかけたとき、後ろから声がかけられた。
「レン、私、一人で寝るのまだ嫌。一緒に寝よ」
「え?」
正直、頭がフリーズした。
冗談なんだと思った。たまにリンは突拍子もない冗談をいうから、本気で言ってはいないんだと思った。
「でもほら、父さんや母さんが決めたことだし、もう俺達14だし。電気消してくよ」
だから真面目に取らずに流してしまおうと電気のスイッチを切る。
流石に暗くなれば大人しくなるだろうと思ったから。
でもリンの反応は強かった。
「電気消さないで。そんなのやだ!」
「嫌、って言っても・・・」
「嫌なものは嫌なの!」
「うわっ!」
思いっきり投げ付けられた枕が顔に当たる。衝撃に驚いて、文句をつけてやろうと投げて来た相手を見遣り―――思わず怯む。
リンは目に強い光を湛えて俺を睨み付けていた。
「お化けが出たらどうしてくれるの?私、怖いよ」
表情とは裏腹のいたずらっぽい口調。
それにも圧倒されてまともな受け答えが出来ない。
「お化けってそんな、子供じゃないん・・・」
いなそうとして、そこで口をつぐまざるを得なかった。
リンの瞳が微かに潤んでいて、それを見た瞬間に本当は何を言いたいのか分かってしまったから。
(淋しいよ)
(ずっと一緒だと思ってたのに)
(ねえレン)
(置いていかないで)
(ひとりにしないで)
リンは他人に弱みを見せるのを嫌う。
そのせいだろう、今も本音は口に出さない。
でも目を見ればわかる。
だって今までずっと、そうやって気持ちを通わせて来たんだから。
暗い部屋の中、入り口と窓からの光だけに照らされたリンがとても頼りなげに見えた。
慰めないと。
きっとその時は焦っていたんだと思う。俺が選んだ慰め方は昔からの1番手っ取り早い方法だった。
考える前に話し声が漏れないように扉に鍵をかけ、リンの所まで急ぎ、ベッドに片膝をつく形でその頭を撫でる。
触れた掌に伝わる体温。
そしてその瞬間、「違い」をはっきりと理解してしまった。
暗闇でもわかる。細くて綺麗な髪。やわらかな形になりはじめた体。細さやすべらかさやさっき唇に触れた感触、そういえば最近目線の高ささえずれ始めたなんてことも思い出した。
―――そんな。
こんなにも違いはじめていたなんて。
リンも俺をじっと見ていた。
リンは、気付いてたのか・・・
その途端、得体の知れない恐怖感が体を包んだ。
知っているはずだった、男女の違いなんて。
でも、頭で考えることと、体験してしまうことには間に大きな壁があった。
一度乗り越えたら戻れない壁が。
俺達はもうすぐ、ばらばらになる。
それを今まで実感しなかったのが、崖から突き落とされたような衝撃だった。
気付かないまま全てが終わっていたかもしれない。
それはそれで幸せな結末だったのかもしれないけど、今の俺には恐怖でしかなかった。
「レン」
ゆっくりと顔を伏せて、リンは呟く。
「どうして私達双子なのかな。どうして別々の人間に生まれたんだろう・・・」
その声に、胸が締め付けられるような気がした。
「一人がよかった。二人に分けられたくなかった」
押し殺された声が突き刺さる。
「私もレンならだったらこんな気持ちにならないよね?そんなこと考えたって仕方ないんだって分かっているけど、でも、でも、嫌だよぉ・・・!」
しゃくりあげる声が混じる。必至に声を殺しているのが見ていられないくらい痛々しい。
とぎれとぎれにリンは訴える。怖い。淋しい。こんなことを言ってごめんなさい、でも、どうしたらいいんだろう。
もしも俺が女だったら、もしもリンが男だったら、こんな思いはしなくてもよかったのかもしれない。
でも、そう、もしもを考えたところでどうなるわけでもないんだ。
いずれ、時が俺達を引き離す。
泣きたくなりながら、リンの背中に腕を回した。
「う・・・うぅ・・・」
細い肩が震える。
あったかい。
その温かさが無性に愛しくて、切なくて、悲しくて、いつの間にか俺より細く柔らかくなったその体を強く抱きしめた。
離したくない。
俺だって怖い。今までずっと隣にいたリンが、どんどん自分から離れていくのが怖い。
腕に込めた思いは「大丈夫だよ」じゃない。
「俺も怖くてたまらない」。
多分リンにも分かってる。俺がリンの気持ちを感じ取れるのと同じだ。
でも、でもいつかそれすら出来なくなったら?
外見も性別も心も、全部全部重ならなくなる日が来たら?
―――来ないでくれ。そんな日なんて。
背中にリンの腕が回るのがわかった。
ぎゅっと抱きしめられて、俺も改めて腕に力を入れた。
圧迫されて苦しい。
多分リンも苦しい。
でもこうやってお互いに強く強く肌を合わせることで、もしかしたら一つに溶け合えるんじゃないかって、ずっと一つになったままでいられるんじゃないかって、そんな馬鹿みたいな考えから抜け出すことが出来なかった。
胸に感じる二つの鼓動は同じリズムで、それに妙に安心した。
(・・・ああ、朝なんて来なければいい)
俺達をばらばらにするものなんて、いらない。
本当にこのまま時間が停まってしまえばいいのに。
そうしたら、このままでいられる。
まだあなたの傍にいられる。
体に感じる相手の温かさだけが確かだった。
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ご意見・ご感想
翔破
ご意見・ご感想
まさかメッセージを貰えるとは思ってませんでした・・・目を疑った自分がいます。
有難うございます!読んでくださって嬉しいです。
コメントの通りアウトにしたかったんですが・・・なぜかセーフのシリアスになってしまった・・・シリアスは非常に書きやすいですね!
精進します!
2009/10/15 16:00:22
鈴音。
ご意見・ご感想
初めまして、鈴音。といいますっ
「私的アドレサンス」前後読ませていただきましたっ!!
すごいです、私泣いちゃいました・・・←
2人がかわいそに思えてきますね。
2009/10/13 12:32:44