どうして私は生きているの?








「ああッ、もう!」
私は腹立ち紛れにライターを地面に投げ付けた。
ライター?いいえ、役に立たないガラクタよ!火の点かないライターなんてホント使えない。

かんかん、と思ったより澄んだ音を立てて真夜中の路地をライターが跳ねていく。
その音にすら気分が悪くなって、私は地面に膝をついた。
胃がムカムカする。凄く、気持ち悪い。


帰ろう。


吸おうとしてやめた煙草を放り投げる。
眉をしかめたままふらふらと立ち上がると、ずきずき痛む頭の中で双子の弟が皮肉げに肩を竦めた。
―――だからやめろって言ってんだろ。
何度も何度も言われた言葉だから完全に再現できてしまう。


―――うるさい。


うるさいうるさいうるさい!黙れ!あんたに何が分かるっていうのよ。優等生で前途有望な鏡音レンくん。私はどうせ堕ちてくしか未来のないしょうもない奴よ。だから放っておいて、見ないでよ、見ないでったら!来ないで!来ないでぇ!なによ笑いなさいよ。憐みだなんて冗談じゃない、死んだ方がましだわ!同情?ありえない、私のことなんて何一つ知らないくせに!

必死に心の中で毒づく。
所詮幻覚だなんてわかってる。でもそうでもしないと、この吐きそうな程の拒絶感を抑え切ることなんて出来やしない。

別に彼にだけ特殊に反応するわけじゃない。他の誰に対しても、同じ。まあ「家族」である分過剰反応している気はあるのかも。
でもだから本当は学校にも行きたくない。周りのヒトを感じるだけで逃げ出したくなるから。でも生きていくためにはそれじゃ駄目らしい。いやでも向き合わなきゃいけないらしい。


何なのよその社会の構図?
決められたレールから脱線してしまいたいって何度思ったかな。きっと一度外れてしまえば後は真っ逆さま、戻ることなんて出来ないんだろう―――それにはちょっと憧れる。でも怖い。だってそれは引き返せない道だから。



私はのろのろと歩き出した。
午前二時、深夜の都会はいろいろな光に彩られてとても綺麗。居酒屋、駅、コンビニ、街灯。とても明るいから人が沢山いるのも何となく納得できる。つまりは人も蛾みたいなものね、明るいところに集まるの。

私もその一人。

学校に行くために借りたマンションから毎晩毎晩こうして夜の街をぶらつく。って、なんて不良少女なのかな私は。親も泣くかもね。わかってる、こんな無駄な時間を過ごすくらいなら現状改善に精を出すべきだってこと位。
でも出来ない。そんなの、気が狂ってしまいそう。



・・・別に遊びたいわけじゃない。
そんなの興味ない。
私はただ、眠りたくないだけ。眠ると嫌な夢を見るの。だから出来るだけ夢を見ずに済むようにいつもこうしている。

危険?もちろんあるわ。警察に見つかったらまずい年齢だし、ヤバい人も沢山いる。
でも私は都会って好き。
私自身に干渉してこようとしないから。
綺麗な顔をみせたって所詮は行きずり同士。だいたいお互いのことなんて気にしないし、積極的に害を与えようともしない。手を差し延べるのだって稀。
そんなドライな関係は凄く気持ちいい。肌に落としたアルコールみたいにすっと一瞬の冷たさを与えて消える、そんな接し方をしてくれるから。
誰もかれもが知らない人同士。礼儀のいい仮面をつけて、視線を交わすことすらなく通り過ぎるだけの間柄。それって凄く気易いと思う。


べたべたしたのは嫌い。私の領域に踏み込まれるのも嫌い。

(私に近寄らないで。近寄って、この醜さを暴かないで)
(これが私の防衛手段)
(だから触れないで、ああ)





「・・・はあ」

部屋の鍵を開けて、少し固くなった髪を掻きあげる。
指に絡む髪が欝陶しい。切っちゃおうかな。
明かりを点ければ殺風景な部屋が現れた。
味も素っ気もないけど当然といえば当然、だってあんまり使ってないし。勉強するか寝るか、基本的にどっちかしかしたことない。

投げ捨てた鞄。
ついでに靴も服も脱ぎ捨てれば、自分が軽くなった気がする。


何にも縛られず、何にも嵌められず、どこまでも自由になれたような―――錯覚だけど。


馬鹿みたい。
結局私は何からも逃れられやしないのに。
自嘲気味な考えに気分が暗くなる。
ああやめやめ。もう寝ないと。
唇を噛んで適当に室内着を羽織ってベッドに倒れ込めば、ふかふかしたマットは優しく疲れた体を包んでくれた。





全部嘘ならいいのに。

私が学生だってことも、
明日がいつも通り来るってことも、
自己嫌悪に浸っていることも、
私が生きていることも、
私が私であることも、

嘘だったらどんなに楽なのかな。

目を閉じる。眠りの波を感じるけど、それも怖い。
ねえ神様。あなたがいるのかなんて知らないけどさ。せめて、夢の中でくらい安息をくれたって罰は当たらないんじゃないの?
















「――――っ!」
私は跳び起きた。
じっとりと背中が濡れた感触。

またあの夢だ。

何も言わずに佇む少女を、絞め殺す夢。

やめて、と叫びたいのに叫べない。
手を止めたいのに止まらない。
でも何で?私は殺したがってるの?あの無力な女の子を。

私の手の中で彼女はじっとこっちを見つめる。そう、何も言わず、反抗もせず、無垢な無表情を浮かべて澄んだ瞳で私を見つめるだけ。遥か昔の私の顔をした小さな女の子。無垢で純粋で、未来なんて考えなかった幸せな幼年時代の象徴。
私はありったけの感情を込めてその細い首を絞める。
憎悪、愛情、羨望、軽蔑、労り、残忍。どれでもありどれでもない気持ちに泣きたくなる。

殺してやりたい。でも死んでほしくない。

温かく穏やかな日差しの下で彼女は死んでいく。私は彼女を殺そうと手に力を込める。
止めてくれるものは、何一つない。


堪らなく怖かった。


なんでこんな夢を見てしまうんだろう。私は壊れてしまったのかな。人間としての何かが、壊れてしまったのかな。
人を殺して平然とする私。そのアブノーマルさに憧れないではないけど、改めて考えるとぞっとする。

ねえ、そんなことを考える私は、人間として生きていくのを許されるの?






「リンちゃんはさ、どう思う?」
「ぅえぁ!?」
「もう、ぼーっとしすぎ!」
ぷう、と頬を膨らませる少女が誰か一瞬わからなかった。
ああそうだ、クラスメイトで友達のミクちゃんだ。
可愛くて、明るくて、人当たりもよくて。世界ってこういう人のためにあるんだよねっていう典型的な理想の人間。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
ごまかしに笑って見せる。
そうしたら、ミクちゃんは少し眉を寄せた。

「リンちゃん、疲れてるよね」
「え」

何の気負いもなく手が伸ばされる。
「ほら隈出来てるし・・・夜更かし?」

「・・・そ、そうなんだよね、なんか勉強難しくってさ!」
「うーん、根を詰めないようにね?体壊しちゃったら意味ないし」
「うん、そうする」

引き戻された手にほっとする。
ミクちゃんみたいな人を私のことで煩わせちゃいけない。笑顔を作って他愛ない話をして、そうしたらほら、気付かれないんだから。
太陽が眩しい。


「そういえばさ、リンちゃん」
「ん?」
「今日先生がしてた星の話、面白かったね」
「・・・してたっけ?」
ミクちゃんは言うと思った、という顔で空を指差す。正確には、太陽を。
「表面温度と星の色の話。太陽より温度が高いと青かったり白かったりするっていうやつ」
「ああ、あれかあ!」
私は納得して頷く。
そういえば雑談としてそんな話してたっけ。あんなに強い光や熱を恒星が生み出す仕組みの話。核分裂よりも凄い核融合の話。
いつもぼんやりしてる先生にしては意外な程細かく喋ってたから確かにちょっと面白かった。
あの先生が星ならきっと凄く表面温度は高いんだろうな。綺麗な青い髪だから。



―――太陽の表面に飛び込んだら、きっと楽に死ねるよね。


ふと図鑑で見た太陽の姿を思い出す。
フレア一つ一つが地球を飲み込めるくらいに大きかった。表面温度は何千度とかいうレベルで、想像することもできない。

きっと、側に行けばその引力に引かれてその中に飲み込まれることが出来るんだろうな。

「思い出した?あれさ、使えたら便利だねってことで、核融合炉を原子炉の替わりにできないかなー計画もあるんだって」
「なんかその計画名変・・・でもそうだよね。便利だよね」
水素からヘリウム。原子番号を足していく、核分裂と逆の計算。
なんか確かに興味が引かれるかもしれない。




「その核融合炉?って出来たらさあ、やっぱり青く光るのかな」





何も考えず、つい口を突いて出た言葉。
それにミクちゃんはきょとんとした顔をして、その後吹き出した。
「やっぱりリンちゃんって面白い!―――私も青色になると思うなぁ」
きっと綺麗な色だよー、とふわふわ笑うその声を私はもう聞いていなかった。






核融合炉は、きっと綺麗に輝くんだろう。見た限りじゃそんなとんでもないものには見えないような位に綺麗に。でもその力は致命的に強力なもので、触れれば確実に命がなくなるんだ。










それっていいなあ。
そんな所に飛び込んで、最期に見たのが綺麗な綺麗な青い光だったなんて、ちょっと羨ましい終わりかただ。
悩みも苦しみも、命と一緒に全部消えてしまうんだったら清算方法としてはすごく望ましい。







そうして全部清算できたら、きっと世界の全てが、今まで私のして来た無意味なことをみんなみんな許してくれるよね?

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

私的炉心融解(上)

まさか一つで終わらないとは思わなかった・・・

うつうつうとした考え方のリンちゃん。でも皆一度くらいは考えるんじゃないのかなあ。私はこの歌詞に「やっぱりそう思う時ってあるよね」と思いました。



ちなみにボカロ達の年齢は滅茶苦茶です。大体中学~高校くらいのイメージ。

閲覧数:1,387

投稿日:2009/11/24 23:49:34

文字数:3,972文字

カテゴリ:小説

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  • ぴこた

    ぴこた

    ご意見・ご感想

    すごい・・・炉心を小説にとは!!!(゜ω゜)
    本当にすごすぎてびっくりしました(´;ω;`)b
    この歌がなるほどなぁと今また理解できました(´・ω・`)

    2010/04/02 23:43:09

    • 翔破

      翔破

      お褒めの言葉、ありがとうございます!
      結構炉心は歌詞が衝撃的だったという意見を聞くのですが、私は本当に同じような考えを持ったことがあったのでこの曲には共感できました。

      なんというか…半分実話みたいなものなので、気に入って頂けたならうれしいです。

      2010/04/03 23:40:57

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