最後のシークレットゲストである巡音ルカが歌い終えると、会場には割れんばかりの歓声があがった。燃えるように熱いライトの下で、桃色の長い髪を翻したボーカロイド、巡音ルカは涼しげな表情でお辞儀をし、ライトが落ちる。 暗闇。 からからと、異様な音が突如見えぬ舞台上から響く。歌でもバックグラウンドミュージックでもない奇怪な音に僅かにざわめきが広がる。不審な音がぴたりとやむと、舞台に一筋の光が射し込んだ。
艶のある紫の布が被せられた大きな“何か”と、その隣に控える黒い燕尾服を着た男。目元を隠した仮面。真一文字に結ばれた唇が、静かに開く。
「――― この度の素晴らしいコンサートを祝し、こちらの“録音再生機”を皆様にご披露致しましょう。ただ一曲を再生する“のみ”のこの機械、ガラクタと思う前にまず一度お聞きあれ」
男は白の手袋をはめたしなやかな手で布を掴み、すっと引き寄せる。水が流れ落ちるように“何か”の輪郭にそって滑る布。完全に布が外されると、会場は一気に騒がしくなった。
ゆるやかに波打つ銀の髪。床にまで垂れる銀糸がライトを浴びて光の軌跡を描く。燕尾服の男と同じ、目元を覆う仮面の縁取りは金。薔薇の蕾のように重くあどけない唇。着飾られた人形のような四肢はシルバーのワゴンの上で微動だにせず。 やがて客は一つの名前を繰り返し囁く。
―――ラドゥエリエル。
名前が耳に入るたび苦いものがこみあげ、思わず眉根を寄せる。だがボーカロイドが出演すると聞いてコンサートに集まった連中の中で、ラドゥエリエルを憎く思う者などいないだろう。 私はやはりこの会場の客達とは「一体」になれそうにない。 喧騒を厭うようにラドゥエリエルはそっと唇を開き、「天使の歌声」と称された歌声を零す。
あなたに出会って 生まれたワード
わたしの好きな オレンジのカードに書いて
いつか 君に とどけるからね
…今は亡き、ラドゥエリエル本体のマスターである大江 修のデビュー曲。 試作機に試しに歌わせ、それを元に更に彼の好み寄りに改善、本体を造るための参考にした。 と、美木サマには説明した。 私は―――嫌いだ。大江 修がどれだけいいメロディを作って天使の名を持つボーカロイドに歌わせても、本人の汚さを思えば魅力など消え失せる。私の内心とは違い、うっとりとした表情を浮かべる客達を見て、苛立ちが更に強くなる。
あなたに出会って 生まれたメロディ
リボンで結んだ アルバムに貼り付けて
いつか きっと 君を想うよ
神秘。悲劇。様々なものに彩られたラドゥエリエルの姿は、人々にどう映るのか、容易に想像出来る。大多数の目に映る「ラドゥエリエル」と、私の目に映る「ラドゥエリエル」、どちらが正しいのか、きっと誰にも解らない。
「幸せ」 なんて 言って
可愛い日々に理由付け
「今が続けば」 なんて 言ってみるよ
リボンからめた指先が 温かいから
歌が終わり、ラドゥエリエルは再び俯き口を閉ざす。 一瞬の沈黙。 そして会場は一斉に興奮の叫びに飲み込まれた。指笛。拍手。数え切れない人の声、声、声。 それはまるで一個の生き物の鳴き声―――。 椅子を蹴飛ばしのびあがって腕をふりあげる人々を尻目に、私は眉を顰めて座り込んだまま、出来ることなら耳だって塞ぎたいけれど流石にそれは出来ないから眉を顰めて耐えるばかり。
ラドゥエリエルが舞台を降りた、その舞台袖。 燕尾服の男と、再び紫の布をかけられたラドゥエリエルに小さな拍手がスタッフ達から贈られる。初音ミクを連れてきた修理技師は彼女を舞台上へと誘導した後で男に向き直り、「事後調整をしますから、どうぞ奥へ」と言う。 燕尾服の男は無言で頷き、ワゴンをからから鳴らし、技師の後に続いた。
―――その姿を、じいっと見つめていた者がいたことに、気づかないまま。
To Be Next .
天使は歌わない 33
こんにちは、雨鳴です。
とうとうラドゥエリエル登場!ラストも目前。
ここまできたら伏線は明かすのみで増えることもないでしょう。多分。めいびー。
今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html
読んでいただいてありがとうございました!
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