ふわっと窓の向こうから香った風が、ぼうっとしていた頬を撫でた。ほんの少し、眠りにつきかけていた思考回路が、その一瞬だけはっきりと目覚める。
思わず腕時計と、黒板の上にかけられている古めかしい時計を交互に確認。
時刻は午後4時を回ったくらい。
窓の向こうでは、新チームとなった野球部が監督の張り上げた声のもと、秋の大会に向けて精を出していた。ほかの部活も、三年が抜けて新体制となって形になりつつあるこの時期、それぞれが結果を出そうと躍起になっている。
部活に入っていない生徒も、それぞれが直近にある「とあるイベント」に向けて、会議という雑談兼話し合いをしている時期だろうなのだろう。閉じられたドアの向こうから、プロパンガスがいくつ必要だとか、材料費がどれくらいだとか、そんな話声が聞こえていた。
そして彼らもまた、校内の一角にあるこの「生徒会室」にて、そのイベント――いわゆる「文化祭」に向けての熱い議論を交わしていた。
「ということで、昨日話した件、皆考えてきてくれたかい?」
絶妙なタイミングで話を切り出したのは、我らが生徒会長。自分で入れたコーヒーを振舞ってから席に着き、何か企むような、だけどどこか楽しそうな表情を浮かべながら問いかけた。
「やっぱり、この前賛成多数で半ば可決しかけた演劇でいいんじゃない? 人数は少ないけど、その分短編劇みたいな感じで完成させれば」
今回のステージ発表の時間帯に、ちょうど変な間が出来ちゃっているし、と追加するように言うのは書記兼副長。生徒会長とは昔馴染みでよき相棒、もとい悪友だったらしい。
「そうですね。あまり時間もないですし、ここは演劇で――って、サク聞いてる?」
「んあ?」
若干甘すぎるコーヒーをすすり、ぼうっとしていたところに彼女――名取絢子は俺に問いかける。それに対して、小さく頷くことで「聞いているし了承した」という旨を伝える。
なぜかあきれるような表情を浮かべられ、ぱしりと後頭部を軽くはたかれる。
その後、彼を差し置いてとんとん拍子で進んでいく話。
劇の内容を何にしようかだとか、脚本は誰が書くんだとか、そんな話を半ば聞き流し気味だった。
コーヒーを飲んだにも拘らず午睡の気配が目の前を過ぎる。入りすぎていた砂糖のせいだと勝手に解釈して、その気配に身を任せる。
ゆっくりと閉じられていく瞼。おそらく、このまま一瞬でも眠りに落ちたら改めて彼女に怒られるのは必至。
それでも、彼――宮作之助は何となく「何か起こりそうだ」と思いつつも、ゆるりと瞳を閉じたのだった。
その後、帰宅の途についていた俺は、ヘッドセットから聞こえる声に耳を傾けつつ、向こう側の彼女と話をしていた。
「んで、結局誰が脚本書くとか決まったんか?」
「ホント聞いてなかったんだね……」
若干あきれたようなため息が聞こえたが、この際無視する。
どうやら、俺が眠りの国に誘われている間、脚本は彼女が書くことが決まったようだった。人数も限られている生徒会メンバーで行うにあたって、舞台照明の操作やら必要な小物・大道具は演劇部から貸してもらえるよう、会長が交渉するらしい。
「にしても、名取が脚本か……」
「うん。昔から脚本書くのってやってみたかったし、クラスに小説書いている子もいるから、相談はそっちにもできるし」
「あぁ、瀬尾だっけか。会長のクラスの悠木って先輩と一緒に同人誌書いてるんだっけ」
そんな会話を交わしながら、俺はゆっくりと歩いていく。
イヤホン越しに聞こえる彼女の声はいつも通り元気で明るい。
ただ、それでも俺は、どことなく心配だった。
だから、思わず聞いてしまった。
――最近、頑張りすぎじゃないか?
問いかけてからハッとして口をつぐんだ。
だが、彼女はそんなことお構いなしに、そこ抜けた明るさで返事をする。
「大丈夫だって! 私が色々頑丈なの、サク分かってるでしょ?」
あぁ、分かっているさ。心の中で、返事をする。
解っている。
理解もしている。
それが彼女のいいところだっていうのも。
頑張りすぎて、何でもかんでも抱え込んでしまうのも。
俺は解っている。
だから――
「あ、家着いた。それじゃ、また明日ね」
「あ、あぁ。また明日な」
もう一言付け加える前に通話が切れる。
その後は、何も変わらなかった。
でも、頭の中のもやもやは、ずっと消えなかった。
家について通話が切れたとき。
夕食を食べているとき。
明日の準備をしているとき。
そして、ベッドに入って眠りにつこうとした今、ようやくそれが拭いきれない不安感だというのを理解し――そのまま眠りについてしまった。
「A sunny day after tears」1
(個人投稿もしましたがこちらにも)
コラボ投稿作品
「Happy Tear」(コラボ外では「You cry.I cry.We happy!」)、「流星シャワー」
この二つのベースとなった自作の短編小説――の再構成版です。
もともとはもっと歌詞に寄り添った作品だったのですが、残されていたデータが断片的なもの(就職の折に引っ越し、その時にデータがほとんど吹っ飛んだ)ため、八割以上描きおろしとなっております。
以下、登場人物メモ(名前・役職が登場したキャラのみ)
宮 作之助
・生徒会所属。高校2年。男子。
・絢子とは昔馴染み
・インドア派だがアウトドアもそこそこに好き。
・周りからはよく茶化されるが、ある文豪と同じ名前を気に入っている。
・仲のいい友人からは「サク」と呼ばれている。
名取絢子
・生徒会所属。高校2年。女子。
・作之助とは昔馴染み
・インドアも好きだがどっちかといえばアウトドア派。
・そこ抜けて明るい性格。ただ、自分の中に抱え込む癖があり……?
・作之助に「サク」というあだ名をつけた張本人。
会長
・生徒会会長。高校三年。女子。
・将棋部の部長も兼任。
・さらに「頭を使うスポーツなら何でもできる」を自負している。(実際運動神経抜群)
・若干涙もろい一面あり
副長
・生徒会副会長。書記も兼任している。高校三年。男子。
・会長の理解者であり良き右腕。親友であり悪友。
・運動はあまり得意ではないが「ゲーム全般なら何でも得意」。特に麻雀はずば抜けており、高校卒業後はプロ雀士になるらしい
瀬尾 翼
・高校二年。男子
・名取絢子のクラスメイト。
・趣味で小説を書いており、悠木の描く漫画の原作担当。
悠木 鮮花
・高校三年。女子。
・生徒会長のクラスメイト。
・漫画家を夢見ており、瀬尾とともに漫画を描いている。
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投稿日時:2018/06/01 06:29:33
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