6
「鎧、見立ててあげる」
店の親父が、レティシアを見てにこりと笑った。
「お姉さん、若いのに、ずいぶん使い込んでいるじゃない」
「へへ……」
一目で気に入られたようだった。いったいどこにその評価点があったのか、アルタイルには見当も付かない。
「接ぎだよ、坊や。お姉さんの鎧は、よく使ってある。そして、よく手入れされている。ほら見てごらん。肩当てと胴、直垂の一つ一つの接ぎに、しっかりと油が刷り込まれて、よく動くところは、無理なく補強されている。革鎧を、正しく、大事に使っている証拠だね」
疑問を言い当てられて目を丸くするアルタイルに、ゆっくり見ていきな、と親父は笑った。
「一昔前の鎧は、服の上から着るのが多かったけど、今は、服の下から着るものもあるよ」
服の下から着るタイプは革の板を張り合わせた、コルセットのようなものだ。
「もし、外見を気にするようなら、これでも良いけど……どうしても強度に限界があるからね……」
銀色の鎧の装飾の美しさに見入っていたアルタイルはつばを飲む。本当に、自分はなにも知らないのだ。
「レティなら……どうする?」
「私は、怖がりだから」
にこ、とレティは、店にならんだ革の鎧を撫でながらやわらかく微笑んだ。
「やっぱり、服の上から着るほうがいい。そうだな、これかな。値段のわりには、魔法の防御もかかっていて、しっかりしている」
それはふちに唐草模様のついた胴当てだった。そろいの肩当てのふちにも、似た模様がついている。シンプルで、趣味がいい形をしている。
「おや、お姉さん、魔法も分かるのかい?」
え、と驚いたアルに、ええ、少し、とレティは目を細めた。
親父はそうか、と満足そうに頷く。
「そのとおり。ごくわずかだけれど、鎧の強度が増すように、地の魔法を文様にして刻み込んであるんだ」
親父がにこりと笑い、アルタイルに鎧の模様を示した。
「坊や、この唐草模様にも意味があるんだ。大地と実りを表すんだよ。つまり、生命をここにとどめてほしい、長生きしたい、守って欲しい、そういう願いだね」
「へへ。こういうの、好きなんですよ。魔法の腕前は、からきしなんですけど」
下手の横好きですね、と笑うレティ。
「なあに、攻撃魔法には向き不向きがあるだけさ」
初めて会ったはずの親父が、まるで旧知の友人のようにかかかと笑う。
アルタイルは二人の会話を聞きながら愕然とする。レティシアには、まだまだ秘密がある。
命の恩人様として、これは少しずつ解きほぐしてやらなければとアルタイルは爪をかむ。そしてふと気づく。
「……解きほぐす? 何のために? 俺はレティシアの知識と技術が盗めればそれで良かったのではなかったのか?」
「坊や、決まったかい?」
アルタイルはわれに返った。
「これ、ください」
レティシアが選んだものを指した。
「はいはい。じゃ、ちょっとサイズ合わせようね」
店の奥に引っ込んだ親父は、しばらくしてさまざまなサイズの鎧を携えてきた。
「男の子は成長するだろうから、もし今の鎧が小さくなったら、この店に持ってきなさい。売値の四割で、買い取るよ」
小さな成長期向けの鎧は、そのようにして補強と更新を繰り返してきたのだと、親父は言った。
「また、ルディが近頃増えているみたいだからね。セルも増員するようだよ。小さい鎧の需要は、まだまだ増えるだろうね」
親父は、ため息を吐き出した。
「小さい鎧が売れるたびに、心が痛むけどね。早く、ルディなぞ全滅させて、子供を死地におくるなんてことが無くなればいいのにね」
つい昨日死にかけたアルタイルには、すでに人事ではなかった。
「俺、すぐにでかくなるから。ガキのまま、死んだりしないから」
となりでレティシアがびっくりしたようにアルタイルを見た。
「なんだよ! 悪いか!」
レティシアは、ごめん、とつぶやいて、試着し、動きを確かめているアルタイルを眺める。
本来なら、今こぼしたような言葉が、彼の本当の心なのかもしれないと彼女は思った。
アルタイルは、つらいセルの訓練を重ね、課題をこなすために能力以上の努力を重ね、落ちこぼれる悔しさを押し込めるために虚栄を張ってきたようだ。そうした積み重ねの下には、彼の繊細で傷つきやすい本音が隠れているのだ、と。
ただ、レティシアは思う。
傷つきやすいのは、美点ではない。
他人の痛みに敏感になれる、優しい人間かもしれないが、自分がたやすく傷ついて、痛みに暴れまわっているようでは、近づく人間を傷つけてしまう。
「レティ! これが一番だ!」
アルタイルが鎧をつけて誇らしげに笑っていた。
その無邪気な表情に、レティシアは一瞬泣きそうになった。それは、遠い思い出の中の笑顔。
「あ、忘れるところだった。おじさん、」
レティシアが、下を指さす。がってん、と親父が、再び工房に戻った。
アルタイルが、わけが分からないといった顔をしている。
「さあ、少年。これはこの店のサービスだ。好きなものを持っていきたまえ」
ごろごろとカウンターの上に、卵を縦に割ったような細長いカップとベルトが転がる。
「大小さまざまあるがね、これは嘘をつかないほうが男として身のためだ」
「ちゃんとサイズの合わせ方、分かる? 服の下からつけるんだよ? 更衣室で試したほうがいいよ」
アルタイルはやっとここで気が付いた。
「お、前……ち、ちょっとは、そこでためらえよ!」
「へ? なんで? 大事なことだよ?」
そうそう、と親父もうなずく。
「中年と結託しやがって! いつも変な恥じらいがあるくせに!」
とっさに、いつも、という言葉が出たが、アルタイルとレティシアは昨日が初対面である。
「え? 当たり前の安全確認じゃない。何も恥ずかしがることなんかないよ? 女だって、爪で下を薙がれたりするんだから、急所はしっかりまもらないと」
「もうこれ以上言うな!」
カウンターの上のものを全部一気に抱えて、アルタイルは更衣室に走った。
「え? え?」
レティシアの戸惑う声と、親父の爆笑が聞こえてきた。
「思春期ってとこだな」
* *
その日の夜は、村の簡易宿泊所に天幕を張った。
簡易宿泊地とは、利用者が天幕だけを持ち込んで野宿を行う場所のことだ。もちろん、通常の宿に泊まるよりも圧倒的に安い。
村ごと、町ごとに、ルディ退治の利用者向けに用意されている。トイレや、簡単な水場、焚き火場が用意されているのが特徴だ。大きな町では、剣や魔法の訓練場が併設されていることもある。
ルディが出現し始めた五十年前から整備され、だんだんと増え続け、今はルディ退治を行うゼルたちになくてはならない宿泊所になっている。
「初夏はこんなもんだよね。秋になると、ルディが出やすい季節になるから、また移動する人でにぎわうかもね」
ルディのいなくなった村では、ルディ退治向けの宿泊所は、レティシアとアルタイルのほかに、三人から五人で編成されたサリが数組、泊まっていた。レティシアは慣れた様子で、水場や炊事場で挨拶を交わす。みな、ほかのルディ出没地に向かう途中だった。
「お、ちょうどいい。ここ、魔法の練習所も用意されているぞ」
アルタイルが、広場の一角を指差した。そこには、人の背丈の二倍ほどもある土の山が積んであった。
この土の山をルディに見立てて、ゼルたちは訓練や作戦の確認を行うのである。
ほかのサリたちが去った後、レティシアとアルタイルも、早速この練習場を使うことにした。
「じゃあ、レティ。さっそく、唄ってみようか」
魔法は、特定の旋律を唄うことで、水や炎や風や大地の効果を発動する。
「切ったり、力を飛ばしたりする攻撃魔法だけが、魔法の攻撃手段ではない。たとえば、相手に熱の力を与えて、熱したものを一気に冷やすだけでも、その膨張の力を使ってダメージを与えることが出来る」
「ハイ」
レティシアは素直にうなずく。その様子を見て、アルタイルも満足げだ。
「よし、じゃあ、恥ずかしがらずに唄えよな。
『浸透。炎よ、気高く熱き力を示せ』……まずは温めろ」
「ハイ!」
アルタイルが、平調子で発した言葉では、魔法は発動しない。旋律を乗せて唄うことで初めて、魔法の効果が出るのだ。
『浸透!』
レティシアが言葉を唄にして発した瞬間、ぶわ、と、周囲の空気の温度が上がった。
驚いたのはアルタイルだ。
「レティ! お、抑えろ!」
「抑えます!」
『引け、強き熱よ』
そのままじゃないか!
形式も何もなっていないレティシアの唄だったが、唄に乗せた瞬間、すっと周囲の温度が引いた。
「こ、今度は引きすぎだ!」
熱がどんどん奪われて、初夏だというのに地面の草に霜が降り始めた。
「なんだなんだ! なんの魔法を使っているんだ!」
「ちゃんと制御しろよ!」
すでに天幕に入って眠る態勢に入っていたゼルたちが、あまりの寒さに起きだしてきた。
「す、すみません!」
レティシアは急いで謝る。
「初夏だと言うのに、なんだよこの気温!」
「体調崩したらどうしてくれるんだ!」
浴びせられる罵声に、レティシアがびくびくと縮こまる。
「す、すぐに何とかしますから!」
人々の視線を振り払うように、レティシアが思い切り息を吸った。
『冷たく清き風の腕よ! そを抱きしめん!』
美しい短調の旋律に乗せられたのは、魔法の初心者の単純な言葉。
しかし、レティシアの澄んだ唄が響いたその瞬間、拡散していたすべての冷気が、レティシアの指差した土の塊に殺到した。
ボグォ、と、くぐもった音が、簡易宿泊所に響いた。
「わ、割れた?」
「成功だ! 俺の見込んだとおりだな!」
アルタイルが歓声を上げた。やっぱり、レティシアは魔法も出来る!
俺は剣士として、レティシアに教わって戦って、誰にも負けないくらい強くなるんだ!
アルタイルが喜んだ次の瞬間、土の塊は、砂となってその場に崩れ落ちた。 ざあっと、大きな土の塊が細かい砂となってなだれて、かなり離れていた人々の足元に広がった。
「……こりゃあ、見事だ。こんなに唄が効いたのは、はじめて見た」
使ったら、もとにもどしましょう。
そう、看板がついていた。
「……修復、がんばってください」
ゼルたちは、あいまいに笑って、その場を後にした。
その笑いの意味が、アルタイルには、よくわかった。圧倒的な力を前にした時の、恐れ。妬み。
「レティの魔法の才能は、剣以上かもしれない」
アルタイルの背筋に、冷たい汗が滑り落ちた。先ほどの興奮が冷めていく。
なんて、残酷なのだろう。剣だけでなく、魔法までも。才能の差を、こうまで見せ付けられるとは。
「片付けるぞ! レティ! 今日の訓練はおしまいだ!」
「…………ハイ」
『集え、汝ら同胞をいとしみ支えよ』
レティシアが、アルタイルのささやいた言葉どおりに、その場に残ったわずかな砂粒を指して唄うと、宿泊所に砂風が巻き起こった。
「いい加減にしてくれよ! 風呂入ったばかりだったんだぞ!」
「す、すみません!」
砂風に巻かれたゼルが怒鳴る。びくりとレティシアが縮こまる。
あっという間に、崩れた砂は元通り、土の塊に戻った。
それだけではない。
大きさが、もとの二倍ちかくあった。
同じ性質の砂を、近所中から集めてしまったらしい。
「へ、へへ……。ちょっと、大きすぎた?」
アルタイルの表情をうかがいながら、卑屈に笑うレティシア。
才能の差を見せ付けられたアルタイルは、かなり落ち込んだ。
* *
天幕に戻ると、レティシアはさっそく鎧の手入れを始めた。
「アルの鎧から、処理しようね。新品だから、すこし機能を足そう」
レティシアはアルタイルの鎧に、タオルで塗料を刷り込んでいる。銀色の塗料は、よく磨かれた革に定着し、しみこんで刷り込まれていく。
「レティ。それ、なに?」
刷り込まれた塗料は、革の色をベースに、鈍く輝いた。
「少し前なんだけど、買っておいたの。魔法の防御力が上がる塗料。特に、鷲族と相性のいい、風の属性の魔法よ」
地の恵みを受けた唐草模様の上にも、銀の塗料を刷り込んだ。
「ずいぶん豪華になるんだな」
「革とは思えないでしょ」
型押しされた模様に、銀色が施され、細工のように浮き彫りとなった。
「この鎧の唐草模様は、地の魔法がかかっているんだよな。風は、対極の力になるけど、打ち消しあったりしないのか?」
レティは頷いた。
「大丈夫。この紋様、唐草模様でしょ?唐草は、天と地をつなぐものだから、風の防御をほどこすことに意味があるのよ。この鎧に元から備わっている地の防御魔法に、風の防御魔法が加われば、ルディの爪や魔法攻撃を防げる確率があがるよ?」
こういう話をしているときのレティシアは、弱弱しくも、おどおどもしていない。
自然に微笑んでいる表情は、優しくもあり、力強くも見える。
これが本来のレティシア・バーベナなのかと、アルタイルはうなる。
「お前、剣を振り回したりするより、こういう魔法の研究や職人のほうが向いているんじゃないのか」
レティシアは答えなかった。天幕の天井に、アルタイルの放った魔法の小さな灯が浮いている。蛾が一匹、光に引き寄せられて、ぐるぐるとさまよっている。
「そろそろ寝ようか、アル。天幕で泊まるの初めてでしょ。睡眠時間は余裕を持たせたほうがいいよ」
アルタイルはレティシアの作業を見守っている。
「なあ。お前、本当に魔法の免許、もってないのか」
「剣の免許を取るので、精一杯だったのよ」
全ての塗料を施し終わり、レティシアは端切れで仕上げにすっかり磨き上げた。
「明かり、ありがとう」
「ああ。消すぞ」
またしても、礼を言われてしまった。この場合、礼を言うのは、鎧の防御力を上げてもらったアルタイルのほうなのに。
「変な奴……」
明かりを消すと、ぱたぱたと、蛾がどこかへ飛び去る音がした。
アルは仕上がった自分の鎧を抱えて、脇に寄せた。すぐに深い眠りが彼を抱き取った。
つづく!
【オリジナル】夢と勇気、憧れ、希望 ~湖のほとりの物語~ 6
オリジナルの6です。
⇒ボカロ話ご希望の方は、よろしければ味見に以下をどうぞ……
☆「ココロ・キセキ」の二次小説
ココロ・キセキ ―ある孤独な科学者の話― 全9回
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☆夢みることりを挿入歌に使ってファンタジー小説を書いてみた 全5回
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