「むかしむかしあるところに
悪逆非道の王国の
頂点に君臨するは
齢十四の王女様――」
ちょっと待って下さい。
国の頂点に君臨しているのに、どうして「王女」様なんでしょう。
だって、王国の頂点に立つと言ったら王様で、それが女性の場合は「女王」様って呼ばれるのが普通じゃないですか。
この歌を聴いた方の中には、そこのところを不思議に思う人もいたかもしれませんね。
実は、歌になって伝えられているのは表の事情。いわば歴史の表側だけのお話なんです。
その裏には、もう一つ別の真実が隠されていたわけですが……それについて聞きたいですか?
では、話して進ぜましょう。
後の世に、《悪ノ娘》と謳われた、悲しき王女様の真実を。
+ + +
その国は、もうずいぶんと昔から王様は飾り物の傀儡で、実際に政治を行っているのは代々宰相の任を請け負っているある古い貴族の当主でした。
まあ、専制君主制の国には時たまあることですね。
ところが、何代目かの王様は時の宰相に逆らい、自らが政治を取り仕切ろうとしたわけです。この王様はまだ若く、それなりに人望もあって、頭も良く、行動力もあった。だから、それが実現できると思ったんですね。
でも、結局は宰相とその手下どもにこてんぱんにやられて、国民たちには病気と称して地下牢に幽閉されてしまったのです。
ところで、この王様には年若い妾妃がおりました。
ちなみに、王妃様は宰相への反逆を企てた際に暗殺されてしまって、王様の身内で生きていたのはこの妾妃だけだったわけですが、なぜ生かされたのかといえば、たまたま王の子を身ごもっていたからでした。
で、この妾妃が産んだのが、双子の女の子と男の子――かわいそうな王女様と、顔のそっくりな召使というわけです。
もっとも、ここで母親が生きていれば、この双子ももうちょっと違う人生を歩めたのかもしれませんが、双子の母は産後の肥立ちが悪くて、あっさりと死んでしまいます。
私はこれも、案外、宰相が暗殺したんじゃないかって思ってますが……これに関しては証拠が何もありません。
ともあれ、生まれてすぐに母を亡くした双子は、乳母の手で育てられることになったわけですが――宰相は、ここで一計を案じます。
国の内外には、生まれたのは王女一人だと発表したわけですよ。
どうしてそんなことをしたのか。
別に王の子供が男女の双子でも、全然問題はないでしょうし、そもそも普通は王子の方を世継ぎとするものでしょう。
でも宰相は、そうしなかった。
理由は簡単です。牢に幽閉している王様に余計な希望を与えないためと、自分がマズイ政策をして国民から非難を浴びた時の避雷針がわりにするためです。
だから宰相は、王女の乳母にも侍女たちにも、彼女をわがまま放題に育てるように命じたのです。
もちろん、彼女が父の後を継いで女王になれば、自分が操りやすいとそんなことも考えていたでしょう。
十四年が過ぎて、王女は美しいがわがまま一杯の少女へと成長しました。
王様は相変わらず幽閉されたままで、国民たちには病気と称されているので、こうなると国の頂点に立つのはこの王女様です。
まあもっとも、どこまでが王女のわがままで、どこまでが宰相の策略かはわかりませんけれどもね。
たとえばですよ?
豪華な調度品やドレス、装飾品、そういうものを次々と買い与えたあげく、王女が次にこれがほしいと
言い出した時、おもむろに宰相は言うわけです。
「申し訳ありません、王女様。お金が足りないので、それを買うことはできません」
と。
「お金が足りない? だが、今まではちゃんとあったであろうに」
怪訝な顔で尋ねる王女に、宰相は更に言います。
「はあ。ですが、愚民どもがきちんと税金を納めませんので、お金が足りなくなってしまったのです」
「なんと。……では、何がなんでも、民たちに税金を納めさせるのじゃ!」
かくて、宰相は他の大臣たちに檄を飛ばし、命じます。
「王女様の命令だ。愚民どもから、しぼれるだけ税金をしぼり取れ。逆らう者は、かまわん。皆、粛清してしまえ!」
つまり、何も知らない王女の言葉を、自分たちに都合のいいように拡大解釈して伝えたわけです。
こんなことが繰り返されるうち、国民たちの間では、王女は極悪非道の暴君として認識されるようになったのです。もちろん、他の国々からの認識も、似たようなものだったでしょう。
ところで、この国は昔から隣の国の領土を狙っていて、何かとちょっかいをかけていました。
長い歴史の中では、戦争になったこともあれば、仲良くするために双方の王家から嫁を送り迎えして、姻戚関係を結んだこともありました。
そして、王女が生まれる前――まだ王様が幽閉されてしまう前には、双方の仲はこれまでになく良好で、王様はこの隣国の力を借りて宰相たちを権力の座から引き摺り降ろそうと考えていたりしたのです。
つまり、宰相にとって現在の隣国はあまりありがたくない存在でした。
しかしながら、表面は和平を保って何事もなくやっているため、隣国を攻撃する理由がありません。
そんな時、王女が恋をしたのです。
相手は、海の向こうから隣国に留学して来ていた青年で、たまたま青年の父親と知り合いだった王女の国の貴族の一人が、パーティーの席で王女に引き合わせたんですな。
王女はこの青年に、夢中になりました。
けれども、青年の方は隣国に恋人がいて、王女のことはただ父の知人に引き合わされた偉い人ぐらいにしか思っていません。
ここで王女は初めて、世の中には自分の思いどおりにならないものもあるのだと知るわけですが――隣国を攻撃する口実がほしい宰相は、わざとあれこれ王女に青年とその恋人のことを吹き込みます。
それでとうとう王女は、嫉妬のあまりに恐ろしい命令を口にしてしまいます。
「隣の国を滅ぼしなさい」
とね。
隣国の人々にとっては、まさに晴天の霹靂です。だって、王女の国とは今は友好関係にあると信じていたわけですから。さすがに隣国の王は、この国の王が長らく病気と称して人前にすら姿を現さないことを不審には思っていたようですが、それでもまさか、突然攻撃されるとは思っていなかったでしょう。
ともあれ、隣国はあっという間に王女の国によって滅ぼされてしまいました。
しかも、その戦争のどさくさに、件の青年の恋人は殺されてしまいます。
こちらは――宰相のせいではありませんでしたが。
王女の双子の弟、あの顔のよく似た召使が、王女の望みをかなえるためにやったことでした。
いや、でもまあ、やっぱりこれも宰相のせいですかね。
この召使もまた、どれだけ悲しかろうと苦しかろうと、世の中には自分の思いどおりにならないことがあると、王女に学ばせなければならないんだということが、わかっていなかったんです。そしてまた、そういうことがわかるように育てられなかった。ただ一途に、自分は何を犠牲にしても、王女の笑顔を守りたいとそう思ってしまったのでしょう。
それは、若さゆえの一途さでもあり、一途なゆえの過ちでもありました。
そうですな。この双子の本当の悲劇は、こういうところにあったのやもしれません。
どちらも若く、一方は無邪気にすぎて物事の善悪がわからず、一方は一途に過ぎてほかのものが見えなかった――それゆえに、ただ破滅への道を一直線に走ってしまったのかもしれません。
隣国との戦に勝って以来、王女の国はどこか殺伐とした雰囲気に包まれるようになりました。
そもそも、戦というのはとてもお金がかかります。
ようするに、隣国を滅ぼすために、またまた国民たちから税金をしぼり取ったわけです。
しかも、勝ったからといって、国民が潤うわけではないんですよ。
よくある話、専制君主制の国では、税金は基本的には王侯貴族らが生活をするために徴収されるものなのです。もちろん、少しでも頭のある君主なら、ちゃんとそれを国のために使うこともしますけれどもね。たとえば、道や橋を作るとか直すとか、公共施設の修理とか建造とか、あるいは福祉的なことに使うとかですな。
しかし、この国の場合はそもそも頂点に立っているのが自分のことしか考えない人々なわけですから、どんな形であれ、国民に還元なんてされるわけがありません。
おまけに、国外からやって来た商人だの吟遊詩人だのが、いかにこの国の王女が隣国に対して非道なことをしたのかを、国民たちの間に伝えて回ったせいもあって、人々の怒りは次第に大きくなり始めました。
そしてとうとうある時、暴動が起こったのです。
人々を率いていたのは、赤い鎧に身を包んだ女剣士です。
実はこの女性、ひどい税金の取立てに反抗して粛清された男の娘でした。しかも、恋人を隣国との戦に借り出されて、あげくにそこで戦死させられるという悲運に見舞われ、怒りのあまり同じような人々を語らってこうして立ち上がったのでした。
で、この女剣士の後ろ盾になっていたのが、海の向こうから隣国に留学して来ていた件の青年でした。
実際、彼にしてみれば、恋人は殺されるわ留学先はめちゃくちゃになるわで、せめてこれぐらいしなければ祖国に帰るに帰れないという気持ちだったでしょうな。
そんなわけで、彼らに率いられた人々は暴動を起こしました。
それは最初は小さな火種でしたが、すぐに大火となって国中に広がって行きました。
結局、暴動が始まって一月もしない間に、王宮は暴徒に取り囲まれて蹂躙されるはめとなりました。もちろん、王女も捕らわれの身となったわけですが――宰相をはじめとする大臣たちは、前日の夜、闇にまぎれてさっさと国と王女を見捨てて逃げ出してしまっていました。
悪知恵に長けた宰相でしたが、まさか国民たちがここまでやるとは、思ってもいなかったのかもしれません。
もっとも、それでも最後まで全てを王女に押し付けて行くつもりではあったようです。彼は、地下牢に幽閉していた王様の食事に毒を盛り、もしも王宮に雪崩れ込んだ国民たちが地下牢を発見しても、誰も真実を知ることのないように手を打っていました。
こうして、全ては王女のせいにされ、捕らわれた彼女は国民たちの見守る中で、処刑されました。
今に残る古い文献によれば、その時も彼女は変わらず無邪気で、自分だけの世界の中に生きていたということです。
ところで、そうした文献の中には、ここで処刑されたのは王女ではないと記しているものもあります。
暴徒が王宮に雪崩れ込んだ時には、すでに中はみんな逃げ出して閑散としていたそうですが、そこにはあの王女とよく似た召使の姿もありませんでした。
もちろん、彼が王女の双子の弟と知らない暴徒たちは、誰もそんな召使の行方など気にも止めませんでしたが――でも、考えてみれば、たしかに変ですよね? 王女のために、人殺しまでするような少年が、この危急の際に、王女を見捨てて逃げ出すなんて。
それでまあ、後の歴史家たちは考えたわけです。
この時に処刑されたのは、実は召使の方で、王女は逃げ伸び、どこか別の土地で普通の女性として一生を終えたのだと。
事実、処刑の当日、群衆の中で一人だけ王女の死に涙していた少女がいたとも、またそれからしばらくしてどこかの海辺に、毎日瓶詰めの手紙を流しては涙にくれている少女がいたとも、伝えている文献があります。
ああ、そうそう。
王女も宰相たちもいなくなったこの国ですが、その後は共和制となって最初の大統領には、人々を率いていた女剣士がなったそうですよ。そして、自分の国を立派に立て直した後は、王女のせいで滅ぼされた隣国へも手をさしのべたとか。また、祖国に戻った件の青年が自分の国の施政者たちに訴えたことで、海の向こうの国からも援助があって、その後、二つの国は豊かに富み栄えたと言います。
それから、逃げた宰相たちですが――海の向こうのそのまた向こうの国で、その消息を聞いたとか聞かないとか。
きっとまた、どこかの国の王宮にもぐり込み、甘い汁を吸おうと画策したことでしょうが――賢い王様ならば、自国の王女に好き放題させたあげくに、祖国を見捨てて逃げ出すような男を、信用しようとは思わないでしょう。
+ + +
さて。
私の話はこれで終わりです。
信じる信じないは、みなさんのご随意に。
コメント2
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ご意見・ご感想
aya_o
ご意見・ご感想
>マシュマロさん
感想をいただけて、うれしいです。
>こう考えると、
>(今の)日本は良い国だなぁーなんて思いますw
たしかにそうかもしれませんね。
とりあえず、暴動を起こす前に、言いたいことは言えますし(笑)。
それでは、読んでいただき、ありがとうございました。
2009/05/08 23:06:23
aya_o
ご意見・ご感想
>黒ピットさん
そうなんですよ、こんな事実があったんです――なんて。
こんなふうだったかもなあという、妄想の一つですが、楽しんでいただけたようで、幸いです。
それでは、読んでいただき、ありがとうございました♪
2009/01/24 17:01:11