雪のちらつくある日、メイコはミクとリンから相談を受けていた。
 「だからー、最近夜中に台所から変な音がするの。ぐちゃっ、ぐちゃっ、ってなんか気味悪い・・」
 「時々ぶつぶつ言うのも聞こえるんだよ。怖いよ。」
 「・・うーん・・」
 しばし考えて、メイコはにっこり笑って答えた。
 「心配ないわ。その音の主は1人しかいない。」
 「・・・?」
 「ミクとリンじゃないし、私でもない。カイトは夜中に面倒なことはしない。もちろん、レンでもない・・でしょ、リン。」
 「うん。出て行けばすぐ分かる。」
 「だったら、残る人物は只一人。」
 「え、じゃあ・・」
 ミクは目をぱちくりさせた。
 「ルカ姉・・なの?でも、いったい何してるわけ?」
 
 その日の夜中も音はした。
 メイコとミクとリンは足音を忍ばせて台所に近づいた。少々立て付けが悪く、きちんと閉まらなくなったドアの隙間から、キッチンライトの淡い光が漏れている。
 聞こえる音は確かに気味が悪い・・内臓系の何かをつぶしているような音だ。
 「どうするの、メイコ姉。」
 「あら、入るだけよ。ちょっとー、ルカー?」
 「えっ・・、めーこ姉!」
 と、シンクの前に立っていた人物が振り向いた。桃色の髪に縁取られた麗しい容貌は、確かにルカのもの。だが、色白の頬には点々と黒いシミが飛び散り、手やエプロンにもべったりと黒いものがこびりついている。手の中の鈍く光る包丁、目の下には薄黒いくま、半眼の青い瞳がキッチンライトを反射して鋭く妹達を見据えた。
 「・・だれ・・?」
 「・・っぎゃああああぁああああああああっ!!」
 絶叫とともに腰が抜けた妹たちに、出てきたメイコが言った。
 「大げさねえ、ルカなのよ?」
 「でも・・色々怖いよ!」
 ミクとリンが半泣きになっていると、目を覚ましたカイトが、目をこすりながら部屋から出てきた。メイコが2人を部屋まで連れて行くように頼む。
 突然起こされたにもかかわらず、人の好い長男は2人の手を取って立たせてやった。そして台所に向かってのんきに言った。
 「あ、ルカ、チョコ作りは順調?」
 ぴくっ、とルカの眉が反応する。
 「な、何のこと・・?」
 「ここんとこ、毎日スーパーから板チョコ買ってきてるだろ?」
 「どうしてそれを!」
 「明後日はバレンタインデーだからねえ・・最近それ関係の仕事が増えてるから、根詰めると喉にひびくぞ。お休み。」
 ひらひら手を振って立ち去るカイトに、ルカは呆気にとられていた。
 「うーん、さすがカイト。変なところをよく見てるわ。」
 カタッ、と音がした。見ると、ルカがぐったりと椅子にもたれかかっていた。
 「大丈夫?カイトの言うとおり、今日はもう寝た方がいいわ。」
 「でも・・間に合わない。何回やっても上手くいかない。あと何日もないのに・・」
 「がくぽ君へのチョコ?」
 「ええ・・」ここでハッとして、ものすごい勢いでかぶりをふる。「違うわ、別に本命とかじゃないから!いつも仕事でその・・面倒かけてるから・・」
 はいはい、とメイコは苦笑した。

 このプライド高いうえに人付き合いに不器用な妹が、隣に住むインタネ家のボーカロイド、神威がくぽに複雑な感情を持っていることは承知している。
 どういうわけかルカは初めて会ったときからがくぽに敵意を隠さず、以後もあからさまに冷たい態度を取り続けている。がくぽがあれほど武士道を重んじ、紳士的でなければ、デュエ曲収録など不可能なほどだ。
 (でも彼との仕事は断らないのよね)
 散々文句を言いながら、がくぽとの仕事は他をキャンセルしてでも出かけて行く。
 「うーん・・」
 ボウルの中のチョコレートを指ですくって、メイコはうなずいた。
 「味はばっちりね。でも、このすごい粘りようじゃ使えないわ。」
 「チョコが上手く溶けないの・・粘って、飛び散って、もうめちゃくちゃ・・」
 「これを毎晩繰り返してたのね・・うん、湯煎のお湯がぬるいんだわ、溶かすのを手早くやらないとお湯が冷めていくから。明日、私もチョコムースを試作するから一緒にやりましょ。だから今日はもう寝て。」
 「ええ・・」
 ルカはため息をついた。チョコムースの試作、なんてずいぶん簡単にメイコは言う。
 (料理上手だから仕方ないけど・・うらやましい)
 疲れでぼうっとしながら、あいつはお菓子なんて喜ぶかしら、と無意識に考えていた。

 で、バレンタインデー当日。
 メイコとルカにミクとリンも加わり、クリプトン家の台所は大騒ぎだった。そこに30分前に朝ご飯を食べたばかりのレンが、
 「腹減ったー、メイコ姉、ケーキまだあ?」
 とミクとリンのチョコを全く無視した発言をかまして、しばかれる。カイトは仕事で、
 「めーちゃんのチョコムース、楽しみにしてるよー。」
 とか言いながら出て行った。さすがにメイコは顔を赤くしたが、湯煎のチョコを溶かす手つきによどみはない。
 「そうだ、レン、あんたヒマしてんなら砂糖入れて。」
 メイコはソファでごろごろしていたレンの手に、砂糖入れと砂糖の袋を押しつけた。
 「あ、塩も頼むわ。隠し味にちょっとだけ入るから。」
 リンにも塩入れと塩の袋を持たされて、レンは不承不承起き上がる。
 「ったく、なんだよ・・」
 不機嫌になったレンに、ミクがソファの後ろから笑いかけた。
 「美味しいクッキー作ってあげるから。働かざる者食うべからず、だよ、レン。」
 「美味いの、な。ミク姉も料理、ビミョーだし。」
 「はい?」
 「何でもないです。めーこ姉、砂糖と塩ー。」
 「ありがと。今日は特別、時間無制限でゲームしていいから適当に待ってて。」
 「マジで?!やった!」
 早速パッドを握りしめる弟を見たリンが、
 「風情ないやつ・・チョコよりゲームが大事か。」
 と、つぶやいた。そこにまたミクの声。
 「めーこ姉、お砂糖が足りなーい。」
 「え?今、足したのに?」
 「お砂糖の量まちがえた。」ミクはえへへっ、と笑いながら言った。「小さじなのに、大さじで入れちゃった(^^;)・・会社の人やスタッフの人達、日頃疲れてるから少しくらい甘くても良いよねっ?」
 「もー・・しょうがないわね。ルカ、そっちは・・」
 振り向けばそこには、親の仇のように電子はかりと睨み合うルカがいた。
 「0.1gがどうしても量れない・・」
 「ああ・・そのくらいなら誤差よ。ミク、砂糖入れ終わったらルカに回して。」
 ルカは昨日一日いっぱい練習した、チョコマーブルケーキに取り組んでいる。
 (あそこまできっちりしなくても・・でも、この完璧主義がルカらしいんだけどね)
 キャッキャウフフしながら、ぽこぽこ生地を型抜きしている妹達とは対照的なルカを見てそんなことを考えながら、メイコはようやく自分のお菓子作りに取りかかった。
 
 「・・できたわ。」
 ルカは型から取りだしたケーキを見て、ほうっ、と息を吐いた。横からメイコがのぞき込む。
 「完璧だわ。このマーブル模様といい、焼き加減といい・・これならがくぽ君も喜ぶわよ。」
 「ええ・・って、違う、あいつを喜ばすのに作ったわけじゃないから!!」
 「はいはい、日頃冷たくしてる罪滅ぼし、だったわね。」
 「うっ・・それも違・・いえ、まあ・・」
 「冷ましてる間にラッピングの用意をするわよ。」
 ルカが選んだのは、シックな濃茶の包装紙と金色のリボン。
 「うわあ、ルカ姉色だあ。」ミクが声を上げた。
 「もしかしてこれって・・あれ?私をあげる、みたいな?」
 リンの言葉にルカの顔が赤くなる。メイコが妹達の襟髪をひょいとつかむと、廊下に放り出した。
 「仕事ついでにクッキー配るんでしょ!もう時間よ!」
 「は~い。いってきまーす。」
 このときさすがにゲームに疲れたレンは、近所のラーメン屋に出かけていた。
 ルカがケーキの包装と着替えを終えた頃、カイトが帰ってきた。
 「お~、チョコのいい匂い。あ、ルカ、今がくぽも一緒に帰ってきたから、行けば家にいるぞ。」
 「あ、ああ・・そう。」
 「頑張ってこいよ。」
 「べ、別に頑張ることなんてないわっ。行ってきます。」
 「行ってらっしゃーい。」
 カイトとメイコの二人に手を振って送り出され、ルカはそそくさと出て行った。
 「さーてと、メーちゃんのチョコムース~?」
 「その前に手を洗ってうがい。インフルエンザが流行ってるから、うちに持ち込まないようにね。」
 「どうせなら熱いシャワーでも浴びようかな。今日のPV収録、けっこう汗かいてさ。」
 「じゃ、さっぱりしたところで冷えたムースをだしてあげるわね。」
 20分後、出てきたチョコムースを見て、カイトは感動した。
 「おお・・クリームでハートまで描いてある・・」
 「言わなくていいわよ、こっちが恥ずかしいわ。」
 「はは・・でもさ、頑張らないとか言いながら、ルカ、気合い入ってたよね。化粧も服もばっちり決まってたしさ。やっぱり女の子には大切な日なんだな。」
 「そりゃそうよ・・でも、がくぽ君にはほんと、面倒かけるわね。はい、どうぞ。」
 メイコお気に入りのワイルドストロベリー柄の皿に、つややかな黒に輝くチョコムースが乗っている。
 「ありがとう、めーちゃん。いただきまーす。」
 はむ、と一切れ口に入れたカイトの動きが、数秒後にぴたりと止まった。
 「?」
 もういちどむぐむぐ、と口を動かし首かしげ、最後に眉間にしわが寄る。
 「めーちゃん、なんかこれ、味がヘンだよ。」
 「え?」
 メイコは慌てて自分の分を一口食べた。
 「んん?!」
 もう一口。
 「こ、これは・・しょっぱい?!」
 メイコはもう一口食べて、やはりこれはしょっぱいムースだという結論に達した。
 ショックのあまり、ガタッ、と椅子を鳴らして立ち上がる。
 「な・・なんで?何があったの?!どこで、こんなに塩が入った?!」
 テーブルに手をつき、真剣な表情で記憶をたどり・・ハッとした。
 調味料棚に駆けより、砂糖と塩の容れ物から中身をそれぞれなめてみる。
 「逆だわっ!!砂糖と塩が逆に入ってる!!」
 ふるっ、と容れ物を持つ手が震えた。
 「あの馬鹿レン・・適当こいて砂糖と塩を逆に入れたわね~~~~!!」
 許さん、と台所を出ようとするメイコを慌ててカイトが引き留めた。
 「ま、待ってめーちゃん、先にルカに連絡しなきゃ。」
 「あんですってぇ?!」
 「がくぽ君がしょっぱいケーキを食べる羽目になるかもしれないだろ!」
 「あ・・」
 ようやく正気に返ったメイコは急いでルカの携帯に電話を入れた。
 その背後でカイトもそっと携帯電話を取りだした。
 「・・あ、レンか?お前、大変だぞ・・」

 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

バレンタインの惨劇1

病休&在宅仕事の合間に、去年の冬から考えてたネタを季節外れ承知で、仕込みました。“こんな機会滅多にない”し、ぽルカ成分を久々に摂取したくなりまして。体力あったら、もう一個書いてみようと思ってます。あと、特にレンに恨みはありません。悪いね、レン君。ちなみに私、実は子供の頃からチョコが嫌いです。チョコを使ったお菓子を見るのは好きですが。

閲覧数:474

投稿日:2013/08/10 00:39:22

文字数:4,447文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました