『世界が終わる日の少年少女について』
A、少年のはなし
「なあ、世界が二十一日で滅亡するって知ってる?」
「あー、マヤ文明とかいうやつだろ」
「そうそう。でも実際そんなこと言われても実感わかないよなあ」
「ほんとほんと」
僕はそう答えながら、教室の壁にかけられているカレンダーに目をやった。二十一日まであと一週間。
このいつも通りの日常があと一週間で無くなるなんて誰も信じていない。
でも昨日からテレビではずっと特集番組を組まれているし、暇な政治家は真面目な顔して選挙が終わるまでは死ぬことなんか出来ないと言っている。
漫画やアニメではよく世界が終わる前兆的なものが絶対あるのに、ここ数日異常気象なんかも観測されてない。
僕たち子供にとって、わくわくどきどきするような興奮もはらはらするような手汗握る展開も、あと一週間で訪れるなんてこの教室にいる生徒は誰も思ってない。
「そんなことより俺たちは明日の英語の小テストだろ」
「本当に終わるならテストなんかしてる場合じゃないもんな」
「徹也はさ、滅亡するって言われたらどうすんの?」
「はあ? 何言ってんの」
「もしもの話だって、もしもの話」
「そうだなあ。僕だったら……ああ、純に借りてる漫画全部読まなきゃ。四十巻くらいあるもん」
「あー、そういうのか。そしたら俺も途中のゲームやらなきゃだわ。気になったまま死ねない!」
「お前そんなこと言って今日帰ってやるなよ? 英語のテストが死ぬことになるぞ」
「やんねーよ、徹也こそ漫画読むんじゃねーぞ?」
チャイムが僕と純の会話を遮った。純は慌てて僕の前の席から飛び退いて「じゃあまたあとでな」と小声で隣のクラスへと走っていった。
昼休みが終わって五時間目が始まる。
冬の季節の五時間目は、ものすごく冷える。窓際の席の僕に風によって冷やされる窓ガラス越しの空気がずっと授業中寄り添っている感じがして耐えるのがきつい。
こんなことを言うと、女子から「男子はズボンだからいいじゃない。私たちなんてスカートなんだから」と文句を言われるのは分かってる。だから言わないけど。
五限は数学の授業だった。ご飯を食べてすぐに数式を聞くと眠くなる。一種の呪文を唱えられている気がする。
先生が黒板を向いて板書しているのを確認して、窓の外を見た。もう薄暗くなって、オレンジからネイビー色へとグラデーションが出来上がっている。別の場所から見たら、もう星も見れるかもしれない。
僕は一週間後、学校に来たら校庭はひび割れていて、ぺちゃんこになっている誰もいない校舎を想像してみた。空は曇天、太陽も月も星も見えなくなってる。至るところで物が割れたり燃えてたり、倒れてたりする。
家族も友達もいなくて、空気は目に見えるくらい汚く淀んでて、僕も死んじゃうんだってそこで理解する。
信号機は機能しなくなって、逃げ惑う人は衝突し合って、もうすぐ世界が終わるっていうのに言い合いしたり取っ組み合いしたり泣きわめいたりするんだろう。
僕はそれをぼんやり見ながら、あれ食べたかったなあとかどこ行きたかったなあとか思うのかもしれない。
小学生の妹のゆきは最後の日まで泣き虫だったなあとか、隣の家で飼ってるゴールデンレトリーバーのベスはこんな日くらいご飯いっぱい食べれたかなあとか、どうでもいいことまで考えるかもしれない。
死にたくないな、とか生きてたいな、とか思えることが無いなあ。まだ十四年しか生きてないんだ。
「柏木、問二……おい、柏木。柏木徹也。聞いてるのか」
「……は。はい。すいません」
「ぼーっとするな。問二、前に出て書け」
「はい」
いつの間にか三割くらいしか書かれていなかった板書が終わりの方まで書かれていて、ノートとってないのに当てられてしまった。ああ、でも先週やったやつの応用だ。どうにか出来そうだな。
明日は英語の小テストだし、クリスマスにはクラスでクリスマス会が企画されてる。冬休みだってあるし、お正月だって楽しみだ。僕はやっぱりこの世界が終わるなんて考えられないし、そうなってほしくない。
立ち上がって前へ出た。先生の顔やみんなの眠そうな顔、暖房が効いて乾いた教室の空気や掴んだチョークの硬さも匂いも、覚えておかなきゃ。勿体無かったな、って思わないように一日を生きていこう。
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