ブリーフィングルームで俺達を出迎えたのは、海軍将校の制服を纏った、威厳のある顔をした初老の男性だった。
「ようこそ。我が雪峰へ。私は本艦の艦長である、壮河凪だ。諸君らとは、あの戦闘以来だな・・・・・・。」
そう言い、彼は俺達に向け敬礼した。
彼の襟を見ると、大佐の階級を示す三ツ星が輝いている。
敬礼を交わすと、俺達八人は順に椅子へ腰をおろした。
「さて、もはや言うまでもないことだが、テロリスト達の手に渡ってしまったシステムの再起動によって、我々海軍はおろか陸軍、空軍共に全ての機能を停止させられてしまった。この最新鋭のステルス空母、雪峰さえも、システムによって全機能が停止したばかりか、艦載機も全て軌道が不可能な状態に陥ってしまった。ナノマシンを投入していた乗組員は、次々と体の不調を訴えている・・・・・・よって、今奴らに対抗できる戦力は、君達と、システムの影響を免れた、或いは復旧された武器、兵器のみとなった」
壮河艦長が重苦しく息をつき、皆が騒然とする。
だが、予期していたことだったのか、誰もそのことに異論を唱えようとする気配はない。
皆、事の現状とその重大さを嫌というほど理解しているからだ。
「君達には、他に生き残った最後の戦力を全て投入した、テロリスト討伐のための最終任務に参加してもらう。」
「艦長。他に生き残った戦力とは何のことですか?」
と、タイトが訊ねた。
「君達が救出してくれた、陸軍の工作員、そう、貴女のことだ。」
艦長が英田道子の方を見る。
「彼女が司令部、神田少佐の下に提供してくださった情報のおかげで、私には知らされていないが、テロリストの潜伏場所が判明したようだ。そして、本作戦のために、陸軍内で現在使用可能なごく僅かな装備類が集められた。そしてクリプトンからの協力を受け、ある一機の空中攻撃管制機が今、この雪峰の上空へ向かっている。機内で少佐と、作戦に必要なクリプトン社員と、あの少女、セリカが待っている。私が君達に伝えられることは少ない。本格的な作戦内容は彼らから聞いてくれ。」
空中攻撃管制機?
クリプトンがそんな兵器を所有していたことなど聞いたこともない。
恐らくウェポンズではなく本社で独自に開発を進めていたものか、それとも、完成直後でナノマシンが未導入であるのか。
どちらにせよ今使えるものは最大限に利用しなければならない。
もはや・・・・・・一々疑問を抱いている場合ではないな。
「あと二十分ほどで、本艦に着艦するはずだ・・・・・・全く、今当てにできるものといえば、この時計ぐらいだな。」
艦長は自分の腕時計を覗き込み、呟いた。
「いや・・・・・・すまない。彼らが到着するまで、せめて疲労した体を休めてくれ。充電器も用意させてある。それでは、彼らの到着まで解散してくれ。」
艦長が言うと、またあの兵士が現れた。
「どうぞこちらに。待機室へご案内します。」
俺達は無言で立ち上がろうとした。
「・・・・・・・ワラ?」
隣に座っていたワラが立ち上がった瞬間、体の芯が抜けたようにバランスを崩し、そのまま俺の胸へ倒れこんだ
「ワラ・・・・・・!?」
俺はその華奢な体を両腕で受け止め、抱き上げた。
「どうしたんだ?!」
「ワラさんッ!!」
皆が心配そうに駆け寄り、ワラの顔を覗き込んだ。
「ワラ・・・・・・ワラ!」
俺が呼びかけると、彼女は微かに瞼を開き、虚ろな瞳を覗かせた。
瞳だけではなく、ワラの顔色は不気味なほど蒼白になっており、明らかに生気を欠いている。
恐らく、システムの影響がまだワラには色濃く残っているのではないのだろうか。
「おい、救護室はどこだ。案内してくれ。」
「分かりました!」
俺が言うと兵士は足早に俺の前を歩いていき、俺達もその背を追いかけた。
救護室に到着すると、既に何人かの人間がベッドの上に横たえ苦痛にうなされていた。
「あそこが空いてます。自分は充電器を持ってきます。」
兵士が救護室を去ると、俺は唯一空いていたベッドへワラの体を横たえた。
ワラは苦しそうに固く口元を結んでいたが、徐々に、その表情に生気を取り戻していった。
「ワラ。」
もう一度彼女の名を呼びかけると、彼女は静かに瞼を開いた。
その瞳には生気が戻っている。
「大丈夫か?」
「・・・・・・・うん。」
「無理するな。調子が悪いのなら、俺が少佐に言って・・・・・・。」
「いいよ・・・・・・・そんなことしなくても。」
「・・・・・・。」
言葉は交わせたものの、まだワラの言葉に、あの陽気さは取り戻せていない。
「ワラ・・・・・・デルの言うとおりだ。今はワラの本が大事なんだ!」
「そうだよワラさん。本当に、無理に作戦に出なくてもいいんだよ?」
ミクとシクがワラの顔を覗き込んで、瞳を滲ませて言った。
「大丈夫・・・・・・もう少し休んでいれば・・・・・・うん。」
その時、兵士が救護室に戻り充電器を置くと、そのままどこかへ姿を消していった。
誰に言われるまでもなく、俺は充電器のコードのプラグをワラの手首にあるソケットに差込んだ。
「・・・・・・だめ。」
突然、ワラが声を上げ、俺が差し込んだプラグを引き抜いてしまった。
「ワラ?!」
「少し・・・・・・訊きたいことがあるの・・・・・・ねぇみんな、悪いけど、デルと二人だけにさせてくれない?」
ワラの言葉に、皆が顔を見合わせた。
「ごめんね・・・・・・でも、後で話すから。ね・・・・・・。」
「ふーん・・・・・・なるほど・・・・・・。」
今度は突然シクが微笑みだし、隣のミクに何かを耳打ちした。
「そういうことか・・・・・・それじゃあ仕方ないな。」
「ちょ・・・・・・二人とも?!」
「さぁ、私達は待機室に行きましょう。それじゃあワラさん。上手くやってね~~~♪」
俺が状況を全く理解できぬまま、シクとミクが皆を救護室に押し出して行った。
「もー・・・・・・。」
「ワラ、話とは、何だ?」
「・・・・・・まずは・・・・・・そこに座って。」
言われるままベッドに腰掛けると、ワラの手が俺の手に伸び、重なった。
「ワラ・・・・・・?」
「ねぇ答えて・・・・・・あんたって、ホントはあたしのことどう思ってんの・・・・・・?」
苦しそうなワラの口から飛び出したその唐突な問いに、俺は一瞬言葉を失った。
「あの時も・・・・・・自分のことも構わずに真っ先にあたしに注射して、そんで空母に降りたときもヤケにあたしのことばっか気遣ってた・・・・・・今も、あたしがフラッと倒れそうになったら、あんたが真っ先に抱き上げて、ここにつれてきて・・・・・・あんたってさ、絶対あたしに特別な感情持ってるよね。」
確かに、彼女の言うとおりだ。
今までの俺の行動において、全てワラのことを第一に考えていた。
システムが起動したときも、VTOLで脱出する時も、だ。
自分でも、不思議に思うほどに。
「言っている意味が分からないが・・・・・・君に対して特別な感情を持っているのは、確かだ。」
「じゃあ、それはどうして?」
「分からない・・・・・・でも、君に出会ったときからだろう。」
俺が答えると、彼女は呆れたようにため息をついた。
「ふ~ん・・・・・・じゃあさ、今、あたしがあんたの手を握ってるけど、どう思う?」
今度はそう聞かれ、俺はワラの手と重なっている自分の手を見た。
そのことに対して、俺の胸の中に例えようない感情が沸き起こった。
ワラと、繋がっている・・・・・・。
それは・・・・・・。
「暖かくて・・・・・・とても・・・・・・。」
「とても?」
「嬉しい。」
「ッ・・・・・・!!」
ようやく俺の導き出した答えに対して、何があったのか、ワラは瞳を大きく見開き、頬を高潮させた。
「どうかしたか?気を悪くしたか?」
「そ、そうじゃないよぉ・・・・・・!!」
俺がワラの顔を覗き込むと、ワラはさらに頬を赤く染め、俺から顔を背けた。
「うれしいって・・・・・・ことはさ・・・・・・。」
「うむ。」
「あんたは、あたしが触れてると嬉しいんだよね・・・・・・?」
「ああ・・・・・ずっとこうしていたいくらいだ。」
「そ、それって・・・・・・ことはさ・・・・・・あんた、どういうことか、分かんない?」
「いや、それ以外には・・・・・・。」
「それって、一つの言葉で言うと、何て言うか、分かる?」
「いや。」
「その言葉は・・・・・・す・・・・・・す・・・・・・!!!」
「?」
ワラが何かを言いかけたそのとき、救護室の天井を巨大なエンジン音が揺るがし、同時に先程の兵士が部屋の中に足を踏み入れた。
「失礼します。お迎えの機が、艦に到着いたしました。お二人とも、急ぎご登場ください。」
「分かった・・・・・・。」
俺はワラと繋がった手で、そのままワラの体を引き起こした。
「行こう。」
「・・・・・・・うん。」
俺達は、二人足並みをそろえ甲板に向かった。
彼女の言おうとした言葉・・・・・・。
「す」から始まる言葉・・・・・・。
いや、その答えを知るのは、後でもいいだろう。
これから始まる、最後の戦いを乗り越えた、その後でも・・・・・・。
SUCCESSOR's OFJIHAD第五十八話「『す』から始まる言葉」
【雪峰】(架空)
日本防衛海軍が開発した最新鋭空母。
日本初の国産空母とされるが、恐らく開発に海外のウェポンズ支部が協力している。
従来の空母よりかなり斬新な設計が行われ、近年のステルスイージス艦のように全高を低くし、電波吸収装甲や妨害装置の搭載によりレーダー反射率を極限まで下げており、レーダーには小型クルーザー程度にしか映らないと言う。
しかし航空機搭載量は従来の比ではなく、小型航空機百機、四機同時離発艦能力を備える。
自衛隊時代とは違い多少交戦権を得たとしても、空母の所有は日本にとって明らかな過剰装備であり、軍内からもこの艦の存在意義を問う声が出ている。
現在の運用も試験的ではあるが、その有効性と能力の高さが既に実証されているため、この空母が不要とみなされ退役することはないと予想される。
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