紫苑の君と白鷺の巫女


ある所に容姿端麗な兄妹がおりました。

北東の国の辺り一面を支配する殿様の子息で兄は紫苑の君と呼ばれ文武両道の立派な若君でしたので、国中の男女から憧れと羨望を寄せられておりました。
ある時紫苑の君は元気で愛らしい妹姫の為に鷹狩で美しい白鷺を取ってくる約束をしました。
「お前に相応しい美しい鷺を取ってこよう」

お供を数人引き連れて、若君は溢れんばかりの瑞々しい新緑の森の湖畔へと向かいました。

湧き水の透き通った清廉な水を湛える大きな池には、まるで雪か青空に浮かぶ雲を切り取ったかのような真っ白な羽をもつ白鷺達が長くしなやかな鎌首を擡げ到着した若君一行を注目しました。

「おお、居おる居おる…繁殖時期を少々過ぎてしまったが、美しい羽を妹に贈ってやる事が出来そうだ」
その鷺達を見た若君は大喜びして鷹狩の仕度を共の者達へと命じました。

自身もお気に入りの鷹を持ち、鷹匠達を率いて鷹狩を始めました。

…が、放った鷹たちは暫らくすると獲物を追う事もなく、また捕らえる事無く戻ってきてしまうのでした。

「一体どうした事だ?具合でも悪いのだろうか…??」
皆で首を捻っているとソコへ一人の女子(おなご)が姿を現しました。
「もし、そこな立派な方々は此処へは鷹狩をなさいに来られたのでしょうか??」
現れた女子は白雪の様に真っ白な髪と着物姿で紅玉の様な瞳を持った美しい娘でした、その様に真っ白な御髪の娘を見た事がなかった若君は突如現れた異端でありながらもその純白の娘に心奪われました。
突然現れた娘を警戒してお供の者達は刀を抜き放ち、娘に刃を向けました。
「娘、無礼であるぞ!」
警戒するお付きの者達を抑え、若君は娘へ尋ねました。
「よい、左様だが然らばそれが…」
「今のこの時期に白鷺達を狩るを何とぞお取止め下さいませ」
「それは何故(なにゆえ)だ?」
「繁殖の終わった白鷺達は此れから出産をし、子を育てて行かねばなりません、今狩られますると子を生めぬ者や片親だけとなってしまう者も出てくるでしょう。何とぞ初秋までお見逃しください」
「ふむ…ではその代わりにそなたが私に仕えてはくれぬか?それならば願いを聞き入れよう」
若君の発言に娘は戸惑いましたが、大人しく彼の命に従う事にしました。
「わかりました、彼方様にお仕え致しましょう、その代わりお約束をお守り下さいませ」
「うむ、心得た」
こうして紫苑の君は白雪の様に白い娘をお城へ連れ帰りました。

「兄様?白鷺狩に行ったのではありませんでしたの??」
手ぶらでとんぼ返りをした兄君に帰りを待ち侘びていた妹姫は呆れて問うた。
「そうだったのだが…まだ時期が早いし秋口でも良かろうと思うてな、代わりにこの娘を連れ帰った」
城に連れ帰った白雪の様な娘を若君は妹姫へと引き合わせた。
「そうだ、まだ名前を聞いてはおらんかったな、そなたの名は何と申すのだ?」
「…白(ハク)と申します、若君さま姫君さま」
「白と言うの?アタシの名前は萌黄よ宜しくね。って兄様は名も聞かずにこの人を連れ帰ったのですか?相変わらず気に入ったモノは何でもすぐお持ち帰りになるのですから困ったものです。つい先日も気に入ったと言っては馬をお持ち帰りなさって…」
「む…すまぬ、つい」
「ついではありません、そんな事ではアタシも安心して輿入れ出来ませぬ」
「左様であるか…」
兄と妹のやり取りに、白は驚いて思わず聞き返してしまいました。
「萌黄姫さまは何処かへ嫁入りなさるのですか??」
「ええ、今年の秋に…隣の国へ輿入れすることに今春決まったの」
「それでその輿入れの品の一つとして白鷺を萌黄へ送ろうと思うておったのだが」
「…そうでしたのか、でしたら私が週に一度姫様へ白鷺の羽根を一枚づつお持ちいたします、それならば秋口になるまでには其れ相応の数にもなりましょう」
「本当に?ありがとう白」
白の申し出に萌黄はニッコリと微笑んだ。
「白には今日から城で仕えてもらう事にした、萌黄も面倒を見てやってくれ」
「はい、兄様。突然城に連れ帰られて困ったでしょう?でも兄様はああ言い出すと聞かぬ方だから許して差し上げて」
「いいえ、此方こそ不肖者ですが宜しくお願いいたします」
こうして気さくな姫君と少々強引な若君の下で共に生活する事となった白であった。

白はけして明るく元気のある娘ではなかったが無駄口等を一切たたかぬ良く働き辛抱強い娘であった、そんな彼女を気に入った姫君は時には彼女に我が儘も言って振り回したりして白を姉の様に慕った。
「あの子が我以外の者に我が儘を言うのは珍しい、そなたをよほど気にっておるのだな、母を早くに亡くしているのであれの我が儘はあの子なりにそなたに甘えているのだ。許してやってほしい」
「…そうでしたか」
妹君の我が儘は決して無理難題をふっかけてくる様なものではなく、むしろ微笑ましいものばかりであったので白も出来うる限り姫君の我が儘に辛抱強く付き合ってあげていた。
「それに、嫁に行ってしもうてはもう素直に甘えたり我が儘を言える相手も居らなくなるであろう」
「…」
「こうやって三人で過ごせるのもあと僅かか、姫として生まれた宿命とは言え寂しくなるな…」
「はい…」
若君の寂しそうな横顔を見詰めながら白はその時が来なければ良いのにと思った、彼女も何時の間にか若君と妹君の事を深く慕ようになっていたから。
そうして穏やかで優しい日々は瞬く間に過ぎ去り、いよいよ萌黄姫の輿入れとなる秋口へと季節は差し掛かった。

そしてある日、白は意を決して若君にこう言った。
「お約束通り秋口まで狩をせずに頂いた事心より感謝いたします、つきましては私から萌黄姫さまへ輿入れの祝いの品として生きたままの白鷺をお持ちいたしましょう」
「ほう、それはありがたいが、そなたに狩が出来るのか??」
「大丈夫です、ですがそのために今一時お暇を頂けませんでしょうか?」
「ふむ、致し方があるまい」
「ありがとう…ありがとうございました」
若君は知らなかった、これが『白』と言う娘との別れになる事を。
深々と頭を下げた白の頬を伝う涙を、紫苑の君は見ることはなかったのだ…。

白が白鷺を取りに城を出た翌日、白の言った通り若君と姫君の元へ生きたままの一羽の美しい白鷺が届けられていた。
「まあ綺麗、でも殺してしまうのは忍びないわ。兄様この子の羽根を何枚かだけ頂いていきますわ」
「そうだな、この白鷺を血で汚す様な事はしたくはないな…」
「そう言えば白は?白は何処に居るのですか??もう明後日がアタシの輿入れだと言うのに…」
姉の様に慕っていた相手が姿を消してしまい、しょんぼりと落胆する妹に兄はその言葉を聞いて不安で心がいっぱいになっておりました。
「そういえば何時まで仕えてくれるのか約束をしておらなんだ…もしや秋口までとの約束であったから彼女は去ってしまったのであろうか」
強引に連れ帰ったとは言え、とても仲良く親しくなっていたのでまさか自分達の元を去るなどとは…考えてもみなかった若君は、今になってあの時、最後に交わした会話が別れの言葉であったのだと気が付いたのでした。
白の言っていた「ありがとうございました」は「白鷺を狩らずに約束を守ってくれた事に対しての」言葉であったのだと若君は思っていたからだ。
落ち込み沈む紫苑の君に、捕らわれて来た白鷺は心配そうに若君の顔を覗き込みました。
「…そなた随分と人馴れしておるな、此処に来て一度も暴れてもおらんし、もしや白に飼われておったか餌付けされていたのか??」
彼女は週に一度萌黄姫の為に白鷺の羽根を一枚づつ届けていたのを若君は思い出したからだ、言われた鷺の方は困ったように首を傾げるだけであった。
「鳥に話をしても口が利けぬか…白は何処へ行ってしまったのであろうか」
大人しくしている白鷺を怖がらせぬ様にそっと抱き寄せてその羽の感触を確かめるように、紫苑の君はそっと白鷺を撫でた。
「…そなたの手触りは白のあの長く白い髪を思い出させるな、我はあの滝の様に長く美しい髪も好きであった」
若君の言葉に白鷺は一声嘶いた、まるで若君の言葉を理解しているかの様に。
「ふむ、お前を城で飼う事にしよう、お前が居ると何時か白が帰ってきてくれるのではないかと思うしな。すまぬがお前の羽根を少しだけ切らせてもらう」
そう言って若君は白鷺が飛んで逃げ出せぬ様にと風切り羽根を短く切らせて、手元に置く事にした。
白鷺は風切り羽根を切られる時も酷く大人しかったので、若君はもしや弱っているのではないかと心配したのだが、庭に放してやると体を確認するように翼を何度か羽ばたかせていたのを見て安心した。

そうして白が去り萌黄姫は隣国へと輿入れをし、紫苑の君が一人鷺と共に残された。

一人残された若君は愛しい者達が自分の元を去って行ってしまったためか、日に日に心が弱りやがて重い病にかかってしまった。熱に浮かされた時には「萌黄…白…白行くな、行かないでくれ」とうわ言を繰り返していた。
このため家臣達は国中に『白と言う女子を見つけ出し、城へ連れて来るよう』御触れを出したが、一向に彼女は見つからなかった。
弱り病に苦しむ若君をその傍らで見続けた白鷺はただただ、その様子を見ているだけであった。
やがて冬が訪れ、国一帯が雪に包まれたある猛吹雪の日、若君が可愛がっていた白鷺が忽然と姿を消した。最初は誰も気が付かなかったのだが、目を覚ました若君が「あの白鷺は何処に居る?」との発言で居なくなった事が知れた。
だがしかし、家来達がお城中を捜し回って見たが鷺の姿は何処にもなかった。
「この様な酷い吹雪の中出て行くとは思えないが…」
白に続いて行方知らずとなった白鷺の事を思い益々若君は落胆した。

その晩の事、城の者達の大半が寝静まった頃、なんと行方知れずとなっていた白が若君の部屋へと姿を現した。
猛吹雪の夜更けに突如舞い戻って来た白、驚きながらも白を向かい入れた若君は雪にまみれて氷の様に冷たくなってしまっていた白の有様に心痛めた。
「白!今まで何処へ行っていたのだ?!我は大変お前の事を心配していたのだぞ??それにこんなに冷たくなってしまって…そなたを強引に連れ帰ったのは謝る、だがもう何処にも行かないでくれ…我が傍らに居て欲しいのだ。そなたをもう手放したくはない」
自分の元へと戻ってきてくれた白に、若君は今までの分まで思いの丈を告白した。
「ああ、ありがとうございます。私の様な者に何と勿体無きお言葉…ですが彼方様が病に侵される原因となった私にはそのお言葉を受ける権利はございません、せめてもの償いとして彼方様へコレを…」
凍えて震える手で白が差し出したのは手の平に乗るくらいの白く小さな合わせ貝であった、差し出された手を温めるように握り返してやる若君。
「これは…?」
「高名なお医者様が居られると聞いて、山を幾つも越えてお薬を頂いて参りました…」
「まさかこの吹雪の中をか?…わざわざ届けに来てくれたのか?!」
「私が彼方へして差し上げられる最後の…」
白の言葉が終わる前に、彼女の姿は淡雪の様に溶けて消えてしまった、消えて行く瞬間彼女は想い人の腕の中で幸せそうな微笑みを若君へと向けていた。
後には彼女が残してくれた白い貝だけが紫苑の君の手にぽつりと残されたのだった、そして彼女の居た場所には一枚の白鷺の羽根が落ちていた。

「やはり白よ…そなたは鷺であったのか?」
若君は落ちていた白い羽根を手に取り、消えて無くなってしまった白へと独り語りかけるのであった…。
「古来より白蛇は水神の使いとされ、白馬は神の乗り物とされた…そなたもきっとその様な存在であったのだろうか?」
だから不思議の力でもって人の姿で自分の前に現れたのであろうか?仲間の白鷺達を庇うために。
「すまなかった白…」
彼女の残した羽根を胸に抱いて若君は独り啜り泣いた、いつの間にか外の吹雪は止んでいたのにも気が付かなかった…。

薬を飲んだ若君は見る間に元気になり、冬が明けて雪解けが始まった頃白の供養の為に社を作る事を決めた。
そして雪がすっかり溶け暖かくなり、春から初夏へと移ろい白鷺達の繁殖時期が廻ってきました…そんな頃ささやかながらもその社が完成しました。
「ふむ、祭祀を司る者を招かねばならぬな…」
若君の鶴の一声で、国中の中から神職に就く者達が集められた、そしてその集められた者達の中には嘗て若君が寵愛していたあの女性と同じ髪色の…


「そなたは…」

紫苑の君へと、彼女はまるで雪解けが始まったばかりの初春の様な淡い微笑みを向けて見せたのであった。


「彼方様の事が恋しくて…龍神様へ懇願し舞い戻ってきてしまいました、紫苑の君」



こぼれた涙はどちらが流したものであったのだろうか



その後社は感謝をこめて龍神様を崇め奉る社へとなり、若君は大変信心深くも良い殿様へとなったそうです。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

紫苑の君と白鷺の巫女

露骨な表現等はありませんが内容的にガクポ×ハクのカップリングとなっておりますのでご注意下さい、また昔話風?ぽい感じです。(鶴の恩返しと人魚姫と白雪姫と雪女を足して割った様な感じとなっております) また、ヘタの横好きで書いた文章であるため誤字脱字及び日本語や言葉使いがおかしい部分も盛りだくさんでカオスです。それでも良い方のみご覧下さい。尚そのうち改正したり修正したりする可能性もあります[一応の登場人物:ガクポ・ハク・GUMI] 気が向いたら絵も追加したいな…

閲覧数:241

投稿日:2010/01/19 18:46:39

文字数:5,325文字

カテゴリ:小説

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