――――――――――#11
というわけでや。
AKITANERU――――――――――逃げたぞ!ネギ畑の方に!追え!マジで追え!
YOWANEHAKU――――――――――貴方が遊んでるからでしょうが!!!
AKITANERU――――――――――ちゃいますよってやで!!!!ある意味さ!!!!!
YOWANEHAKU――――――――――ええ、そうなったら氷山少将にだけは貸しですよ、本当に!!!そうなる前に、仕留めないと……!!!
突如ショートエコーがカオスになり、氷山の指示を知らないリムジン組の3名は困惑しつつ、外の様子を伺った。基地の外は特に変わった様子はない。とりあえず、基地内は結月も連れて徒歩で行動する事に決まった。
何が起こっているのかいまいち分かっていないまま、エルメルト基地正門にリムジンで降り立った。ネギという単語であの二人が怯える理由が、そんなには今日の所は理解したくないと思うが、雰囲気的にはちょっと不可避である可能性が微粒子レベルで存在した。
「あの、リムジンはここに置いていて大丈夫ですよね?」
正門詰め所横の駐車場を振り返り、巡音ルカが困った顔で聞いてきた。この状況でリムジンごとき誰が警備すんねやとも思ったが、市長様なのでそこは抑える。
「なや。リムジンぐらいやったら軍が新品で弁償するやろが元軍人」
「新品は困ります。子供が十円玉でつけた傷があるので、新品だとちょっと差支えが」
「十円玉てや。君ん所のリムジンは御神木かなんかか」
軽くツッコミを入れながら若干目を凝らすと、ちらほらと傷がある。相合傘やたこルカなど、クソガキがやりそうな悪戯書きがあまり目立たないところに残っている。
「選挙中にそのまま走っていたら話題になってニュースの露出もあったので、あまり神経質に消すとイメージが悪くなるのです」
「ましてや、買い替えなど論外言う事か」
「そうですね……、公用車に乗っていてもバッシングされますから……」
「これいつものっとんのか」
「本人よりも人気があるたこルカ号です」
「ドヤ顔も堂に入ってますなあ」
巡音は攻響兵をやってた頃も天然だったが、軍規の戒めから解き放たれて、症状をどんどん拗らせているようだ。恐らく今でも「しゃべらなければ美人」と言われているのだろう。
「当然です。私はルカちゃんより人気のあるたこルカ号とたこルカで当選したのですから」
「もうええっちゅうねん。弱音と亞北がボケ倒しとるのにいらん事言わんでええわ」
味方の基地内に敵の精鋭が暴れこんできているのに、暢気にボケツッコミの漫才をやっている場合ではないのだが、神威がさらに口を突っ込んできた。
「市長殿、ネギ畑とは何の符丁か分かるか?」
「お前までボケなやナスー」
「ネギは……、リリックコードの代替です」
「ほう」
リリックコードの代替。リリックコードは、攻響兵が一連の中で歌を用いる時に目的の役に立つように効力を制御する為の手法の一つである。リリックコードがなければ本人の精神状態で暴走する可能性があるが、リリックコードを習得する事で不用意な感情による暴発の危険を防ぐことが出来る。
「なやておまえどゆことやフィジカルコードは」
そのリリックコードの代わりに物を使うことも出来るが、制式の物品を用いる事は氷山が反対している。あいつの腹は薄々は読めているが、それより初音ミクがそれをやっているというのは、まさかハクの差し金か。
「氷山殿は正論理のフィジカルコードを制式化する事を禁止すべきだと主張していますが、負論理のフィジカルコードについては弱音殿の担当で研究する事には賛成しています」
「あー、あー、あー、言うとったな」
正論理、負論理。引き金を引くと撃鉄が銃弾を打ち出すのが正論理、安全装置が利いてると引き金が引けないのが負論理、とかいう説明を確か聞いた。
「負論理のフィジカルコード、だと……、あの初音ミクが使う負論理とは、何を制御しているのだ?」
巡音ルカは神威には顔を向けず、あちらの方向を見ている。
「まあ、強襲型なら畑が全く使えなくなる程ではないでしょうから」
遠い目をして、必死に言葉を選んでいるように見える。いろはは思わずブチ切れた。
「ふざけなや!!!普段ネギ振り回してあそんどる癖に、食べ物粗末にし取る奴が何がフィジカルコードや!!!!あんたも元攻響兵やから言うて調子のりなや!!!!」
「あれは生産調整の為に廃棄になったネギです。論理は破綻しませんよ」
「はあ!?そんなルールあるんや!?」
一瞬で論破されたことよりも、初音ミクとネギについて根本的に思い違いが有った事の方が重要だった。猫村いろはにとってネギは必要な分だけ買う物だが、初音ミクにとっては常に必要以上に作る物資である。そこには戦術と戦略、兵士と将校位の差がある。と、認めざるをえない。
「という事は、あの二人が慌てていたのは……」
「ネギ畑の論理評価は0から13の14段階です。レベル6までは天候次第ですから、どうにもなりませんが、今回は7か8、あるいは9までいくでしょうか……」
「なるほど。初音ミクの本体はネギというのは、そういう意味か」
「ちゃうで誰もそんな意味で言うてへんで」
「もちろん、最重要機密ですが、いつまでもとは思っていませんでしたよ」
ルカちゃんさんがやたら格好良く見える。いい感じに風が吹いているが、上方出身のいろはちゃんが神威のように真面目に聞くのは至難の技だった。
「ふむ。もう止められないのならば、急ぐ事もあるまい。歩いて参るべきであろうな」
「では私が先を歩きますので、後方と側方の警戒、前方迎撃の援護をお願いします」
「結月」
「はい、ここに」
「しんがりを警戒しろ。いくぞ猫村」
「お、おう」
振り向くと、結月大佐が凄い勢いで後ろを見た。後方を警戒しているように見せかけているが、肩が震えていて若干身をよじっている。それは見なかった事にして、冷静になり、心の声を澄まし、本来の自分が本当にすべき事を思い出す、そう。それは。
「やっぱあネギふりまわすんはばちあたりやでえぇ」
こう、上擦り気味の節付けた間延びした声で。やったったったったった。私は振り向かず、二人の後を、冷たい目で私を振り返る二人がいる方へ歩いていった。
「結月、落ち着いたら付いて来い。場所は恐らく分かるだろう」
結月ゆかりは返事も出来ず、顔を伏せて悶絶していた。猫村いろはは空を見上げて無邪気な眼で、すがすがしく微笑んだ。
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