昔昔、ダイヤの国に、其れは美しい王妃が住んで居た。
王妃と言うからには当然連れそう王が居た。
だが、ダイヤの国は商業により大発展した国。
王は忙しく世界中を飛び回っており中々城に帰らない。

しかし、優秀な王妃と名高いダイヤの王妃は、城の細々とした執務を完璧に熟しつつ、真っ赤に咲き誇った椿の花の庭園で、洋書を読んで王の帰りを待って居た。
待ち続けて居た。
毎日毎日。

そう、其の日もそうだった。

「やぁ、貴女がダイヤの王妃ですか。噂にかねがね聞いていた通り、本当に見目麗しい」
と、黒い服に身を包んだ男が現れた、あの日も。


その黒い服装を見た時、ダイヤの王妃の頭には、彼が誰であるかと言う事が鮮明に理解出来て居た。

「クラブの王子ではありませんか」

社交界で何度か見かけた事が有る。
ダイヤの王が、「男の僕でも惚れそう」――なんてつまらない冗談を述べた程、彼は整った顔立ちで。
頭も良く、会話も達者で。
所謂、女性なら誰も嫌う者は居ない、皆の憧れであった。

只、城に拠り付かず、滅多に会えないと言う噂も又、時折聴かれる。

しかし、何をしに来たのか。そんな疑念が少し過った。
此の王子の放蕩癖のせいで大分廃れたクラブの国と、ダイヤの国とは正直、親交が深い訳では無い。
と言う疑問を、ダイヤの王妃は正直にぶつけるしかなかった。疑いを隠して居ても仕方ない。

「貴方は何をしに此の国まで来たのです?」
「其れは勿論貴女とお喋りをする為ですよ、ダイヤの王妃」
「お喋り?」

クラブの王子は、睫毛の長い目をすっと閉じ、ダイヤの王妃に跪いた。

「貴女は花だ。私と言う蝶は貴女に吸い寄せられて此処まで来てしまったのです」

突然そんなふざけた事を言う物だから、ダイヤの王妃は驚いて声を裏返しそうになった。
が、一旦深呼吸をして、

「やめて下さい」

と。あくまで淡々と言った。だが、クラブの王子は動揺を見せる風も無かった。

「以前社交界で御見掛けして、是非一度お喋りをしたいと願っていたのですよ。貴女の様な知的で美しい女性と二人っきりで」
「私は貴方を覚えておりません」
「折角このような花束を用意して来ましたのに、受け取って頂けませんか」

クラブの王子が後ろ手から取り出したのは、真っ赤な花ばかりを集めた花束だった。
事実、赤はダイヤの王妃の大好きな色だ。
何処で趣味を調べたのだろう。迷惑である。

こんなノリの軽い男は好まなかった。ウイットに富んだ賢い男性以外受け付けない、と言うかそもそもダイヤの王妃には夫が居る。

部下でも呼んで追い払って貰おうかと思った時、クラブの王子は諮った様に「あっ」と声を上げた。

「その本、読んで下さって居るのですね」
「はぁ……この本は私が尊敬してやまない作家の作品ですよ。知的で考察が深く、哲学的で、正直こんな文章を書ける天才は他に居ないと思って居ます」

「それを書いたのは私なのですよ」

クラブの王子が何事も無いようにあっさりと言うので、ダイヤの王妃は思わずぽかんとしてしまった。
それからクラブの王子が少し、この本について執筆動機などを語ったので、不覚にももっと話しを聞きたくなる。

その時、馬車が入って来て、我に返った。

「――ダイヤの王妃に商談を」

やや古風な眼鏡を掛けた若い男が駆け寄って来る。
スペードの国の王子であった。相変わらず生真面目に、部下に荷物を持たせず自分で持って居る。
クラブの王子は「邪魔が入ってしまったので」と前置くと、ダイヤの王妃に耳打ちした。

「又会いに参ります」

話題を逸らしたのが、クラブの王子の「女性の目を自分に向けさせる方法」を敏感に感じ取った計算結果だとしても、普段男性に相手にされないダイヤの王妃にとって、一寸だけ嬉しかったのは本音で。

其れがこんな事になるなんて誰も予想して居なかった。

スペードの国は、戦いに使う為の色々な道具、武具を扱い、金を得ていた。
この国の王子と言えば、生真面目な性格で他国にも有名である。
待ち合わせに遅れた事は一度も無く、部下に仕事を投げる事も殆ど無く、非常に穏やかな王子。
外見も至って平均的で、小ざっぱりした好青年であったが、特徴と言うなら母上譲りの身体の弱さが玉に瑕で、生まれて直ぐ罹患した病により視力が落ち、眼鏡を常用して居た。が、その理由を知る者は余り居ないだろう。恐らく他国でそんな事情を知って居るのは、幼馴染で姉の様に育ったダイヤの王妃位な物だ。
自分の内情を語るのは苦手な性格、そんな所も生真面目だった。

その日、擦れ違いざまにクラブの王子が帰る所――その黒い服を見た彼は、心配そうな顔でダイヤの王妃に向き直った。

「ダイヤの王妃、今、彼とどんな話を?」
「別に何も話して居ませんよ。何でそんな事を訊くのです?」
「いえ、あの」

スペードの王子は口を噤んだ。
珍しく貴女が楽しそうに笑って居るので気になった、とも、あのクラブの王子は男としてとても風上に置けないですよ、とも、何も言えなかった。

今はもう、最も裕福な国の王妃となったダイヤの王妃だ。余計な事を口にするのは憚られる。と、生真面目な王子は考えたのだ。
例え幼馴染でも、淡い恋心を抱いて居ても。

「……えっと。其れで、ダイヤの王妃、私は今日、新しい馬具の商談をお持ちしたのですが」
「御茶を用意させましょう。どうぞイスにお掛けになって」
「いいえ。其れはいけません。取引先の相手である私に御茶を出すなんて」
「私と貴方は幼馴染ですのに」
「例え幼馴染でも、いけません」

そう、例え淡い恋心を抱いて居ても、と言う言葉は、矢張り飲み込んで置いた。
ベッドの上でスペードの国の王子は考える。

馬鹿みたいに無心になって絵を描いて居た時期もあった。

子供の時は、城の外の、遠い世界に、何時か行けると思って居た。
周りを湖に囲まれた、青い青い寒いこの国から抜けて、遠くに行くのが当たり前だと思って居た。

餓鬼大将に虐められて泣き乍らも毎日学校に行き、仕事で注意を受けて人生を学び、一番好きな人と結婚して、子供は居ても居なくても、毎日其れなりに美味しい嫁の手料理を食べ、笑顔で生きられる。

ダイヤの国のお姫様の隣に居る、僕がダイヤの王子様。

そんな様な人生を歩んでみたいと画用紙に描いた日もあった。

「夢見て居たと言うより、当然に信じて居たのですよ」

スペードの王子は、許嫁であるハートの国の姫を下に敷き乍ら、そう呟いた。
激しく動き合った二人のせいで、乱れてしまったシーツは青く、湖の色に似ていた。

スペードの国の王子は、馬車で行ける範囲の国の様相しか知らない。
毎日執務に追われ、許嫁とはいつまでも結婚させて貰えず、民衆は王子が王子だから愛想笑いを向けてくれるが、本当の愛なんてどこにもない。
それが今の「当然」だ。
いや、「現実」か。

「くだらない理想を持って居たのね」

ハートの国の姫は純白の四肢を投げ出して、不敵に笑う。
本当に可愛らしい姫だ。金色の髪に青い瞳、人形みたいで14歳か15歳の頃から全く変わらない。悪魔だと疑われているだけの事はある。
彼女が下に居るにもかかわらず、圧倒的に立場は自分が下である様に――スペードの国の王子は笑ってしまった。

「貴方がここに居る理由はね。只子孫を残してこの国を存続する為だけよ。貴方が王子じゃ無くたって良かったのよ。只、王様の子供の中で貴方だけが男だったから」
「そんな事は分かって居ます」
「じゃあめそめそしてないで早く私を王妃に上がらせてよ」

ハートの姫は自ら身体を起こして唇を口にべたべたと押し付けてきた。

「その為に貴方が出来る事なんて一つしかないんだって、馬鹿な貴方だって分かるでしょ?」

好い加減に現実を見なさいよ、と、ハートの国の姫は声を上ずらせる。

恋はゲームで夢なのだと言う癖に、其処では「現実」を持ち出すんだね。
なんて事、勿論スペードの国の王子が言えるはずもなく。

彼は大人しくハートの国の姫の唇にキスを返した。


ハートの国の姫は、スペードの国の王子が言う様に、本当に愛くるしい少女であった。
金色の髪は陽光があってもなくても煌めいていたし、目は透き通っていた。
しかし、何故少女なのだろうか。
不思議な事に、誰も、彼女がいつ生まれたのか、ハートの国の王と王妃が今どこで何をしているのか、知らなかった。
スペードの国の王子としては、自分が子供の時から彼女は同じ姿だったような気していたし、気付いたらずっと自分の方が年上になっていたというありさまだった。

それもそのはずだった。

ハートの国の姫は人間ではないからだ。

ハートの国の王と王妃は年老いても子供が出来ずに悩んでいた。
要するに後継ぎがいない。
これは国にとって死活問題であった。

そして呪いに頼ってしまったのだ。

結果的にこの世の者とは思えぬ美しい少女が誕生した――
何より救いだったのは、彼女が何より王と王妃であるママとパパを愛していた事実だろう。

ハートの国の姫は城に帰るなり、奥の奥、一番奥の部屋のドアを開けた。

「ママ、パパ、ただいま帰りましたわよ」

と、豪華な宝石で飾られた椅子に座っている二人の頬をするりするりと撫でる。
これはハートの国の姫の八百年来の日課だった。

ハートの国の姫も結構真面目である。
ハートの国の姫が生まれて数年と経つ前に、狂い回る様にして死んだ両親を椅子に座らせ、それっきり毎日、動かない彼等の世話をしている。
とっくに骨だけになった二人ではあるが、悪魔であるハートの国の姫にとって死なんて関係ない。

「大事な大事なママとパパ。待っててちょうだい、必ず私がこの国を世界一発展させてみせます」

悪魔らしく、彼等の望みはずっと忘れていない。

ハートの国の姫は女性だったので、自力で国を発展させる事は難しかった。
なので考えたのは、周りの国の財産を吸い取って破たんさせ、自分の国を一番にする方法だ。

その決して衰えない美貌で。

実に悪魔らしい発想であった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

King of clover 第1~5話

俺が
作詞担当として立案等から携わった
「トランプシリーズ」の総括となる
完全オリジナル短編小説になります。
以下の三曲を聴いてから読んで頂くと意味がわかると思います。

ダイヤの王女編
http://www.nicovideo.jp/watch/sm27801652

スペードの王子編
http://www.nicovideo.jp/watch/sm28146087

ハートの姫編
http://www.nicovideo.jp/watch/sm28146087

最新話はpixivで連載中
https://www.pixiv.net/novel/member.php?id=15798435

閲覧数:80

投稿日:2017/05/20 20:44:18

文字数:4,154文字

カテゴリ:小説

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