『アラベラ』が終わったあと、私とカイトとミクは帰ってきて、自宅の居間で一休みしていたんだけれど……騒いでいる奴が一名。
「なんで僕にはハッピーエンドが来ないんだよっ!?」
そう、カイト。今回の展開に不満があったみたい。とはいえ……。
「何言っているのよ。今日のはハッピーエンドだったじゃないの」
私がそう言うと、カイトは益々不満そうな表情になった。
「ミクとじゃ盛り上がらないんだよっ!」
その言い草はないでしょ。
「そんなこと言わないの。ミクが聞いたらショック受けるでしょ?」
頼むからもうちょっと気を使ってほしいもんだわ。でも、ミクはあっけらかんと笑っている。
「わたしは平気よ、メイコお姉ちゃん。カイトお兄ちゃんの性格はよくわかってるから」
「ああ、ミク。あんたは健気ねえ……マスターがあんたはズデンカにぴったりと思ったのも頷けるわ」
私は思わずミクを抱きしめた。うーん可愛い。もしミクにマテオみたいなことをする奴がいたら、その場で三枚におろしてやる。
「あははっ……でも、カイトお兄ちゃんに恋愛感情はないから安心して」
ミクは今回の役自体はかなり気に入ったそうだ。不満はドレスが着れなかったことぐらいだとか。タイトルロールではないけれど、ある意味ではアラベラ以上に目立つ役だし、健気なヒロインだものね……。一方で、今の状態に不満そうにしているのは……。
「めーちゃん、なんでそこでミク抱きしめるの?」
カイト……ミクに嫉妬することはないでしょ。
「ミクが健気で可愛いから」
そう言うと、カイトは拗ねてしまった。
「めーちゃんひどい……」
「カイト、いじけないの。出づっぱりで目立つ役貰ってるんだから」
「目立つ役って言ったって、最初のも今回のも、僕ストーカーじゃないかっ!」
「……テノールの宿命だから諦めて」
「嫌だあああっ!」
カイトの絶叫が響き渡った。うーん、我が家が防音で助かったわ。
「ただいま帰りました」
「あ、ルカお帰り」
ルカが帰ってきたのは大分遅くなってからだった。ミクは既に自分の部屋に引き上げてしまい、居間にいるのは私とカイトだけ。とは言っても……。
「……カイトさんどうしたんです?」
カイトはソファの上で完全に潰れていた。
「ヤケ酒あおって寝ちゃった。珍しいことに」
「それは確かに珍しいですね……」
普段は落ち込むとバケツアイス始める奴なんだけど、何故か今日は私の晩酌を失敬しだしたのよね。
「二回ストーカーやったのがこたえたみたい」
「男声ボーカロイドが少ないのがいけないんですよ」
そうなのよねえ……カイトも言ってたけど、もう一人くらい発売されないかしら。下手するとこの次もストーカーとかヤキモチ男が回ってくる可能性、高いし。何せオペラってこの手のキャラクター、多いんだもの。
「それは確かにあるのよね……ところでルカ、初の主役はどうだった?」
「なかなか楽しかったですわ」
ルカは今回のオペラに満足なようだ。
「そう、良かったわ。似合ってたわよ、ルカの令嬢姿」
「ありがとうございます」
「ところで……今回の話、どう思った?」
「どう、とは?」
「ああ、うーん……ほら、さ。この『アラベラ』って、一応ラブコメでハッピーエンド物って扱いじゃない。だけど、なんていうか……この先の幸せが見えて来ないの」
「どうしてですか?」
「だって、アラベラってウィーンという都会育ちのお嬢様――没落してるけれど――でしょ? 一方のマンドリカは森や平野が続く田舎の出身で、趣味は熊狩りって人よね。マンドリカと一緒に彼の領地で暮らして、それで幸せになれると思う?」
華やかな都会から、草深い田舎へ。田舎が悪いとは言わないけれど、なんだかんだで社交界に慣れしたんだアラベラに、田舎の領主夫人が務まるんだろうか……?
「それは確かにありますよね……」
「これまでとは全然違う生活に飛び込むわけじゃない。マテオは甲斐性なしだし、三人の取り巻きは個性が無いし、消去法でいくとマンドリカがベストの選択肢ではあるんだけど、それでいいものかしらね? 私、なんだかアラベラの行く末がマルシャリンのような気がしちゃって」
『バラの騎士』に登場するマルシャリンは、大分年上の夫にほったらかしにされていて、寂しさから若い青年と不倫をしている。アラベラも、同じ道筋を辿るんじゃないだろうか?
「……きっと大丈夫ですよ」
「そう思うの?」
「ええ」
ルカはにっこりと微笑んだ。
「私なら、不幸な結末にはさせません」
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