前書き

 悪徳のジャッジメントネタがもう一つ浮かんだので形にしました。
 今回は前回とは異なりシリアスです。
 とはいえ、【悪徳判事の祝福を】と同じ人が語り手だったりするのですが。

【悪徳判事と不可解な判決】

 ああ、どうも。
 しかし、あなたも変わってますねえ。マーロン判事の話を聞きたいだなんて。確かに僕、昔あの人のところで働いていましたけど。で、何を知りたいんですか? はっきり言って、あの人関連だとロクな話、ないですよ。
 え? キャサリン・レーン事件について? まあ、確かにあの事件の判決が出た時は、結構騒ぎになりましたけどねえ。あの時何があったのかって? そりゃ、詳しく知ってますけどね。どうして誰にも話さなかったのかって? 一応僕のような裁判所職員は、関わった事件についてぺらぺら喋ったらいけないことになってるんですけど。
 はあ。悪徳判事の許で働いていたくせに、職業倫理を守るのか、ですか。当たり前でしょ。破ってそれがバレたら僕クビじゃないですか。折角手堅い職にありついてるのに、なんでそれを自分からダメにしなくちゃならないんですか。僕、とことん小市民にできてるんです。
 まあ、あれからもう五十年も経ってますし、もう、僕が喋ったところで時効でしょうね。僕も後何年生きられるかわかんないし、何があったかはお教えしますよ。でもね、言っときますけど、聞いて面白い話じゃないですよ。


 あの日、僕はいつものように、マーロン判事のところで書類の整理をしていました。マーロン判事は例によって、裁判の記録や資料のチェックもせず、ぼーっとしてました。まあ、そういう人ですから。
 そこへ、キャサリンの父親である、ベル上院議員がやってきたんです。この時点で、僕は「ああ、またか」と思いましたね。当時キャサリンは拘留されて裁判待ちでした。そんな人の父親がマーロン判事のところに来るんですから、用件なんて一つしかありません。
 ベル議員を見たマーロン判事は、なんとも嬉しそうでした。ご存知でしょうけど、ベル議員といや、大物の政治家です。きっとふんだくれる金のことを考えて喜んでいたんでしょう。実際ふんだくったんですけど。
 ……あれ。驚いてますね。ええ、そうです。マーロン判事はベル議員からお金を受け取りました。それもかなりの額を、です。
「マーロン判事、あんたに頼みがある」
「ああ、なんだね? 払う金次第で聞いてやるよ」
 ベル議員が出した額は結構なものでした。当然、判事は喜びます。
「随分と気前がいいんだな。だが私は貰える物は貰う主義だからね、遠慮はしないよ」
「別にかまわん。それより、ちゃんとやってくれるんだろうな」
「あんたの娘を無罪にすればいいんだろ?」
 判事は軽い調子でそう言いました。まあ、あの人いつも軽いんですけど……。でも、ベル議員は首を横に振ったんです。
「いや違う。判事、私はあんたに娘を有罪にしてほしい」
「ほっといたってあんたの娘は有罪だと思うけどね……何せ現行犯逮捕だから。じゃ、なんで私に金を払うんだ? 刑期を軽くしてほしいってことか?」
 この時点では、僕もそう思ってました。一年くらいムショに入れておいて、自分のしでかしたことをわからせたいのかな~って。でも、ベル議員はこう言ったんです。
「そんなことでこんなに金を払うか。判事、あんたに頼みがある。娘を死刑にしてくれ」
 さすがに僕もマーロン判事もびっくりしました。ですがベル議員は真面目な顔をしています。
「おいおい……実の娘を死刑にしてくれって?」
「あんな恥さらし、もうどうでもいい」
 ベル議員は吐き捨てるようにそう言いました。
「ふーん……じゃ、もっと出してくれ。あのクラスの犯罪を死刑にしてやるんだからな」
 って、それを理由に額を吊り上げるんですか判事。どういう神経してるんですか。
「足元を見おって……まあいいだろう」
 あんたも承知しないでくださいよ。って、その時僕はそう思わずにはいられませんでした。当時のこの国、本当にまともな人っていなかったんですよね。


「判事、いいんですか? 検察の求刑は懲役八年ですよ。それをいきなり死刑だなんて」
 ベル議員が帰った後で、僕は判事にそう訊いてみました。
「え? だって、こんだけ貰ったんだし、要望は叶えてあげないとね」
「でも、絶対あちこちから色々言われますよ」
「別にいーよ。いつものことだし。金さえ入れば」
 ……ダメだこりゃ。そう思った僕は、判事にそれ以上何か言うのを諦めました。


 後はもう、あなたも知っているとおりですよ。法廷でキャサリン・レーンは死刑を言い渡され、ショックでその場に崩れ落ちました。何せ検察の求刑だってせいぜい懲役八年だったのに、判決は死刑ですからね。誰だってショックを受けるでしょう。傍聴席では、被害者の少年が泣いていました。あれを見た感じでは、あの二人はお互い本気で愛しあっていたんでしょうね。相手が十三歳だったのが問題でした。控訴も棄却されて、キャサリンは死刑になりました。当時彼女のお腹にいた子供は、被害者の少年の両親が引き取ったそうです。さすがにかわいそうだと思ったんでしょう。
 これが事実ですよ。え? 実の父親が娘を、お金を積んでまで死罪にしてくれと言うはずないって? あなた、若いですもんね。当時のこの国には、信じられないような人がごろごろしていたんですよ。キャサリンの父親のベル議員は、厳格な人間として評判でした。キャサリンは結婚していて、夫との間にも子供がいました。そんな娘が、十三歳の少年を好きになって、不倫して彼の子供を妊娠してしまったという事実が、ベル議員には許せなかったんです。もっともベル議員って、自分も不倫して外に子供作ったりしてるような人でもあったんですけどね。
 だからって死罪にはしないだろうって? まあ、僕もそう思いたいですけどね。事実は事実です。あの手の人には常識ってもんが通じないんですよ。それは、マーロン判事の近くにいた僕には、いやってほどわかってます。そもそもあの人からして、常識ってものが通じない人でしたからね。
 それに、この死刑判決はベル議員にとっては味方になりました。世間の人は、担当判事がマーロン判事ということで、ベル議員がお金で無罪を買うだろうと思っていたんです。ところが結果は有罪。それも検察の求刑よりはるかに重い刑になったということで、誰もベル議員がマーロン判事にお金を払ったなどとは思いもしなかったんです。ベル議員は悲劇の父親扱いされて、その次の選挙も当選しちゃいましたしねえ。
 マーロン判事関連ではやりきれない話って、幾つもありますけど、その中でもこれは特に印象に残った話の一つですよ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

悪徳判事と不可解な判決

 お金で無罪を買う人がいるのなら、お金で有罪を買う人もいるのでは? ということで考えてみたネタ。
 とはいえ、被害者側がお金を積むのだとありきたりだし、ゲイリー・ギルモア路線だとどう考えても本人に払える財力が無い、ということで、あれこれ考えて、こういう展開になりました。
 作中に登場するキャサリン・レーン事件というのは、メアリー・ケイ・ルトーノー事件がモデルです。小学校の先生が、生徒と関係を持って逮捕されました。なお、裁判自体は普通に行われ、メアリーは懲役七年の実刑となりました。そして刑期を終えて出所した後は、大人になった被害者の生徒と結婚したという、ぶっとんだ事件です。

閲覧数:650

投稿日:2011/07/11 23:00:13

文字数:2,779文字

カテゴリ:小説

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  • 日枝学

    日枝学

    ご意見・ご感想

    おおお面白い発想! 確かに、お金で有罪を買うというのはあるかもしれない話ですね
    こういう「実際あるかも」って思わせる辺りが、作品により自然に引き付けられる感じがして良いですね。無罪じゃなくて有罪にするという発想自体が、読み手に「えっ」って思わせてより引き付けてて面白みを+してるのも尚良いですね。
    面白かったです! GJ!

    2011/07/12 06:39:56

    • 目白皐月

      目白皐月

      こんにちは、コメントありがとうございます。

      お金で判決を左右できるとなると、無罪をほしがる人だけじゃなくて、本当に色んな人が出てきちゃうのでは? と思ったんですよね。前の「悪徳判事の祝福を」も、そういうところから出てきた話ですし。実際、罪を犯していても、ゲイリー・ギルモアやジョニー99じゃ払うものがないわけで。そういうネタも面白いかもなあと思います。日枝さんもトライしてみませんか?

      2011/07/12 23:11:41

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